イーストラ侯爵の苦悩
フィルベリーは眠れない毎日で、神経が過敏に反応していた。
部屋に閉じこもり、誰も近づかなかった。
恋人であったアマンダが王宮に侵入し、王子の怒りを買い牢に入れられた事は多くの者が知っていた。
カーテンを閉め、静かな部屋でフィルベリーは目を閉じていた。
眠れなくとも、こうしていると少しは疲れがとれる。
コンコン。
静寂を破るように、扉をノックする音がした。
「誰だ?」
億劫そうに身体を起こし、フィルベリーは扉を開けた。
そこに立っていたのは、シャロン・イーストラ侯爵令嬢。
フィルベリーは、王太子の婚約が解消になったのをまだ知らない。
「シャロン嬢どうされました?」
「殿下にお話があって」
シャロンは思いつめたように、口元を引き締め、小さな声で答えた。
フィルベリーは、扉の外に立つ警備兵をちらりと見て、笑みを浮かべた。
「お話は中で伺います。
それとも、中に入らずに兵に送らせましょうか?」
シャロンの自分の意志で入るのだ、と警備兵に印象つけるようにフィルベリーは誘う。
シャロンはレイディンに婚約を解消され、冷たい態度をされたことで平常心を失っていた。
弟であるフィルベリー王子なら、味方になってくれるのではないか、と思ったのだ。
フィルベリー王子の婚約者のオーデア公爵令嬢は行方不明と噂がある。
失意の王子に、優しい言葉をかければ自分の味方になるに違いない。
未来の王妃、王太子の婚約者の立場として社交界に出ていたのだ。
それを失うなど、失笑の的にされるのは分かり切っている。
自分は王太子の婚約者、絶対に譲れない。
それに、今になってレイディンが魅力的に見えるのだ。
「いえ、どうしてもお話したいことがあるのです」
シャロンが中に入ると、フィルベリーが兵に目配せをしながら扉を閉めた。
部屋が薄暗い事でシャロンが周りを見渡すと、フィルベリーが休養を取っていたのです、と言えば納得して、シャロンはソファに座った。
「じつは、王太子殿下と少しすれ違いがあって、フィルベリー殿下に仲裁をしていただけないか、と」
「ああ、いいですよ。
兄上の婚約者っていうのは、背徳感がありますね」
言うが早いか、フィルベリーはシャロンの腕を引っ張った。
叫ぼうとしたシャロンの口は、フィルベリーのもう片方の手で封じられる。
「僕はね、兄上が大嫌いなんですよ。
先に生まれただけで、全てを与えられる。
貴女が僕の手に落ちたと聞いたら、兄上どうするかな?」
フィルベリーは楽しそうに、シャロンのドレスの胸元に手をかけた。
イーストラ侯爵は、フィルベリー王子に呼び出されて、フィルベリーの部屋にいた。
「よく来てくれました。
内密な話しというのは、これのことです」
フィルベリーが寝室の扉を開けると、そこは情事の後が色濃く残り、乱れたシーツに裸の女が横たわっていた。
侯爵は目を背けたが、女の方が侯爵に気がついた。
「お父様?」
明らかにフィルベリーとシャロンの情場の現場である。
「いやぁあ!」
シャロンが力なく叫ぶのを、侯爵は駆け寄り上着をかけた。
「御令嬢は、自分から部屋に来たんですよ。
あまり、外にはバレない方がいいかと思い、侯爵をお呼びしました」
フィルベリーは、新しい手駒に興奮していた。
「こうなったからには、僕が責任取るべきなんでしょうね。
僕も婚約者を失くしたばかりで、直ぐにとはいきません。
それで、侯爵にご協力していただきたいのです」
フィルベリーは、覇権を諦めていなかった。
兄を引きずり落とす、それを思うと不眠での苛立ちが落ち着いてくるのだった。




