元婚約者
シャロンは婚約解消の書状を受け取って、すぐに王太子へ対談の申し込みをしたが時間がかかった。
すでに婚約者から降ろされたと、実感するしかなかった。
それでも侯爵令嬢が王太子に会えることになったのは、サラが元婚約者の扱いに過敏になっているのをレイディンが気を使っているからだとは、シャロンが知るはずもない。
「元気そうで安心したよ」
レイディンは、約束の時間に来たシャロンを自分が座る向かいの席に案内するが、エスコートはしない。
もう婚約者ではないと徹底している。
私室のサロンではなく、公的なサロンで、侍従が常に控えていてシャロンと二人にならないように配慮している。
「私は殿下の婚約者となってから6年、ずっと殿下の花嫁になるのを憧れていたのです。
どこがダメだったのですか?」
シャロンは胸元の開いたドレスを強調するように、胸元で両手を組んで上目使いにレイディンを見る。
バサッ、とテーブルに書類の束が置かれた。
「読んでみるがいい」
レイディンは、片肘を顎にあててソファに深く腰掛けた。
「ずいぶん楽しんでいたようだな。
王家に嫁ぐために処女は守っていたようだが、それだけだ」
レイディンの言葉に、シャロンは慌てて書類と手に取った。
「違います、こんなことしていません。
殿下、信じてください」
シャロンは自分の魅力を分かっている、大抵の男性は甘やかしてくれるのだ。
婚約者であったレイディンは、婚約者としての交流は最低限しかなかった。
シャロンは、王太子妃教育の辛さを紛らわすのに、男性の優しい言葉が必要だった。
だが、書類に書かれてあるようなことはしていない。
見目麗しい男性達に囲まれていたが、社交界ではよくあることだ。
「これが、本当かどうかはもう関係ない。
令嬢は、すでに私の婚約者ではないからな。他人のしていることだ。
私が支払った慰謝料は、有効に役立つと思うよ。
この書類は、他には見せる予定はないから、安心してくれたまえ」
それは、シャロンが異論を申し立てれば、書類を表立させるということだ。
シャロンは掌に力をこめた。
王太子の婚約者に選ばれ、教育を受けたシャロンにはレイディンが言葉にしなかった事を思考する知識がある。
全てが偽ではない、ところどころ真実を織り交ぜ、悪意をもって強調された報告書だ。
王太子の権力で表面化させれば、嘘も真実とされてしまう。
王太子は優しく真面目で退屈な男だから、少し遊んでもバレないと思ってた。
本当はこんな男だったのか、とシャロンは目を見張った。
王族らしく容姿もすぐれていて、次期王としての能力も問題なく、自分が王妃として隣にたつのだと思っていた。
「ねぇ、殿下。
今の殿下の方がステキ。私達、上手くやっていけると思うの。
殿下だって、新たに王妃候補を決めて教育を受けさせるなんて、時間の無駄だと思うでしょ?」
チラリとシャロンが横目で侍従を見るのは、部屋から下げろと訴えているのだ。
「そうだな、無駄だな」
レイディンが言えば、シャロンが笑みを浮かべるが、すぐに次の言葉で怒りに燃えた。
「だが、すでに王妃教育を終え、美しい令嬢がいる」
「社交界で、私以上に美しい令嬢の話は聞いたことありませんわ。
もしかして社交界にも出れない身分の方では、王太子妃は無理ですわ。」
身分も、魔力も美貌も、社交界に君臨しているのは私よ。私は王太子の婚約者でなければならないの。
「美しく強く魅力的な令嬢だ。
侯爵令嬢の君より、身分は上だよ。そして稀有なる力を持っている」
話は終わったとばかりに、レイディンは立ち上がった。
「悪いね、執務が滞っているんだ。
長い間、婚約者の立場、ご苦労であった。君の時間を縛り付けてしまったことは謝る。
慰謝料は最大限に誠意を込めたつもりだ。
君の新たなる幸せを祈っているよ」
侍従が近寄ってきてシャロンを案内しようと手を出した。
「イーストラ侯爵令嬢、馬車寄せまでご案内します」
シャロンは侍従の手を払いのけて、レイディンに飛びつこうとした。
だが、それはレイディンに避けられて、触れる事もかなわなかった。
「お帰りだ」
レイディンは侍従にそれだけ言うと、部屋をでていった。
「殿下!」
シャロンが叫んでも、レイディンは振り返らない。
穏やかな婚約時代であったが、それなりに思い出があるのだ。
それを、こんな簡単に終わらせたくない。
横に立つのは自分でありたい。
シャロンはレイディンが出て行った扉を、見つめていた。




