悪夢の始まり。
ゴホゴホ、クロエに運ばれながら、サラは血を吐いていた。
『貴方達を、絶対に許さない』
サラは、この言葉に悪意と魔力を込め、魔術を展開した。
悪夢に蝕まれるようにと。
魔術で傷ついたサラの喉から、血が噴き出る。その血を手で拭うと、クロエの口元に持っていく。
クロエの舌が、少しも残すまいとサラの手を舐める。
アロイスの館に着くと、サラをベッドに寝かして、クロエはサラの喉元を舐める。
「あの魔術を使うな。サラの身体を傷つける」
「そうね、リスクが大きすぎるわ。
アマンダにも魔術をかけようと思ったけど、他の方法を考える。
でも、フェイルベリー殿下は、今夜から寝れないはず」
フフフ、と笑う顔を可愛らしく、とても悪意を隠しているようには見えない。
「クロエの力で馬ならば何日もかかるところを、飛んでいけるけど、殿下を苦しめるのは、私の魔術よ」
「だが、使うな。
アロイスにもレイディンにも、知られないようにしとけ。あいつらは王に成ったら、変わるかもしれない。
サラは誓約者だ、私が守る」
成り行きで成立した誓約だけど、これほど信頼が深いものはない。
「クロエ、カッコいい」
ベッドに横になったサラが、布団を引き上げて笑う。
「当然だ。私はクロエだからな。
お湯を沸かして、茶を淹れるから、飲んだら寝ればいい」
うん、と答えたサラは、クロエがお茶を淹れる前に眠りに落ちた。
言葉の魔術は、サラの負担が大きすぎる。
「うわぁ!」
明け方近くに、フィルベリーは自分の叫び声で飛び起きた。
ベッドには、身体をかきむしったせいで、点々と血が付いている。
小さな無数の虫が、身体を這いまわる夢を見た。
目が覚めた今でも、虫が這う感覚が肌に残っている気がする。
その夜は、何でこんな夢をと、それで終わった。
だが、次の日は、自分が見たこともない聖獣に、指の一本、2本と順番に食べられる夢だ。
腕も足も食べられ、胸から上だけが残る状態なのに死なないで、フィルベリーは痛みと恐怖に耐え続けるのだ。
起きても、夢の中で食べられた痛みが消えない。
夢から飛び起きて、枕に身体を預け、日が昇るのを待つ日々が続くと、執務にも支障をきたしだした。
眠れないフィルベリーは、毎夜悪夢にうなされ、睡眠不足と食欲不振となり、疲労が見て取れるほどだった。
ガタン!!
枕が投げつけられ壁に当たって落ちる。
サラの幽霊のようなのを見てから、悪夢が続いている。肩で息をしながら、フィルベリーは、サラが無関係とは思えなかった。




