不可侵条約と魔獣
「どうして、そんなになるまで飲むわけ?」
ドン、とサラが机に置くグラスの音も頭に響くアロイスとセイダである。
「ありがとう」
小さな声でグラスを取ると、水を一気に飲み干した。
「それで、どうしてこんなになるまで飲んだの?」
何故か侯爵令嬢のはずのサラが、飯屋の女将のように聞いてくる。
「男として、クロエに負けるわけにいかない」
アロイスのそれは本音であるのだろう。
それをカバーするのはセイダである。
「昨日セントウィンダ―公爵から、僕達が国を出てからの話をきいたんですよ。
まぁ、飲まずにおれなかったというわけです」
アロイスとセイダもすっかり冒険者のやり方になっている。
「それに、クロエとシン、あの二人の魔力は脅威です。
しばらく静観していただくよう、話す必要がありましたので」
「シンは理解できたけど、クロエは説明が大変だったでしょ?」
シンは人間歴が長いせいで世界に精通しているようだが、クロエは誓約して人間になったばかりなのだから、とはサラも言わない。
「はい、シンは姿は幼いですがそうではないですね。
クロエの理解力はいつも凄いと思いますよ。初めて会った時は、知能に問題があるかと思う程、無知でしたから。
それが、今は国家の微妙な話しもすぐに対応できるほどです」
セイダが言えば、アロイスが誉められたと胸を張る。
「クロエは凄いだろう、それにあの美貌だ」
「ありがとう、でもアロイスの私ではない」
訂正しながら、クロエが現れると、アロイスは立ち上がりクロエに椅子をすすめたが、アロイスは二日酔いで頭が痛そうにしている。
それを横目で見ながら、クロエが座る。
「おはよう、クロエ。スープをいれるね。
シンは?」
サラが、厨房に入っていく。
長い間、留守にしていた館に使用人はいない。
ましてや、アロイスにしても隠密行動が必要なので、新しく雇う予定もない。
クロエが魔獣なので、サラ達にも都合がいいが、使用人がいないので食事は交代で作っている
「シンは出かけた。いつ戻ってくるかは知らない」
サラがスープ皿を出すと、クロエは直ぐに食べている。
「昨日、アロイス達と話して、興味を持ったみたい」
「何に?」
聞いているサラも、答えは分かっている。
人間だ。
この魔獣達は、好奇心旺盛で、優しい!
「うーん、強いて言うなら皆にかな」
クロエは、アタマをかしげながら、面白そうに言う。
自分の力をを欲しいという者はたくさんいた。
それを、手を出さないでくれ、と頼み込まれたのだ。
シンは、国の様子を見て回りたくなったらしい。
「サラ」
セイダがパンを切り分けてクロエに渡しながら、サラに呼びかけた。
「僕とアロイスは、午後から出かけます。
今夜は戻りません。
お昼を一緒に作りましょう、少し豪華にしますよ」
冒険者をしていたので、アロイスとセイダは剣術も魔術も実戦経験をつんだ。
いつでも臨戦態勢なのだ。
だから、公爵との打ち合わせで、一番早い日程を組んだ。
「明日、決着をつけます」
クロエは昨夜聞いていたのだろう、平然としているが、サラは驚きを隠せない。
「急過ぎませんか?」
「明日、王太子は神殿へ奉納に行きます。
厳重な警備ですが、王宮を出るチャンスなのです。
王太子が進軍を号令する前に、成さねばなりません。
神殿に行くのは、表向きは王の回復祈祷となってますが、戦勝祈願に行くのかもしれませんから」
成功するとは限らない、アロイスとセイダは反乱軍として討ち取られるかもしれない、と覚悟しているのだ。
王子妃教育を受けたサラは、それを悟って言葉が震えた。
「うんと美味しいもの、作りましょうね」
最後の食事かもしれない。




