セントウィンダー公爵
少し遡って、アロイスとセイダがセントウィンダー公爵を訪ねた時の話である。
セントウィンダー公爵邸は、4年前と何も変わってなかった。
アロイスとセイダは表玄関ではなく、手紙で指示された裏口から入った。屋敷の中は人払いをされているようで、誰にも会わずに公爵の待つサロンに着いた。
サロンの扉を開けた執事は、アロイスに恭しく礼をした。
中にいた公爵は、アロイスを見るとソファから立ち上がった。
「殿下、お戻りになられたと考えてよろしいのですか」
セントウィンダー公爵は、アロイスが王位を覚悟したのか、と言っているのだ。
「ああ、この国を捨てる事は出来ない。
もっと早く覚悟すべきだった。たくさんの者を失くした」
クロエに言われて思い知った愚か者だが、まだ間に合う、とアロイスが覚悟したのだ。
冒険者として回った国は、今のこの国より過ごしやすかった。
見に来ることぐらいで来たのに、逃げた。
「待たせた、公爵。実情を教えてくれ」
コールハンが王太子になり、病に伏している王の執務を代行し、隣国から姫を迎え結婚した。
立場を固めた姿を確認して、アロイスは国を出た。
コールハンを脅かす存在がいる事をよしとしなかったからだ。
「王太子殿下は、王太子妃殿下を気に入らなかったのです。
結婚前に贈られて来た姿絵とは劣る容姿と、王太子殿下の執務に口を出してこられた事が原因であります。
妃殿下としては、王女として実務をこなしてこられた経験をいかして、王太子殿下をお手伝いしようとされたのですが、国元と我が国の政策が違うというのを考慮されることはなかったのです」
セントウィンダ―公爵の話は、アロイスの想像していた事とは違った。
「王太子殿下は妃殿下を遠ざけ、美しい側妃を入れました。それが一人から二人、五人となるのはすぐの事でした。
妃殿下は国元から連れて来た侍女達と離宮に籠るようになり、王太子殿下は妃殿下の国との対戦に向け、軍事強化をされたのです」
国を強固にする他国の王族との婚姻であるはずが、戦争の引き金になろうとは、アロイスだけでなく、誰も思いもしてなかった。
「農民を徴兵した為に、天候不順が災害になる程になってしまった。男手の減った農村では対応が出来なかったのだ。多くの飢えた女子供は老人達を放置して、街に仕事を探しに出たが、王都でさえ流れ込む民を支えれるはずもなく、王太子殿下は農村部を支援するのではなく、軍備強化を加速して、豊かな国を侵略することで不足分を補おうと考えられたのだ」
そうして狙っているのがランデルウェア王国であり、第2王子を足掛かりに攻め込むつもりなのか?
アロイスとセイダは同じ結論に至って、顔を見合わせた。
「そして、徴兵された農民に騎士精神があるはずもなく、武器を手にした農民達の中には、弱い者に暴力を振う者も現れた。
私達も憂慮して、何度も王太子殿下に進言したのです。
だが、それを謀反と言われ投獄され、処刑された貴族もいるのです」
そう言って公爵が処罰された貴族の名をあげると、アロイスが良く知っている名もあった。
公爵の話に、アロイスは情けなくって顔を両手で覆った。
自分が逃げた為に、コールハンを止める人間はいなくなったのか。
父王が元気であったなら、無謀な策を止めたであろうか。父は平凡な王であった。大きな災害に対応できる人ではなかったが、家臣の話は聞いた人だ。
コールハンがサラを連れて来るようにクレマチスに指示したのは、クレマチスがクロエの力を報告したのではなく、サラとクロエの美貌に目を付けたのではないか?
クレマチスは情報を報告することで側妃の妹を守っていたが、情報を制限することで自分達を守っていたことをアロイスもセイダも知っている。
なら、クロエの力を報告していない可能性が大きい。
疑惑が浮かぶと、もうやり直せないところまで落ちている、と分かる。
アロイスはクロエの顔が浮かんだが、目を閉じた。
「俺が王太子妃を娶って大事にすれば」
「アロイス、ダメだ! それは、お前も妃殿下も不幸にする」
アロイスの言葉を止めたのは、セイダである。
「そうだよな。妃殿下も感情のある人間だ、ないがしろにしてはいけない」
苦笑いをするアロイスの様子を見ていたのは、公爵である。
「この国を出て、世の中を見て来たのは良い事であったようだ」
王族だから何でも許される、何でも出来る、は間違いだと身に付いている。
公爵は、王家に対しての不審が渦巻いている貴族達のなかで、アロイスの帰国が喜ばれるばかりではないことも知っている。
「シレンド伯爵子息の姿がないが?」
クレマチス・バン・シレンドの事を、公爵はまだ知らない。
「クレマチスは亡くなった。
俺が好きな女の主人を、連れて来るようコールハンに指示されていたらしい」
クロエの力の事を言うわけにいかないアロイスである。
クレマチスは亡くなった。
俺の好きな女。
公爵に衝撃な言葉であった。
アロイス、セイダと公爵の話し合いは、夜遅くまで続き、館に帰った時には、シンがいて騒動になったのだ。




