サラの事情
「何故、お前はこんな所にいるのだ?
まだ贄の時期ではないゆえ、不思議のう」
クロエが思うのも尤もである。
「それが、私も状況が理解できてないところがあって。
確実なのは婚約者のフィルベリー第2王子殿下が、従妹アマンダと浮気していたことです」
サラは公爵令嬢として、穏やかに育てられている。
サラの祖母は王家から降嫁していて、王家の血も濃い。王や王妃からも可愛がられて、王子の婚約者になったのも自然の流れだった。
「私が公爵家の一人娘ということもあり、王太子である第1王子殿下ではなく、第2王子殿下が公爵家に婿入りする婚約です。
フィルベリー殿下から聖殿を教えると言われて、王宮の庭にある霊廟の地下に連れて来られて、無理やりこの穴に突き落とされたのです。
想像するに、浮気がバレていると知った二人が共謀して、オーデア公爵家を乗っ取ろうとしているのかと」
クロエは魔獣とはいえ、知能は高い。サラの説明で察したようだ。
「ふーん、つまり今頃王宮では、お前が我の穴に事故で落ちたと大騒ぎしているというのね」
「はい、聖獣様の穴に落ちる意味を知っている人間は、私が食べられたと思っているでしょう。
王子の婚約者がいなくなった事と、公爵家の跡取りがいなくなった事が同時に起き上がったのです」
ですから、とサラは続ける。
「私は絶対に家に戻ります。
私を穴に落として、笑顔を見せていた人間に制裁を加えてやります」
ニヤッ、とクロエの口角が上がる。
サラは綺麗な顔をしているが、柔らかいイメージで深窓の令嬢として何も知らず、大切に育てられたように見えるからだ。
公爵家の総領娘としての教育もされており、それを隠す能力もあるということだ。
「お前、面白いね。上の建物を吹き飛ばせばすぐに出れるぞ」
クロエには建物を吹き飛ばすのは雑作もないことなのだろうが、その建物は王宮だ。
聖殿は霊廟の地下にあっても、横穴の洞窟は王宮の下に広がっている。
「クロエ、それでは問題の解決はできない。
フィルベリー王子が私を穴に突き落としても、護衛達は止めなかった。
協力者がいるはずなの。それを誘い出すには、こっそりここから出たい」
それは公爵家にもいるのだろう。
サラがいなくなったとて、簡単にアマンダが後継になることはないのだ。
「そうだな。
ここから出るのは簡単だ。我がお前を抱いて、穴から飛び出ればいいのだからな。
その後だ。
我は何百年も外の事は、知らぬからな」
「分かりましたわ。
地下の聖殿の所に出られるのですね。
その後は、私が誘導します。王宮は子供の頃から、慣れ親しんでいますから、お任せください。
ましてや、この聖獣様の贄の事は秘密でしょうから、私が食べられたと思っているのは僅かな人間だけです。
堂々と城を出ればいいのです。
だから、手伝ってください」
サラは洞窟に落ちている装飾品を集めていて、クロエに手伝えと言うのだ。
「真っすぐに公爵邸に戻れば危険ですから、しばらく王都に潜伏します。
その生活費が必要です」
贄にされた人間が身に付けていた宝飾品で、生活費を出そうとしているのだ。
「生活費って、お前、風が吹いたら倒れそうなお姫様の見掛けで凄いな」
「領民の生活を領主が守らねばなりませんから、父から教育を受けています」
えへん、と胸を張るサラの胸はふくよかからは遠い。
「あはっは」
声を出して笑うクロエが、サラに手を差し伸べる。
「ほら、行くよ」
サラは、落ちていた古いストールに宝飾品を包むと、立ち上がりクロエの手を取る。
「クロエ、お願いしますね」
クロエは手に取ったサラの手を口元に持っていき、騎士のように口づけを落とす。
「あー、美味い」
「ちょっと、緊張感を返してー!」
クロエとサラ、顔を見渡して笑い出す。
クロエは握ったサラの手を引寄せると、その身体を抱きしめて、行くよ、と繰り返す。