裏切りの理由
アロイスもセイダも、サラに何度も謝罪し、傷を心配した。
それと同時に、クレマチスの遺体を見る目が痛ましい。
「貴殿には心当たりが、あるだろう?」
サラを膝に抱きかかえたままのレイディンが、アロイスに問う。
婚約者がいる男が、このような事をするのはサラには嫌悪であるのだが、また殺されかかってサラは弱っていて抵抗できなかった。
傷は浅くとも喉の痛みは大きく、自分を好きだという男に優しくされたいとサラは思った。目の前でサラが血を流しているのを見たレイディンも、サラの体温を感じていたかった。
それに、クロエがそれを許していた。
遅れてレイディンを追って来たラムゼルに手当てされ、サラの首は薬剤を塗って包帯が巻かれている。
「ドウバイン王国第2王子で、生死不明の王子。
押さえているとはいえ、クロエの魔力に対抗できる魔力を持つのは、王族や高位貴族の一部ぐらいだ」
何度もクロエに弾き飛ばされたのに、アロイスは無傷で戻って来てたのだ。それはクロエの魔力をアロイスの魔力で受け止めていたということになる。
レイディンは、それが確定であるようにアロイスに言うのだ。
「さすがレイディン王太子殿下、ドウバイン王国の内情を御存知だったか。
その通り、クレマチスは双子の兄で王太子のコールハンの間者だった」
それでも何年も行動を共にしてきたのだ。
「俺とコールハン、セイダ、クレマチスは幼馴染というやつだ。
ドウバインでは双子の片割れは、もう片方のスペアとして育てられる。コールハンが婚姻して俺は国を出た。
コールハンは優秀だが、俺も優秀だったんだ。例え国を出ても、アイツは不安だったのだろう。
俺が国を出る時に、セイダとクレマチスがついて来たが、クレマチスが兄の間者と分かっていて同行させた。
クレマチスがこんな事したのは、兄の指示だったのだろう」
だけど、とアロイスは続ける。
「アイツは、サラは可愛いとずっと言ってた。サラを殺すつもりはなかったと思う。
殺すつもりなら、最初の一突きでしてる。
だけど、兄の命令を断ることは出来なかったんだ。兄の側妃の一人はクレマチスの妹だ」
「サラを殺すつもりがなかったのは、最初から分かっている。
サラを殺すより薬や魔術で操って、クロエを従わせる事が目的だろうから、殺すわけにはいかない」
レイディンが言っている途中で、我慢できなくなったクロエがサラを奪い取って抱きついた。
その様子を男達は、黙って見ているだけだ。
アロイスとセイダは、クロエの正体を知らないが、尋常ではない魔力、サラへの執着、そしてサラの血を舐めていたことで人間ではないと思っている。
今もサラの包帯の上から舐めている様子は、まるで飼い主に縋りつく犬のようだ。
クレマチスの頭部を握りつぶした者と同じ者に見えない。
「サラ」
それまで黙っていたセイダが、一歩前に出た。
「怖い思いをさせて身勝手な願いだと、分かっている。
クレマチスを葬るのに、君のハンカチを一緒に埋めさせてもらえないか?」
チラリとレイディンを見て、セイダは頭を下げた。
「クレマチスは、最初から生き残るつもりはなかったと思う。
貴女に触れるのに、刃物を持ってなどしたくなかったからこそ、転移陣を出すのもすぐにではなかった。
僕か、アロイスに殺されたかったんだ。
レイディン殿下が来ることは想像してなかったろう。
アイツは妹を人質に取られているのと同じだから、拒否は出来ないんだ。
でも、貴女の事を話す時は、本当に嬉しそうだったんだ」
あの時、一緒に外国に行くと言っていれば、違ったかもしれない。
それは、いまさらどうしようもない事だ。
魔獣征伐からの帰り道、花畑を見つけたのもアイツだ。サラが喜ぶだろう、と摘みに行ったのもアイツだ。
サラの身分は分かっていた、レイディン王太子がサラを好いていることも分かっていた。
サラを初めて抱きしめるのが、羽交い絞めなどとしたくなかったろう。
刃物を喉に付き付けられているのに、浅い傷で済んだのは、クレマチスが器官を避けたからだ。
サラはハンカチを取り出して、セイダに渡した。
何か言いたかったけど、喉は痛いし、何を言っていいか分からなかった。
ただ、自分を殺そうとしたフィルベリー王子や、顔も知らないコールハン王太子のように、王族という権力による暴力に腹が立ってしかたなかった。




