裏切りの時
「僕達はこの国を出る。一緒に来ないか?」
昼食の時、アロイス達に誘われた。
「いえ、王都に戻ってすることがあるの」
サラは悩むこともなく即答だ。
反対に悩んだのは、アロイスである。
サラ達が一緒に来ると思っていたのだろう。
「クロエー」
うなるように出した声は、クロエの名前だ。
ふん、と横を向いてクロエはフォークに刺した肉を口に入れる。
クロエにとって、サラの居る所が存在する場所だ。
王都だろうが、隣国だろうが関係ない。
「ごちそうさま。
クロエはまだ食べていて、私は先に宿に戻るわ。」
サラはカトラリーを置いて席を立つと、セイダとクレマチスが後を追うように立つ。
「サラ、一人では危険だ、一緒に戻ろう」
カチャン、クロエもカトラリーを置いて立ち上がる。
サラと離れてまで食べる必要はない、立ち上がろうとして衝撃が起きた。
瞬間移動した様な速さで、クロエは食堂を飛び出した。
甘い血の匂い。
間違えようもないサラの血の匂いがした。
「クレマチス! 落ち着くんだ」
セイダが、刺激しないように穏やかに声かけている。
クレマチスは、サラを羽交い締めにして後ろから、首に刃物を当てている。
サラの首には薄く傷がついて、血が流れていた。
「サラ!」
一瞬にして臨戦態勢に入ったクロエだが、サラを人質にされていては何も出来ない。
傷ついたサラの首は、後わずかでも深くなれば命をなくしてしまいそうなのだ。
それを一番分かっているのはサラだ。
ものすごく痛いし、声に魔力を込めればクレマチスの動きを止められるたろうが、喉を動かした途端、殺されそうだ。
「サラはもらっていく、クロエ、何かしたらサラの喉を掻き切るぞ」
クレマチスは、サラを連れてゆっくり後ろに下がる。その後ろには、転移陣が発動されていて、サラを何処か遠くに連れて行こうとするのは明白であった。
サラの血がネックレスまで流れた時、光が起きた。
ガシッ!!
光の中から出た手が、クレマチスがサラに刃物を当てている手を掴んだ。
「ウッ」
サラの喉を切ろうとするクレマチスと、それを阻止しようとする光の中の手。光がおさまってくると手だけでなく、人の姿が現れた。
それは、レイディン王太子である。
「私がサラに着けたネックレスは、危機を私に伝えたのだ」
サラの喉に当てられた刃物は、レイディンが両手でクレマチスの手を掴んでサラの喉から外そうとする。 サラに当てられた刃物が緩んだ瞬間、クロエがクレマチスの頭を掴んだ。
グチュ。
クレマチスの頭が潰れる。
レイディンがサラを引き寄せて、抱きしめた。
サラが離れたクレマチスの身体は、ズルズルと崩れ落ちた。
「クレマチス!」
セイダとアロイスが、その身体に駆け寄る。
ピクン、とクレマチスの手が動いて宙をきる。
潰された頭から脳髄や血が溢れ出ていて、僅かに口が動いた。
「アロイス、貴方こそが・・」
それ以上は声にならずに、クレマチスの命は消えた。
「クレマチス!」
セイダが、もう動かないクレマチスの身体を抱きしめた。
アロイスは立ち上がり、騒ぎに集まっていた人々を魔力で威嚇すると、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
それから、ゆっくりと振り返りサラを見た。
レイディンに抱きしめられていたが、意識はあり、喉の傷口をクロエが舐めていた。それは、異様な光景であった。
「すまない、傷はどうだ?」
アロイスはその場を動かない、これ以上の刺激を避けるためだ。
「血が出たわりには浅いようだ。 だが当分話すのは避けた方がいいだろう」
答えたのはレイディンである。
「宿に飛べるか?
ここは人目がありすぎる」
アロイスは頷くと、自分の上着を脱いでクレマチスの頭部にかけた。
セイダとクレマチスに手を添えると、3人の姿が消える。
同時に、レイディン、サラ、クロエの姿も消えた。
跡には、血溜まりだけが残っていた。




