国というもの
今までのサラなら、悪い人でも命を奪ってはいけない、とか言ったかもしれない。
元婚約者の前で、いい子ぶっていた自分をあざ笑いそうになる。
この男達は、余罪はたくさんあるだろう。ここで潰してしまうのが世の為だ。
「クロエ、放置でいいわよ。人も集まってきたし、行こう」
クロエの魔力で埋められた身体なら、はいずりだすことは無理だろう。
馬車が走る往来で、地面に顔だけ出した状態なら、いつ馬車に轢かれるかと恐怖を思い知るだろう。
サラが歩きだすと、クロエがその後ろをついていく。
「サラ、来るときにあった串焼きの屋台に行こう」
食い意地のはったクロエである。
「カフェじゃないの?」
「そうだった」
ふふ、と笑い合って手を取る。
王子の婚約者であっても、貴族の最高位公爵令嬢であっても、知らなかった暖かさ。
王都ではないものが、ここにある。
王都の方が物品は豊かだが、何かが違う。きっと、貴族が行かない通りには、あったのかもしれない。
それを、知ろうとしなかった。
この国を作っている大半の人々の生活。
「サラ?」
クロエが、立ち止まったサラに声をかける。
「ありがとう、クロエ」
笑顔のサラに、クロエは、何?と聞きたい。
「だって、クロエが王都を守ってくれていたから、この国は、王都を守らなくてもよかった。その分、地方に力を注げた。
皆を守ってくれて、ありがとう」
国境での小さな衝突はあっても、戦争にはなっていない。
この国は、長い年月、大きな戦を経験していない。
近隣諸国から、王都に攻め入るのは不可能と認知されているからだ。
だからこそ、王家は贄をしてもクロエを奉ってきたのだ。
それは、クロエが王都だけでなく、国を守ってきたことだ。戦になれば、何万、何十万という兵、民の命が散らされる。
それは、何百年であっても、毎年一人の贄の数の比ではない。
そんな風に思われるなんて、クロエの知らなかった事だ。クロエの心に、何かが生まれる。
人のカタチに成ったクロエに、本能以外の感情が増え始めている。
今まで、本能と高い知能、巨大な魔力と高度な魔術、永い命、少しの好奇心、生きるのに不自由はなかった。
「そっか・・」
それからサラとクロエは、カフェの窓から町を行き交う人々を見たり、町の広場で佇んで過ごした。
聞こえてくる町の人々の会話は、生きている証だった。
夜になると、スイーツを手にやって来るレイディンとラムゼルに町の様子を話すのだった。
「街道に魔獣が増えたことで、被害が増えてます。
町の警護兵にも、負傷者が出ているみたい」
だから、アロイス達冒険者が集められて討伐隊が組まれたのだ。
サラは王子の婚約者として、王子妃教育を受けた。だが、こんな事は習わなかった。これこそが、国の基本だというのに。
それは、王太子であるレイディンも同じだ。
民の言葉は、王宮に居ては聞くことが出来ない。
「王家は民を大事にすると言いながら、直接には接していない。
サラがクロエに出会い街に逃げ、それを私が追った事は、天啓だったのではないか、と思う」
サラがクロエに出会った事は運命だと思っているのと同じ事を、レイディンが言う。
この人が治める国を見てみたい。
サラは自分の思いに、俯いてしまった。
「サラ?」
耳まで赤いサラに、レイディンが気が付かないはずかない。
「殿下、そろそろお時間です」
そこでストップをかけるのがラムゼルの役目だ。
王宮に転移したレイディンとラムゼルは、いつものように、ずっと執務していたように装う。
「サラは、絶対に婚約者のいる人を選びません」
ラムゼルがレイディンに止めをさす。
「分かっている。
アイツ、死んでくれないかな」
呟くレイディンに、ラムゼルが溜息をつく。
「殿下の婚約者は、王太子妃に執着してますから、絶対に解消出来ません。
ましてや、不慮の死ともなれば、殿下が手を下してなくとも、サラは殿下を疑い、二度と手に入らないでしょう」
「分かっている」
同じ言葉を繰り返すレイディンに、諦めた様子はない。
サラが聖獣の成約者などでなくとも、今のサラは国を憂い、理解しようとしている、誰より王妃にふさわしい。
何よりも愛らしく美しい姿、殺されかけたのに、それを凌駕する誇り高い意志が眩しい。




