サラの変化
昨日から魔物の出現が多い。アロイス達は終わらない討伐に苛ついていた。
山から下りて街道に出没する魔獣を一掃する為に高ランクの冒険者達が集まっており、2日程で完了する規模の依頼だった。
それが、昨日から魔獣が大量に出没するようになり、リストにはなかった魔獣までいるのだ。
山奥の湖で、サラとクロエが魔術の訓練を始めたので、クロエの気配で魔獣が逃げて人里近くに来ているとは、誰も気が付くはずがない。
「クロエが待っているのにな」
早く戻りたい、とアロイスが文句
「ぎゃああ」
辺りに魔獣の咆哮が響き、冒険者達に緊張がはしる。
「クソ、次から次へとキリがないな」
「全く、同感です」
魔獣の襲撃に備え、アロイス達も剣を握る手に力をこめる。
王都では、アマンダが憤っていた。
サラの父、オーデア公爵がサラがいなくなっても、アマンダを養女にしないと言うのだ。
『子供は女の子のサラ一人だったから、王家から婿をとる話になったが、後継者として養子を取るなら、血統の男を取るに決まっている』
サラ亡き今、オーデア公爵に一番近い血統は、オーデア公爵の妹の娘であるアマンダだ。
そのアマンダがオーデア公爵家を継げないとなると、予定が狂ってしまう。
「これを王宮に届けてちょうだい」
アマンダが書き上げた手紙を侍女に渡す。
フィルベリーが王位を簒奪するには、オーデア公爵家の力が必要なのである。
そのオーデア公爵は、怪しい使用人達を監視していた。
サラの手紙だけで、大体の事情を把握したのだった。
筋肉痛の身体をクロエに抱きかかえられて、サラは湖の畔に来ていた。
訓練するためだが、クロエはもうサラに逼迫感を与えようとは、思ってなかった。
昨日は美しいと思った湖が、今日は違って見える。
美しいのだが、静かすぎると気がついたのだ。
鳥の鳴き声もない、湖に魚の影もない。
風に揺れる葉の音だけだ。
「静かすぎるわね」
サラの小さな声が、響く。
「ああ、私を恐れて皆逃げたからな。
魚は湖底で動かないのだろう」
長い時を、孤高に過ごしたクロエである。
「サラ、訓練と関係しているのか、音に敏感になったな」
そう言われれば、とサラも思う。
周りを見渡し、風の流れを感じる。
身体の中の魔力も感じる。
静観の中で、魔力の流れが音をたてるように、強く流れる。
唐突に感じたのは、その流れの熱だ。
「跪け」
熱を喉に流す。
ガクン、とクロエの片足の膝が折れた。
クロエが跪くことはなかったが、サラは自分達の宿の部屋に戻った。
サラをベッドに寝かすと、クロエはグラスを持つ手に細心の注意をしてデキャンタから水をいれる。うっかりグラスを壊さないようにするためだ。
これも、慣れてきたので、なんとかなるとクロエは思っている。
「ありがとう」
サラはクロエから受け取ったグラスの水を飲み干した。
「あの魔術は使ってはダメだ。
意識して魔力を込めると、身体に強い負荷がかかる。
サラの身体では耐えれない」
クロエの言葉に、サラは無言で頷いた。
喉が痛くって声をだせない。
でも、サラは嬉しかった。
自分にも出来る魔術があるのだ。
身体に無理強いをしても、使う必要があるかもしれない。
例えば、フィルベリー殿下を地面に這いつくばらせる時にとか。
クスッ、と笑うサラを見て、クロエも笑った。
「使ってはいけないが、恐ろしい魔術を身に付けたな。
よく頑張った」




