訓練の成果
「それが、出来ませんでした」
神妙に報告するサラである。
報告を受けているのは、レイディン。
宿の部屋に備え付けの小さなテーブルには、お土産のスイーツが零れ落ちそうなほど乗っている。
レイディンが持ってきたチョコレートケーキで、クロエが訓練の事を洗いざらい話したのだった。
「簡単にできるなら、今までに身に付けているはずということです。疲れました」
声を出し過ぎて、サラの声はかすれている。
「たしかに、そんな魔法があるなら、世界制覇だって出来るだろう。
戦地で相手陣地に服従するように、声が届けばいいということだ。凄いな」
レイディンが、テーブルからプチフールをサラに盛ってサラに手渡す。
「サラの魔力では服従までは出来ないだろうが、従いたい気になる程度だ」
パクン、とチーズケーキにかぶりつきながら、クロエが説明する。
「それでも、相手の戦意を減少させるなら凄い事だ。
それは訓練すれば、魔力量が多ければ可能なのか? サラは公爵令嬢だから魔力量は多いはずだ」
レイディンは、クロエにもプチフールを皿に盛り、目の前に置く。
チラリ、と皿を見たクロエが手に取る。
「うーん、無理かな。
サラ程美味しい魔力の主はいない。
明日もチョコレートケーキだな。
おお、これは2重になっているのか? クリームとジャムか?」
スイーツで懐柔できる聖獣様である。
これからは、生け贄ではなくオヤツの方が喜ばれるのではないか、とさえ思う。
「のう、レイよ。
おかしな事を考えるなよ。
私は世界征服できるぞ。ただし、全てを壊すから、生き延びるには強運が必要だ」
クロエは、皿にピンクとグリーンのマカロンを並べて、レイの方は見ていない。
「クロエ、サラは私より大事な存在だと認識している。
サラを利用しようなど、思ってもいない」
聖獣の誓約者と成り、類まれなる魔法の可能性を秘めたサラ。絶対に他国に出してはならない。
王太子として手に入れるべきと考えるのとは別に、好意を持つ女性として手に入れたいと願う。
それから、とレイディンは数枚の紙を取り出した。
「これは、フィルベリーを支持態勢にある貴族達だ。
このうちの一部か、全部が今回の事に関係している。
サラは公爵家の一人娘として、第2王子を婿に取る予定だった。
領地の経営も公爵家の全てを引き継ぐのは娘のサラで、第2王子が公爵家の権力を手に入れる事は出来ない。
サラ亡き後、血縁関係にあるサラの従妹が公爵家に入り、第2王子が婿に入れば、公爵家を実質的に動かすのは第2王子であると考えてたようだ」
「つまり公爵家の後継者教育を受けている私がいては、不都合だと?」
それで婚約解消ではなく、殺そうとしたということだ。
ツキン、とサラの心が痛む。
フィルベリーの婚約者として、認められるように努力をしてきた。
好かれたいと思っていたし、愛情ある結婚生活がおくれると思っていた。
紙を手に取り、内容を確認する。
公爵家に婿に入る予定だったのに、敵対関係にある家の名前があることに驚く。
殺されかかって、憎んでいるのに、まだ期待が残っていた自分を知る。
痛む心は、これで最後。
「ありがとうございます、レイ」
「いや、私も他人事でないからね。
フィルベリーが公爵家が欲しくて、君を殺そうとしたと思うか?
公爵家の私兵、財産、派閥。
どれもが、王になるのに有利だと思わないか?」
では、帰るよ、とレイはラムゼルを見る。
ラムゼルは、空になった篭を持つと、レイディンの後ろに従う。
魔法陣が光ると、片手を上げた王太子と側近が消えた。
サラは紙を握りしめていた。
「絶対に、この手で復讐する。
だから、力が欲しい。
クロエ、明日も明後日も訓練する」




