聖殿の獣
洞窟の奥に連れて来られたサラは、そこがクロエの寝床だとすぐに分かった。
たくさんの衣類が散乱していて、そこからクロエはドレスを探し出すと身に付けた。
新しい物から古い物、風化寸前の布切れとなった衣類まである。
どれも湿気を含み汚れているし、中には血痕らしき物がついているのもある。
つまり、クロエの贄になった人間が着ていた物であろう。
男、女、子供、夥しい数のいろんなサイズの衣類は、贄の命の証だ。
聖獣に贄が必要など知らない。王家が隠匿しているのは、これだけではないだろう。
「クロエ」
サラが呼びかければ、クロエは振り向く。
「ここに、何百年もずっと一人で?」
言いたいのは、たくさんあるのに、口から出たのはそんな言葉だった。
「ああ」
「もっと長くかな。ほとんど寝ておるがな。
あまりに長く生きているから、何もかも面倒でね。
何もしなくとも、我の気配で弱い獣は寄って来もしない」
王都に魔物が現われない理由がこれだった、とサラは思いながらクロエの言葉を待つ。
「我の糧は魔力だ。
魔物達を狩って、その魔力を食べる。
我の眠りを邪魔せず、年に一度、魔力の強い者を贄にすると人間が言ったから、我はここで眠っている。
我を祀る神殿を建てる、と言っておったな」
ここまで聞けば、その人間が王家の始祖であると分かる。
結果的にクロエがこの地を守っていた形になって、聖獣と呼んで奉られているのだ。
「贄の肉や骨は放置すると腐るから食べるだけで、魔力は血から摂る。我は綺麗好きなのだよ」
話を聞いていて、なんか変だ。
肉や骨は腐るから食べるけど、衣類や装身具は腐らないから食べないのか?
裸にしてから食べるのか? だから、ここに服がある?
「クロエは偏食なのですか?
人間を襲う魔獣は、服を着たままでも襲われます」
薄暗い地下の洞窟で、人間の食べ方について、人間のサラと、魔獣のクロエが話している事がすでにおかしい。
「ああ、低級の魔獣では魔力だけ取り込むことが出来ぬからな。全部食べるんだろう。
我は、血でなく、唾液でもよいぞ」
チョンチョンと、クロエがサラの唇を突くと、サラがバッとその手を払う。
「我は、お前から魔力を貰うことになったからな。
1年に一度だと、お前死にそうになるだろ。毎月少しずつ貰う方がいいようだ。
お前の魔力は美味い」
さっきサラの血を舐めた事で、味をしめたようだ。クロエが舌なめずりをしている。
妖艶な美女の姿が、やけに生々しく感じる。
「私の血!?」
偶然とはいえ、誓約したから魔力の提供は理解するが、サラには聖獣であるクロエが満足するほどの魔力があるとは思えない。
「ああ、お前の魔力は濃くて美味い。少しの血で誓約できたようにな、少量で十分だ」
それなら、とサラが安心したところに、クロエは爆弾を落とした。
「ああ、血でなく唾液でいいぞ。我がお前の口から吸うから」
口から吸う?
「き、き、キス!?」
顔を真っ赤にしたサラの叫び声が洞窟に響いて、クロエがクックックと笑う。
「お前、おぼこだな。
我に魔力を摂られると、お前の生命力が落ちるだろう。それを男の魔力で補充してもらうといいぞ。すぐに生命力が戻る。
男は、魔力の強いのを選べ。
ああ、お前は血や唾液で補充するような高等技術はないだろう。
男の精を受けるがいい」
「男の精?」
サラだって年頃の乙女、知識がないわけではないが確認したいのだ。
「なんだ、それも分からぬか。男とセッ」
ぎゃああ、と叫びながらサラがクロエの口を塞いだ。
クロエが口を塞いでいるサラの掌《てのひら》を、ペロンと舐める。
「ぎゃああ」
飛びのくサラを、面白そうにクロエが見ている。
「汗も魔力をおっている、美味いな」
クロエはサラの掌を舐めて、汗を味見したというのだ。
「変態・・」
サラは零れた言葉に気づかず、茫然としていた。