夜の訪問者
「サラ~」
転移で現れたレイディンは、サラの手を取ろうとしてかわされた。
「ハハ、やっぱりサラはいいな。癒されるよ」
お土産の篭を出せば、クロエが嬉しそうに受け取る。
「サラ、これは何だ?」
歓声をあげて、クロエはバスケットの中を覗き込む。
「ドライフルーツを練り込んだパンを持って来た。
それと、瓶に入っているのはプディングだ、早めに食べてくれ」
毎晩のスイーツのお土産で、クロエはレイディンに懐柔されている。
食物は糧にならないのに、味が好みらしい。
サラは篭に用意されているスプーンをクロエに渡して、自分もプディングの瓶を手に取る。
「さすが、王宮の料理人ですわね」
プディングを口に入れて笑顔を見せるサラを、レイディンは見ていた。
何故、今までこの可愛さに気が付かなかったのだろう。
自分も弟のフィルベリーも子供の頃に、婚約が決まった。
サラは弟の婚約者というだけの接点だった。
王宮で見かけるサラは、王子妃教育に来ている時で、笑顔はなかったと思い出す。
そっとサラの髪に手を延ばそうとして、ラムゼルに止められた。
「クロエに吹き飛ばされますよ」
サラは食べる手を止めた。
「クロエを手放したくないから、私にかまうのでしょうけど、婚約者がいながら他の女性に興味を持つ男性は嫌いです。」
公爵令嬢のサラとしてなら、絶対に王太子殿下にこんなことは言えない。
でも、なにもかも失くした身だ。 今更、王太子に不興をかっても怖くない。
フリフリとプディングを食べていたスプーンを、レイディンの目の前で振りかざす。
「お菓子は、クロエへのお供えとして受け取りますけど、それ以外は止めてください」
パクン!
レイディンが、サラが振りかざしたスプーンにかぶりついたのだ。
ボン! と音がしそうな勢いでサラの顔が真っ赤になる。
叫びたいのに、言葉さえ出せずに震えている。
「どうした? サラ、熱があるのか?」
クロエは的外れな事を聞いてくる。
「クロエ、サラは可愛いいな」
「私のサラだ、当然であろう」
レイディンとクロエが言うのは、サラにとっては褒め殺しの如くだ。
しかも婚約者のいる男と、人間でない絶世の美女、不毛である。
「昼間、女狐と会ったから、サラが天使に見えるよ」
レイディンの言葉に、ラムゼルが、ああ、と声を漏らす。
「殿下、そろそろお戻りになりませんと。
ご令嬢の部屋にいつまでの居る訳にいきません」
解放感ある野営地と違い、ここは町の宿屋の部屋だ。ラムゼルがレイディンを急かす。
「ああ、そうだな。また来る」
レイディンは、転移魔法を展開する。
王宮の執務室に戻ったレイディンとラムゼルは、深夜という事もあり酒を取り出した。
「フィルベリーは、どうしてサラを殺そうとしたのか。
他の女の方を選ぶなど、バカだろう。
あの子を婚約者に出来た幸運を、忘れたんだろうな。
公爵家の一人娘でなかったら、私の婚約者に出来たものを」
第2王子は王太子のスペアだ。
王子妃も王太子妃のスペアとして、同じ教育を受ける。
サラは、その教育を受けており、身分も高い、王太子妃とするのに問題はない。
聖獣の誓約者となり、なにより惹き付けられる。
可愛い容姿に秘められた強い意志。
大胆な事をするくせに、初心である。
レイディンは、先ほどの真っ赤になったサラの顔を思い出し、笑みが浮かぶ。
カチン。
レイディンとラムゼルが、グラスを合わせて一日の労を労う。
「サラが本気で私を嫌う前に、私の婚約者をなんとかせねばな。
フィルベリーがやった、聖獣の穴に落とすのは、悪手だが悪くない。
だが、そんなことすれば、サラは手に入らない」
「そうです、殿下。
サラとクロエを他国に取られる訳には、いきません」
ラムゼルもレイディンに同調する。
レイディンにとって、心情的にも、政治的にも、サラは最重要人物になった。
ゆっくり、大事にしたい。




