北部の町
連絡用の鳩を放って、俺は野営をしている場所に戻った。
毛布に包まれてサラが寝ている。その隣にはサラと手を繫いだクロエが半身を起こしていた。
俺はクロエが眠っているのを見たことがない。
本当に人間か、とさえ思う。
恐ろしいほどに美しく、恐ろしく強い。魔力は桁外れだ。
人間ではない、と言われれば納得してしまうだろう。
サラは高位貴族の令嬢だろう。通常なら、サラを護衛しているのが侍女一人などとあり得ないが、クロエなら問題ないのだろう。
何よりも、毎夜サラに会いに来るあの男は、この国の王太子レイディンに間違いない。
転移魔法が出来る人間は、強力な魔力のある者のみだ。
連れのラムゼルもそうであるから、一緒に転移が出来るのだ。
アロイスは、クロエの横に座る。
「明日は、街の宿屋に泊まれるだろう。
美味いものが食える」
美味しいものに、クロエの反応は早い。
「それは楽しみだ。サラも上手にスープを作るようになったのだが、食堂の料理も食べたい」
何もしたことがなかったサラは、スープが作れるようになり、料理を覚えている。
覚えるのが早く、手際もいい。
過剰な教育を受けて来たから、それに比べれば楽しい、とサラ本人が言っている。
「なぁ、俺達は街に着いたら、魔獣討伐の為に山に入る。
クロエ達はどうするんだ?」
「少し、やりたいことがある」
クロエは気になることがあった。
あの洞窟で、サラと誓約をしたことだ。
どんなにサラの魔力が美味でも、誓約するなどありえないことだ。
思い当たることがある、それを確かめなばならない。
「火の番の時間だから、あっちに行くよ」
アロイスが遠ざかるのを待って、クロエは横になった。
寝る必要はないので空を見上げる。
満天の星が、美しい。
「地下にいた時には、星を見たいなんて思わなかった」
サラ、と呟いたクロエは考える。
サラの魔力は極上だ。
だから、誰にも出来ない事が出来る。
次の日は、朝早くに野営地を立ち、昼前に町に着いた。
久しぶりに見る大勢の人間と町の喧噪に、懐かしささえ感じる。
「じゃ、俺達は仕事に行くよ。
2~3日かかる。また会おう」
アロイス達は、サラとクロエを宿に送ると、出て行った。
パタン、と宿の部屋の扉を閉めると、並んだ二つのベッドに腰かける。
「アロイス達が魔獣討伐に行ったけど、クロエがいるから魔獣は逃げていないんじゃないの?」
サラは、ゴロンとそのまま後ろに倒れてベッドに転がる。
公爵令嬢としてはマイナス点だが、野営が続いたせいで、ベッドが恋しい。
「気を付けて気配を消しているので、王都のようにはならないだろう」
ニヤリと笑うクロエは、悪女そのものである。
「アロイス達が手柄を立てるか、襲われて逃げ惑うか、私にはどうでもいいことだ」
それよりと、クロエはサラの手を取り起き上がらせる。
「町だ!
カフェに行こう。ケーキだ!」
その意見には、サラも賛成である。
宿の受付で聞くと、カフェは2カ所あるらしい。
「両方を行くぞ」
「もう一つは、明日の楽しみにしましょう」
町を歩けば、サラとクロエの姿は目立ち、男達に声をかけられる。
それを交わして、目的地のカフェに向かう。
それでも着いてくる男達を無視して、カフェの中に入った。
「サラ、どれにする?
私は、コレとアレとコレかな」
王都の買い物途中で寄ったカフェが気に入ったクロエは、この町でもカフェに来たかったのだ。
席に着くなり、注文で目をキラキラさせている。
「僕が奢るよ」
近寄ってきた男は、空いている席に座ろうとして、クロエに腕を握られた。
「うぁぁ・・!」
クロエが腕を離すと、逃げるように走り去っていった。
「腕を折らないように手加減できたのね、偉いわクロエ。撃退してくれてありがとう」
サラがクロエを誉めれば、フフン、とクロエが口角をあげる。
「握っただけだ、力を入れてはいない。
それに、サラにも出来るはずだ。それを明日から教える」
クロエはそれ以上は言わずに、ケーキを食べ始めた。




