モテるのは気分転換にいい
「クロエ、寝よう。
婚約者がいるくせに他の女性に言い寄る浮気男とか、同意を得ずに女性に抱きつこうとする卑劣男は無視よ」
寝ようとしたサラの前に、湯気の立ったカップが差し出された。
「レイが申し訳ない。
サラを心配しているのは本心なんだ」
サラはラムゼルからカップを受け取ると、口付けると身体が暖まる。
「お前、サラを狙っているのか!?」
レイディンがラムゼルに詰め寄るように、声をあげる。
「独身で婚約者もいない僕からすれば、婚約者がいるレイは、婚約者にもサラにも不誠実です」
「俺も、俺も、婚約者も妻もいない」
割り込んできたのはゼイダだ。
「だが、お前には嫁をいびりそうな母親がいるじゃないか」
クレマチスまでも参戦してくる。
「サラは可愛い」
うふふ、とサラが笑う。
「ありがとう、元気つけてくれたのね」
婚約者に裏切られ、殺されかかって怒涛の日々だ。
悪い事ばかり考えてしまいそうになる。
でも、それでこの人達に出会えた。
王太子殿下だって、こんな人だなんて知らなかった。
クロエと会ったのは、必然だったのだと思う。
公爵令嬢や聖獣の誓約者というのがなくとも、サラは魅力的なのだ。
こんなに笑うとは知らなかったし、可愛いだけでなく美しい。
目が惹き付けられる。
レイディンは、今のままではサラに受け入れられないことは分かっている。
サラを殺そうとした婚約者の兄であり、何より婚約者がいるということが対象外とされる。
「ラムゼル、戻るぞ」
レイディンはラムゼルに声をかけ、サラに視線を落とす。
「疲れたろう、ゆっくり休め。
また甘いものを持って来る」
サラに触れようとした手は引っ込めて、ゼイダとクレマチスに睨みを利かす。
「クロエ、サラを頼む」
クロエの返事を待たずに、レイディンとラムゼルの姿は消えた。
「クロエ」
だいぶ経って林から戻ってきたアロイスが、クロエの元に来た。
クロエは寝ているサラの手を繫いでいた。
「すげぇな、身体中傷だらけだよ。夫婦喧嘩はしないように気を付ける」
「お前、バカか?」
圧倒的力の差があるのに、それでも言い寄るアロイスに、クロエは呆れる。
「だが、面白いな」
魔獣なら、力の差は絶対である。それは服従か逃亡を意味する。
人間は面白い。
長い年月一人で眠ってきた。
今は誓約者であるサラと繫いでいる手が、暖かいと感じる。
もっとサラを見ていたい、と思う。
サラを悲しませる者は、許せない。
サラを殺そうとしたフィルベリー王子に感じる気持ちが、憎いという気持ちなんだろう。
では、アロイスに感じる気持ちは?
「北部は、まだ遠いか?」
「ああ、ゼイダに地図を貰ってくる」
アロイスがゼイダの所に向かうのを、眺めながら、こんな関係も面白いと感じている。
「サラ、起きているのか?」
クロエが握った手を離す。
「声が聞こえて、起きた」
「悪い」
「いいの、なんだか楽しい夢を見てたみたい。
北部に逃げるように行くのに、楽しいなんてね」
ふふ、と笑うサラはもう一度目をつむった。




