王太子と公爵
王太子の執務室にいるのは、王太子レイディンとオーデア公爵の二人だけだった。
人払いされているその部屋は、張り詰めた空気で満ちていた。
「公爵、昨日あんなことがあったばかりなのに、時間を取ってもらって申し訳ない。
ご令嬢の事は、お悔やみ申し上げる」
「ありがとうございます、殿下。
遺体もないので、娘が行方不明になったと妻には言ってありますが、ひどく傷心しております」
聖獣のことは、贄のことがあって、王族直系と公爵直系だけの秘密だ。夫人にさえも、聖殿の穴に落ちた娘が聖獣の贄になったとは、言えないのだ。
「ご令嬢の侍女が自殺したとは、ご令嬢はそれほど慕われていたのだね。
弟の婚約者だったので会うこともあったが、優しいご令嬢だった」
サラから全てを聞いているが、レイディンは言うわけにはいかない。それよりも、後継者のいなくなったオーデア公爵家が早々に次の後継者を選ぶのは不都合だ。
カサッ。
王太子が胸ポケットから、折りたたまれたメモを取り出して机に置いた。
公爵は手に取り、開いて見る。
サラ・オーデア。
見間違うはずない娘のサイン。
「昨夜、預かってね」
レイディンは、膝の上で両手を組む。
「ご令嬢のいない公爵家を心配されていたが、侍女の自殺に付随することもあるだろう」
含みを持ったレイディンの言葉に、公爵は気が付いた。
昨夜、預かった。
誰から?
侍女に付随する?
やはり、あれは自殺ではなく、公爵家にはまだ危険があるということか?
娘は生きている。
あのサインを書いた人物から、預かったということだろう。
王太子殿下が助けてくれたのか?
公爵家には戻ってこれない、ということだけは分かる。
「本日、殿下のご尊顔を拝謁しましたことは、私に取って僥倖でした。
オーデア公爵家としての葬送の準備の為、しばらく登城できませんが、改めまして御礼に参上いたします」
オーデア公爵が礼をすると、足早に部屋を出て行く。
人払いをしていても、どこで漏れるか分からない。
二人はサラの名前を出さなかったが、サラの生存と、それに対してオーデア公爵家がレイディン王太子に尽力の提供を暗に伝えあったのだ。
オーデア公爵が出て行った後、レイディンは側近のラムゼル・ガーヴィンを呼んだ。
「夜にまとまった時間を取る。
それまでに優先すべき書類を持って来て欲しい」
レイディンは、今夜もサラのところに行くつもりだ。
聖獣がサラと誓約したことにより、サラは最重要人物となった。
「フィルベリーに付けている者を増やせ。護衛は必要ない、諜報にたけた者で固めろ」
レイディンにとって、弟のフィルベリーはサラと婚姻することで王家を離れる人間だった。
それが、サラを殺してオーデア公爵家を乗っ取り、資金源にするということは、目的はオーデア公爵になる事ではなく、王になる事だ。
フィルベリーだけで成せる事ではない。
背後に誰がいるか、見極めればならない。
フーン、と机に置かれていた紙が揺れ、光の粒が舞い降りて、宿のサラの部屋に魔法が構築されていく。
昨日、レイディンがサラに渡したのは、転移魔法陣が描かれた紙だった。
「サラ嬢、クロエ殿、おじゃまするよ」
そう言って現れたのは、レイディンと側近のラムゼルである。




