乙女と魔獣の出会い
公爵令嬢として教育は受けたが深窓の姫君のサラが、クセのある魔獣クロエと報復という国への反逆を目指します。
「もうサラが女王になっちゃえばいいんじゃない」言い切るクロエを宥めながら、サラは陰謀を暴いていきます。
ピチョン。
薄暗い天井から水滴が落ちた音でさえ、ビクンとサラは恐さで震えた。
痛めた片足をひきずり、後ろを振り返りながら歩く道は覚束ない。
穴に落とされた時に、捻っただけでなく、岩で擦って傷ついて血が滲んでいる。
キュウ。
聞こえた音に、サラは震えあがって座り込んでしまった。
この暗闇に何かいる。
どうしてこうなったか分からない。
涙も枯れ果てた。
ドレスも空気の湿気を含んで重い。
家族は心配しているに違いない。絶対に家に戻る、そう決意して薄暗い洞窟に目を凝らしてもゴツゴツした岩肌しか見えない。
でも、怖いし疲れたから、ちょっとだけ休憩しよう。
「う・・ん?」
足を何かに舐められている?
いつの間にか寝ていたらしい、と飛び起きた。
足元を手で探ると、フカフカな手触りがあって温かい。
不思議に怖いと思わなかった、体温を感じたから。
「うさぎ?」
ウサギぐらいの大きさの黒い生き物が、痛めたサラの足を舐めていた。
目が赤く、黒ウサギにしか見えない。
そって頭をなでると、毛並みが気持ちいい。
「私はサラよ。アナタは?」
当然、ウサギもどきが応えるはずもないが、サラは面白そうに独り言を続ける。
「返事がないから、私が名前をつけるね。黒いウサギだから、クロエ、どう?」
サラがクロエを抱き上げて顔を見ると、クロエの口の周りにはサラの血が付いていた。
「まぁ、私のケガを舐めて治してくれていたの?
まるで、血の誓約のようね。
我、サラ・シルバー・オーデアは、汝にクロエと名付ける、なんて・・」
サラが言い切る前にクロエが光に包まれた。
「お前、なんてことをしてくれるんだ!」
そこに居たのは、黒髪に赤い目で豊満な身体の美女だった。
「なんて事をしてくれたのよ!
お前は私のエサだったのに!」
え!?
私のエサ?
ケガを舐めて治しているのじゃなくって、食事の為に血を舐めていたの?
サラは、言葉を失ってクロエを見たが、クロエは怒ってはいても害があるようには感じられない。
「ねえ、クロエ?」
サラの容姿は、クロエと反対である。
明るくカールした茶色の髪、ペールブルーの瞳、華奢な身体、清楚な貴族令嬢そのものである。
しかも、クロエという名前が定着してしまっている。
はぁ、と溜息をついて、クロエが苦笑いを浮かべた。
「私もビックリしたわよ。
血を与え、正式な名前をもって、誓約で名前を与えるなんて。
しかも、お前の血があまりに美味しいからって、受け入れてしまった自分にも驚いてるわよ」
たしかにサラは誓約の言葉を言ったが、それは誓約をしようとしたのではない。名前を付ける時に真似事をして、薄暗い洞窟にいる自分を奮い立たせようとしただけだ。
魔物は討伐するが、稀に従える事が出来る。
強い意志を持って血を与え、自分の正式な名前を宣誓して、名前を与える。
その根底に魔物からの好意があって、魔力の豊富な人間と強い魔物の間のみに誓約が成り立つ。
主従の関係が構築され、人間の魔力が与えられた魔物は人間の姿になる。
何百年という長い月日の間でも、英雄や聖者といった片手にも満たない数の人間しか成し遂げていない。
「きゃあ」
それは、悲鳴ではなく歓声。
サラがクロエに抱きついた。
「私、ここから出たいの!
クロエと一緒ならきっと出れるわ」
「ここから出る?
ここが何処か分かっているの?」
クロエが、サラを引き離しながら問いかける。
「ランデルウエア王国の王宮地下だとは分かっているわ。
王宮の地下聖殿に連れて来られて、底に空いた穴に落とされたのだもの」
サラの瞳は力強く輝いてあるが、クロエに魔力を取られたせいか気だるそうに体を動かす。
「我は、この城の築城前からここにいる。
年に一度贄を捧げる事で、我は眠りについているのじゃ。
約束の時ではないのに、贄がいるとは面妖なと思ったらお前だったのじゃ」
「えー?
すっごいおばあちゃん!?」
「失礼な!!」
そう叫ぶ美女は巨大な力の魔獣であり、聖殿に住む聖獣だとサラも気が付いたが、魔獣から人間に変化したばかりで全裸である。