思わぬ交戦
ターミナルから程近い第一ドックにミハルたちは到着していた。
どうもここは通常の戦闘で使用するというより、物資の運搬に利用されているドックのようである。
「ミハル、あの機体がそうだ! クェンティン司令にお願いして、導入してもらった特別機だぞ!」
ミハルは絶句している。アイリスが指さす先には確かに戦闘機があったのだが、想像していたものとはまるで異なっていた。
初めて見る機体であったことよりも、その奇抜なカラーリングにミハルは面食らっている。
その機体は全面が金色に染められていたのだ。派手すぎるカラーリングは大富豪の道楽で作られたとしか思えないものであり、趣味が悪いと言わざるを得なかった。
「これは……?」
「うはは、良いだろう? 特別に塗ってもらったのだ! 銀河の王者に相応しいカラーリングだろう?」
「そ、そうですね……」
カラーリングはともかく、やはり戦闘機である。また二つの昇降ポッドが降りているところを見ると、複座機であるのに疑いはない。
「これって実戦機でしょうか?」
機体の前方下部に二門の中性粒子砲があるだけでなく、上部には戦艦を思わせるような巨大な砲身が備え付けられている。この機体が送っていくだけの目的で作られたとは思えなかった。
「もちろんそうだ。試験機なんだが、貴様の移送だけでなくデータ取りも依頼されている。何と上部は重イオン砲だぞ? 超極弩大型艦船もぶち抜ける逸品だ。後部座席のパイロットが操作できるようになっている……」
パイロット不足が懸念されているのは周知の通りである。軍部は砲撃手を同行させることで攻撃力の強化を図ろうとしているのかもしれない。
「これ本当に配備されるのですか?」
「ゴールドカラーはこの機体だけだが、量産も視野にあるようだ。機体だってそこまで巨大化していないし、何より砲撃手なら大勢いるだろう? まあこの重イオン砲を備えているのはプロトタイプのみ。得られたデータ次第だが、通常は中性粒子砲が装備される予定らしい」
たった一機で照射ラグが補えてしまう。この機体が現実となれば、編隊を組む必要性がなくなったり、パイロットの安全性が高まったりするはずだ。
「とにかくカッコいいだろう? 何しろゴールドとは一番の色! 目立ちすぎると文句を言われたが、最高のパイロットには、やはりゴールドが似合うのだ!」
そう言われると何だか格好良く見えてきた。アイリスと同じセンスだなんて認めたくもないミハルであるが、瞳に映る輝きに魅せられてしまう。
「中尉、私これ操縦してみたいです!」
「馬鹿を言うな。これは私のおもちゃだ。ミハルは存分に砲台を弄くっておればいい!」
残念ながらミハルの要望は却下されてしまう。アイリスがリハビリ用に取り寄せた機体である。既にセッティングは彼女の望むようになっているだろうし、ミハルの希望が叶うことなどないだろう。
「けちくさいなぁ……」
「うるさい。私のだと言ったら私のだ。さっさと搭乗しろ!」
渋々とリアポッドへと乗り込む。リアシートは基本的に索敵や砲撃のためにある模様。ただの移送であるこの任務にミハルの出番はなさそうだ。
『PT001発進する。管制は直ちにハッチを開け!』
何とも上からな発進要請である。ミハルは嘆息しながら、その遣り取りを聞いていた。
まあしかし、真新しいコックピットは玩具を与えられた子供のような気分になる。
「これが砲身のコントローラーか……」
フルレンジコントローラーと呼ばれる操縦桿にも似た見慣れない装備。重イオン砲を特別装備したこの機体はフロントモニターも狙撃特化となっており、随分と手が加えられているようだ。
『こちら管制、PT001発進を許可します。22番ハッチへ移動してください』
予め発進が予定されていたからか、直ぐさま応答がある。待たされることなく発進許可が下りた。
『ようし、よく見ておけ。偉大なるアイリス・マックイーンの雄姿を! 空前にして絶後という極上の戦術機動を見せてやる!』
移送任務でしかないが、アイリスは戦場へ向かうかのようだ。とはいえ、既に普通の移送を諦めたミハルは彼女の声に頷くだけである。
即座に超伝導コンベアへと機体が運ばれ、発進デッキまで移動していく。せっかちなのかハッチが開ききるや、アイリスはスロットルを踏み込んでいた。
『いくぞっ!!』
予想通りの発進から、技術の全てを出し切るような機動。アイリスは語ったままの全開機動を繰り出している。
まるで目的を見失っているとしか考えられない。なぜなら、アイリスはオリンポス基地へと進路を取らず、彼女はゲート方面へと向かっていたからだ。
「ちょっと! 軍規には従ってくださいよ!?」
事前に話していたことが現実となる予感。昂ぶるアイリスであれば、本当にしでかしてしまいそうな雰囲気である。
『案ずるな! 警備中のベイルをからかってやるだけだ!』
返された理由も如何なものかと感じるが、一応はアイリスも軍規を理解しているらしい。まあしかし、任務中である小隊をからかうだなんて発想は、太陽系広しといえどアイリスにしかできないはずである。
『PT001応答しろ! どこの所属だ!?』
ふとベイルの声がコックピットに届く。聞かされていない乱入者に声を荒らげている。
とても嫌な予感がした。ミハルはこの先を想像してしまい溜め息を吐いている。巧妙に練られた罠にベイルが引っかかったとしか思えない。
『やけに偉そうな通信だな? この私が誰であるのか分からない隊員がいるなど考えもしなかったぞ……』
ドスの利いた声で返されている。もうこの瞬間にベイルは察しただろう。ミハルが思い描いた未来が直ぐ側まで来ているのだと。
『神々しさすら覚えるこのフライトラインに見覚えはないか!? 金魚並の記憶力しかない貴様には分からんのか!? もう完全回復したというのに、仲間外れにされた悲しき乙女を忘れたというのか!?』
どうやらアイリスは全隊演習から除外されたことを根に持っているらしい。
恨みの対象者は301小隊副隊長である。だが、ベイルは間違っていない。ゲートへと陣取るカザインの勢力に変化がない現状は復帰を急かす必要を覚えなかったのだ。
『ア、アイリス隊長!?』
『如何にも……。孤高にして清楚可憐なスーパーエースとはこの私だっ!』
言ってアイリスはスピードを上げた。ベイルを稽古するかのように、鋭い機動で彼の周りを飛び回っている。
『おいミハル! お前は操縦を望んでいただろう? だったら砲撃訓練をしてみろ! ちょうど良い的がそこにあるぞ!』
「巻き込まないでください! 私は無関係ですからね!」
静観していたミハルだが、意図せず渦中の人となっている。あとで絶対に問題となるのは明らかであるし、無関係を装うつもりだったというのに。
『ミハル君か!? どうして隊長と一緒に!?』
「いや、私は警備飛行の邪魔なんて反対なんです! アイリス中尉が勝手に進路をとっただけなんですから! 私はオリンポスへ送ってもらう予定だったんです!」
『ふはは、ミハル! 始末書は一緒に書いてやる! 思う存分暴れてやれ!』
取り繕うとするも、アイリスによって阻まれてしまう。確かに操縦してみたいと話していたけれど、別に悪戯するつもりではなかった。
配備早々に始末書だなんてとミハルは嘆息している。思えばステーションで出会った瞬間から嫌な予感がしていたのだ。この現実はまさに想像通りである。
ミハルがどうにかしてベイルに状況を説明しようとしたその瞬間、
『緊急事態発生! 警備中の全機に告ぐ。大規模なカザインの進攻を確認! 全機戦闘態勢! 全てを迎撃せよ!』
間の悪いことにカザインの偵察機がゲートを越えてきたらしい。ミハルたちの眼前でそれは起きている。
『おあつらえ向きだな! ミハル、砲撃は任せたぞ!』
「ええ!?」
有無を言わせず機首を変えるアイリス。編隊に組み込まれていない彼女だが、管制に確認する気もない感じだ。
『アイリス隊長、もしかして参戦するつもりですか!?』
『当たり前だ、ベイル! モニターを確認してみろ! この数をお前たちで何とかできるのか!?』
一応は口を挟んだベイルであったけれど、モニターを確認するや黙り込む。
確かに並の偵察ではない。以前にも大戦前に大規模な偵察があったことをベイルは思い出している。
『了解しました。お願いします。支援機は必要ですか?』
『いらん! 何しろこの機体は重イオン砲を備えている。パイロット操作とは別に砲撃手が操作できるのだからな!』
カザインの勢力はざっと見たところ百機近い数である。対する警備機はW側とE側を合わせて十六機。それもアイリスの試作機を含めた数がそれである。
『ミハル、それに乗っているのか!?』
通信に届いたのは懐かしい声だ。思えば四ヶ月ほど前に別れて以来となる。
アイリスが復帰するまでの間、彼はベイルの支援機をしていた。ミハルの目にも彼の機動が映っている。
「ああうん。リアシートに……」
『ジュリア、支援は必要ない! 照射ラグはミハルの砲撃だけで十分だ! お前はベイルの尻でも追いかけていろ!』
ジュリアが返答する前にアイリスが話に割り込む。ジュリアに四の五の言わせなかったのは、いち早くカザインを殲滅するためである。
『いくぞベイル! 中央は任せろ! W側の警備隊は回り込むように撃墜していけ!』
了解しましたとの返答を受け、アイリスが再びスロットルを踏み込んだ。偶然居合わせただけであるというのに、彼女は戦線へと突き進んでいく。
『交戦中各機に! 航宙機隊に続いて艦隊が出現しました! データリンクします!』
大規模な侵攻だと伝えられていたが、戦線は遥かに拡大していた。通常であれば数機の偵察機に加えて、守護する戦闘機が侵入するだけである。だが、この度は十隻あまりの艦隊までもがゲートを越えてきた。
『とんだ試運転になったな……。ミハル、貴様の腕の見せ所だ!』
「えええっ!? 嘘でしょ!?」
『文句を言うな! 援軍や重イオン砲台の起動準備など待っていられるか! 貴様はこの銀河で一番安全な場所に座っている。ならば艦隊は貴様が責任を持って撃墜しろ!』
ミハルは有無を言わせず砲撃手を任されている。少しも納得できなかったけれど、確かに現状で艦隊の相手をできるのはミハルしかいない。
「分かりました……。何とかしてみます……」
『それでこそ可愛い妹弟子だよ! 貴様の安全は保証する。集中して狙えばいい。全艦一発必中で頼む……』
過剰な自信と信頼が向けられている。狙撃なんて訓練所の教練でしかしたことがなかったというのに、全てを撃ち落とせと命じられていた。
『いくぞ! まずはCA001から003まで!』
ミハルの返答を聞くより先にアイリスは戦闘機動に入った。一応は撃墜順を告知することで進路を伝えている。
ミハルはゴクリと息を呑むも、彼女にはどうしようもない。強制的である戦闘を受け入れるしかなく、腹を括るしかなかった。
「CSC001照準……」
コントローラーを動かしてみて分かるのは、狙撃手には異様に高い技量が求められていること。詳しい進路が分からないミハルは安定しない照準に戸惑っていた。
「相手は超極弩級なんだ……。狙えるはず……」
攻め入った艦船は全て最大級である。幾ら全開機動で振り回されようが、落ち着けば可能であると思い直す。
『CA001シュートだ! 002チェック!』
アイリスは宣言した通りに撃墜していた。ならばミハルは次の機動を予測する。002のあとは003であると。だとしたら次なる機動は直進。この間合いを逃してはならない。
一瞬の安定を得る機体。ミハルは素早くコントローラー操作し、照準に艦船を収めた。
「いけぇぇぇっ!!」
声を張りミハルはトリガーを引く。刹那に視界を覆う輝き。砲身から目映い光が撃ち出されている。
試作機でありながら、反動は殆ど感じない。機体が単座より一回り大きいのは安定を図る意図もあったことだろう。
「やった!」
『いいぞ、ミハル! それでこそ我が妹弟子だ!』
既にアイリスはCA003を撃ち抜いている。銀河で一番安全な場所とはよく言ったものだ。彼女のおかげでミハルは砲撃に集中できている。
操縦席に座るパイロットがアイリスであること。信頼というより、それは確信である。操縦者がアイリスであればミハルは少しの不安も覚えない。
「次行きます!」
ミハルが意気盛んに声をかけたそのとき、
『アスラムは私につけろ! 態勢を立て直す!』
ベイルの声が聞こえた。焦りを含んだその声にミハルはモニターを確認する。
僚機の一つが消失していた。加えて敵機の数がやたらと増えているのが確認できている。
「中尉、敵機が増えています!」
ゲートの際まで来ていたアイリスとミハル。その一方でゲートから離れていく301小隊。明確にミハルたちは孤立を強いられていた。
『クソッ! 数が多い!』
W側の艦隊から射出された航宙機は五十機ばかり。しかし、それらは全て有人機だった。
コックピットに鳴り響くのはロックアラートである。突如として排出された航宙機群が後方に張り付いていたのだ。流石のアイリスも増援は予想できなかったらしい。
ミハルはもどかしさを覚えている。砲撃手である彼女には何もできない。一応は砲身を後方へと向けていたけれど、自軍に向け重イオン砲を撃ち放つのは憚られている。
『ミハル、始末書の内容を考えておけぇぇっ!!』
刹那に轟くアイリスの声。まるで意味が分からなかったが、次なる機動にミハルはその意味合いを推し量っている。
「中尉!?」
『うるさい! 死にたくなければ黙っていろ!』
あろう事かアイリスはソロモンズゲートに突入していた。確かに例外が適応される場面かもしれない。だが、彼女たちは戦闘任務中ではないし、第三者として巻き込まれたというより、自ら戦線に参加していた。
既に明確な軍規違反であったけれど、二人は更なる罪を重ねてしまう。人類初となるゲートへの進攻。しかし、それは偉大なる功績として後世に伝えられることなどないはずだ。
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