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Solomon's Gate  作者: さかもり
第五章 動き始める世界
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案内役

 シャトルライナーのゲート方面は相変わらずイプシロン基地が終着駅である。従ってミハルはイプシロン基地から、オリンポス基地へと移動しなくてはならない。


 航行中は熟睡していたミハル。少しの感慨もなく、イプシロン基地へと降り立っていた。


「ミハル!」


 ステーションに案内役が待っているとミハルは聞いていたのだが、彼女は戸惑っている。しかし、それは不意に声をかけられたからではなく、現れたその人に問題があったからだ。


「アイリス中尉!?」


 なんと声の主はアイリスであった。小隊長でもある彼女は何かと忙しいはずであり、案内役を任命されるような人ではない。


「もっと喜んで見せろ。可愛げがないぞ?」

「いやでも、どうしてステーションに?」


 偶然であるとしか思えなかった。アイリスが案内役であるはずはないと。だが、ミハルの予想は間違っていた。


「どうしても何も私が案内役なのだ! 泣いて喜ぶべき好待遇だぞ? 何しろ銀河を代表するパイロットの私が直々に送ってやるというのだからな!」


 にわかには信じられなかったけれど、事実としてアイリスはステーションにいる。誰にでも務まる任務をアイリスが引き受けたのは、どうやら事実であるらしい。


「小隊の任務は大丈夫なのですか?」


「ああいや、心配には及ばん。実をいうと、これはリハビリの一環なのだよ。私はまだ本隊の訓練に参加させてもらえんのだ。正直に孤独なリハビリは面白くない。だから貴様が気絶するほどの全開機動でオリンポスへと送ってやろうというわけだ」


 不安が募っていく。普通に送ってくれるだけで良かったのだが、きっとアイリスの話は冗談ではない。言葉通りの機動を彼女は繰り出してくるはずだ。


「さあパイロットスーツに着替えるぞ。時間が勿体ない!」

「ええ!? どうしてパイロットスーツに着替える必要があるんです?」


 送迎機ならパイロットスーツを着なくても問題はない。無茶なフライトをするにしても、コックピットは広く、安全機能も十分だというのに。


「言っただろ? 全開機動だぞ? とろくさい運搬船など使用できるかっ!」

「まさか戦闘機で行くつもりですか!?」


 ニヤリとするアイリスにミハルは覚悟を決めた。まだ本隊に合流させてもらえないアイリスの鬱憤晴らしに付き合わされること。残念ながら、人柱に選ばれてしまったのだと。


「最新の複座機を用意した。実に楽しみだ。思わずゲートを越えてしまいそうだよ……」

「それ軍規違反ですから、本当にやめてくださいよね!?」


 まだ人類は無人機しかゲートに送り込んでいない。専守防衛という規則に反すると、有人機の進入は禁じられていたのだ。戦闘時にやむを得ない場合はその限りでなかったものの、有人戦闘機がゲート裏へと立ち入る法案は審議中であって、まだ施行されていない。


「ミハル、先にトイレを済ませておけよ? 失禁されたのではどうしようもないからな!」


 腕が鳴るとアイリス。もはや昂ぶるアイリスを落ち着かせる手段はなさそうだ。既にミハルは諦めており、彼女がソロモンズゲートに突入しないことを願うだけである。


 指示されたように、トイレへと駆け込む。リハビリの一環と話すアイリスなのだ。恐らく真っ直ぐに送り届けるつもりはないのだろうと。


 トイレのあと、懐かしいメインストリートの可動床を二人して行く。発進予定のドックまでアイリスとの雑談は続いた。


「それでミハル、お前は強制されてオリンポスへと行くことになったのか?」


 ふと近況報告から話題が切り替わる。ミハルの配備についてアイリスが聞いた。

 その辺りは自分でもよく分からない。決定に自身の意志があったのかどうか。けれど、間違いなく強制されてはいなかった。


「強制されたのではありません。かといって自発的とも違うんですよね……。環境が変わるのは疲れますし……」


「追加的な昇進はどうなっている? 移送の書類には三等曹士とあったが……」

「それもあまり良く分からない……。興味もないですし……」


「ぞんざいな扱いだな? どうやらアイザック大将は一番機として使うつもりじゃないのかもしれん……」


 アイリスは推測する。異動と同時に更なる昇進がなかったこと。今もクェンティンが承認したままである事実は小隊長となる資格を有していないのだ。


「25番機で構わないですよ。平均年齢はかなり高いらしいですし……」


 隊内の軋轢を避けられるのであれば、好待遇など望まない。更には小隊長なんて役回りが務まるとも考えていなかった。


「まあ、すまないことをした。私が戦線離脱しなければ、貴様が過度に注目されることもなかったのだ……」


 予期せぬ謝罪がある。だが、それは注目云々だけでなく、現在のミハルを形成する重要な要因でもあった。たらればの話ではあったけれど、アイリスの離脱がなければイプシロン基地への配備すらなかったことになる。


「地球では大変でしたけど、そんなに嫌な感じじゃなかったです。あの青い惑星を直に体験できたことは寧ろ良かったかと思います」


「青臭いミハルには、おあつらえ向きな惑星だっただろ?」

「謝罪するなら徹底してくださいよね!?」


 アイリスは何も変わっていないようだ。恐らく言葉にしたよりも罪悪感を覚えていないはずである。


 二人は一緒に更衣室へと入っていく。

 誰もいない更衣室は意図せず記憶を掘り起こしてしまう。あの酷評された日。決意を新たにした出来事の全てを。


「私、今の自分が好きです……」


 トランクからパイロットスーツを取り出すミハルはふとそんなことを口にする。航宙機パイロットに未来像を写せなかった自分が再び航宙機に熱中できたこと。それは全てアイリスのおかげであり、彼女のせいでもある。


「ナルシズムはほどほどにしておけよ?」


「そんなんじゃないですって。操縦に興味を失っていた頃は本当に毎日がつまらなかった。今考えると私は未来から航宙機を切り捨てるべきじゃなかったんです。太陽系のために戦うのはやり甲斐がありますし、戦争に行くべき立場は発奮を促す材料でもあるし……」


 ミハルは戦うことと自身の成長を同列に見ていた。上手くなるのは生きることであり、自身の技量向上は戦争の勝利に繋がるのだと。


「貴様は本当に強いな? ベイルに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。そう考えられるのは一定の基準を満たしたパイロットである証拠。並のパイロットであれば、際限がないと気後れしてしまうものだ。ミハルは自身の成長する過程を明確に定められている」


「最近は割と素直に褒めてくれるのですね?」

「まあ次戦が始まるまでは貴様がトップシューターだからな。私がいない宙域のアイドル様だよ。それまではせいぜいチヤホヤされたまえ」


 流石にムッとしてしまう。ミハルは着替えるのをやめ、アイリスと視線を合わせた。


「言っておきますが、私は次戦もトップシューターとなるつもりです!」


「なんだ? 無駄な心労を私が取り除いてやろうというのだぞ? 素直に受け入れろ。私が貴様に負けるはずもないだろう?」


「やってみなくちゃ分かりません! 私は自分の努力を信じてますし、結果を疑わない!」


 声を張るミハルに対し、クックと笑うのはアイリスだ。本当にからかいがいがあると思う。自分に対しここまで反発し、対抗心を燃やすパイロットは他にいないのだ。


「実に楽しみだな! ミハル、お前の全力を見せてみろ。正真正銘の一騎討ちだ! 今度こそ私はお前の挑戦を受けてやる。正々堂々と戦おうじゃないか!」


 恐らくは大戦を心待ちにする稀有なパイロット。この二人以外に次戦を待ち望む者はいないはずである。


「ようやくです。無駄に増長したその自信を粉々にしてあげますからね?」


「良いだろう。隊が分かれたのは好都合だ。私が先に撃墜してしまっては不公平になるからな。宙域の文句は言うなよ?」


「もちろんです! 中尉もその辺りの逃げ口上はやめてくださいよ?」


 次こそが正式に行われる勝負に違いない。二人は握手を交わし、次戦での健闘を誓い合う。


「さあ行くぞ、ミハル! 宙域が我らを呼んでいる!」


 着替え終えた二人が更衣室をあとにしていく。まるで戦いに赴くかのようだ。


 これはただの移送任務であったというのに……。



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