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Solomon's Gate  作者: さかもり
第四章 母なる星 
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道しるべ

 エスバニア沖は頻繁に宇宙海賊が現れる宙域だった。ただし、ユニックに近い宙域まで現れるのは希だ。また二千キロ内に現れる場合は往々にして大編隊である。


『こちらハンター・ファイブ、全機超高速航行モードに移行せよ』


 指揮を執るのはマンセルだ。異動して間もない彼であるが、既に出撃の多さにも慣れてきた様子である。


『フィオナは距離を取っていなさい。射程距離内には近付かないこと。承知しないのなら基地へと戻りなさい』


「りょ、了解です……」


 ミハルからの念押しにフィオナは唇を噛む。彼女もまた自分を認めていないのだと。分かっていたことであるが、改めて突きつけられた事実には落胆するしかない。


 二度目の出撃は本当にただの見学である。先輩たち二人の戦いを見届けるだけ。一度目と異なるのは平常心を保てているだけであった。


 程なく宙戦機動モードへの移行が指示され、フィオナたちはエスバニア沖へと到着している。


『こちらハンター隊、インビジブル・ワン応答せよ』


 眼前に見えるのは幾つもの爆発痕だ。救援要請するだけあって、その数は前回の出撃時と比べものにならなかった。


『フィオナはこの辺りで待機。その目で確認しなさい。たぶん、これは貴方に見せられる最後の機動となる。絶対に上手くなりなさいよ。私の軌跡を追い続けなさい。今できる全開機動を貴方だけに贈るわ……』


 ミハルの指示はただ待つだけではない。否定的な内容は含まれず、それはフィオナを鼓舞するだけの台詞だった。


『瞳に焼き付く絶対的な輝きを見せてあげる――――』


 言ってミハルは飛び去っていく。二つの軌跡が淡い光を発しながら消えていった。


 フィオナは鼓動を早めている。果たしてミハルの全開機動とはどういったものだろうかと。オープン回線から伝えられる戦場の雰囲気に彼女はまたしても呑まれていく。


『ハンター・スリー、DS方向より進入。交戦を開始します』


 早くも取り付いたミハルが攻撃を始める。

 ざっと確認しただけでも三十機の機影があった。フィオナはモニターをズームアップし、今もなお激しく脈動する胸を手で押さえるようにしている。


「嘘でしょ……?」


 近付くなと言われていたけれど、近付こうとは思えない。敵機が乱れ飛び、ビーム砲が幾本も筋を引く宙域に入っていくなんてとても無理だ。


『US27シュート、US01チェック!』

『了解! US06フォロー!』


 とんでもないものを目撃している。どこから攻め入るべきか自分では判断できない。けれど、ミハルはマンセルを引き連れ、海賊の中へと突っ込んでいく。


「どこまで見えているの……?」


 モニターに映る敵機を数えるだけでも苦労するというのに、ミハルの機動は敵機の動きを全て理解しているような感じだ。


 もし仮に自分が支援機であったとしたら、途中で引き返してしまいそう。ミハルについて行くマンセルの度胸もまたフィオナを驚かせている。


「いや違う……。これは信頼なんだ……」


 学生時代にアクロバット飛行をした経験があった。しかし、僚機が不安で距離を取ってしまったことを思い出している。フィオナは同級生の腕前を信じられなかったのだ。


 ピタリとミハルにつけるマンセルは間違いなく命を預けている。そうでなければ絶対にトレースを外してしまうはずだ。


『NE方向より切り込みます! US12と13に20! 連続で!』

『US13と20チェック入る!』


『助かります!』


 何を見せられているのだろう。ふとフィオナは思う。

 真似しようのない圧倒的な戦闘。為す術なく撃ち落とされていく宇宙海賊。たとえゲームであったとしても、やり過ぎであるように感じる。


「速すぎるよ……」


 レースではない。これは航宙戦なのだ。コーナーポールをパスするかのように切れ味鋭いターンの連続。敵機の攻撃を避けながら、適切な射撃を放つだなんてフィオナには真似できない。まるでビーム砲が通る場所を分かっているかのようであり、敵機に向かう先を聞いていたかのような機動である。少しも躊躇いのないフライトはフィクションであるようにしか思えない。


『フィオナ、聞こえる?』


 不意に通信が届いた。フィオナはただ絶句している。今も眼前で繰り広げられる戦闘。次々と撃墜しているパイロットからの通信は幽霊にでも話しかけられたような気分になる。


『戦いの雰囲気に呑まれちゃ駄目。宙域を支配するの。全ての機動が意味を持つ。それは自分も敵機も変わらない。要はそれに気付けるかどうか。宙域を見通せたのなら、あとは簡単よ。自信を持って飛べば良い。この程度の規模ならば、戦局は一人でも動かせるのだからね。レーサーになりたかったんでしょ? 混戦を抜け出すルートを見つけるのと変わらないわ。相手が向かってくるだけの話よ……』


 言わんとすることは分かる。けれど、難解すぎるレクチャーはフィオナを戸惑わせるだけだ。


『フィオナ、貴方は私がセントラル基地に呼んだの。異動の対価としてセントラル基地へと配備するように話をしたのよ……』


 何も返事をしなかったというのに、ミハルは話をやめない。聞かされるだけのフィオナであるが、小さく頷いてもいた。


『だから恥を掻かせないでくれる?』


 胸に突き刺すような台詞。本当に心が痛かった。セントラル基地への配備にミハルが一枚噛んでいたのは知っていたけれど、迷惑をかけているなんて考えもしていない。


『きっとできるからね――――』


 最後には優しい言葉がかけられていた。またもフィオナは頷くだけ。返事をしたくとも、瞳に映る機動の全てを見逃したくなかったからだ。


 しばらくして宇宙海賊は全てが機動停止となった。たった二機が応援に駆けつけただけであるというのに、一度に形勢逆転となっている。まさにミハルが話すところの戦局を動かす機動。それが今まさに起きたことをこの現状は明らかにしていた。


『ハンター・スリー……ああいやハンター諸君、いつもありがとう。君たちが隣人であることには感謝しかない。もう俺はセントラル基地に足を向けて寝られないよ』


 呆然としていたフィオナ。しかし、通信は彼女が落ち着く隙を与えない。傍観者であるフィオナは撤収となるまで強制的に付き合わされてしまう。


『バーナード隊長、やめてください。エリアこそ決められていますが、私たちは共に太陽系の平穏を守る者。お礼なんてお互いに言いっこなしですよ!』


『そう言ってくれると有り難い。ミハル君に来てもらうのは久しぶりだが、相変わらず君は目を見張る機動をするな。でも、またゲートに行くんだろ?』


 バーナードは雑談を始める。既にミハルがオリンポス基地へと配備されることは公になっていることだ。急ぐ用事もないだろうとミハルの話を聞きたがった。


『ええまあ……。あまり注目されるのは好きじゃないのですけれど……』


『フハハ、まあミハル君らしいな……。ゲートでの活躍を期待するよ。オリンポスの女神として頑張ってくれ!』


 フィオナは黙って聞いていた。ミハルが異動すること。ソロモンズゲートへと向かう時が近付いていたこと。全て知っていたけれど、どうしてか彼女は顔を横に振っている。


「嫌だ……」


 小さく声を出してしまう。通信はフルオープンとなったままであり、僚機にはその言葉が届いていたというのに。


「ミハルさん、行かないで! あたしは貴方を追いかけてここまで来ました! 目標であるミハルさんがいなくなってしまったなら、あたしはどうすれば良いのですか!?」


 声を張り訴えている。フィオナはレーサーを諦めてまで軍部に入ったのだ。それこそミハルを追いかけるようにして。


 その声はミハルにも届いている。だが、しばらくは返事がない。妙な沈黙がフィオナの感情をなお一層揺さぶっていた。


『何言ってんの? 私はゲートへ戻らなきゃいけない。子守をする時間なんてないの……』


 勇気を振り絞ってフィオナは声を上げたというのに、残念ながら返ってきたのは冷たい話である。


『フィオナにはやることがあるでしょ? それを手伝うのは私の役目じゃない。私は導いただけ。あとは貴方が頑張るしかないの。どうしても私と飛びたいのであれば、引き留めるのではなく……』


 吐き捨てるように言ったミハルだが、一応はフォロー的な話が続く。フィオナに伝えるべきこと。彼女はそれを最後の言葉とした。


『貴方が私の元に来るべき――――』


 フィオナは息を呑んだ。少しですら考えたことがなかった。彼女の毎日は基礎訓練ばかりであり、とてもじゃないが最前線に配備されるようなパイロットではない。


「いいの……?」


 許されない話だと考えていた。しかし、ミハルは軽く誘うように言うのだ。そこは人類の未来が委ねられている戦場。ましてミハルがいる場所はその最前線であったというのに。


『良いも悪いも目指すのは自由よ。私だって新人なのに、ずっとイプシロン基地を目指していた。だからフィオナが異動を願ったとして、誰も文句を言う筋合いはない』


 饒舌に語るミハルにフィオナは何も返せない。ただ彼女が述べる話を聞くだけだ。


『悪いけど私は先に行くわ。貴方の目的のために足踏みするつもりはない。私にも目指すべき場所がある。それは絶対に譲れない唯一のもの。私がこの銀河を飛び回る上で必要不可欠なこと……』


 またも相槌を打つように頭を上下させるフィオナ。彼女はミハルの決意を聞かされている。


『次戦もまた私はトップシューターになる……』


 まともに戦えないフィオナには理解できぬ目標だった。だが、ミハルだって昨年度はルーキーである。ミハルが目標としていたように自分も未来の姿に期待しようとフィオナは思い直していた。


「ミハルさん、ありがとうございました! 当面の目標はソロモンズゲートです。まだ貴方に勝つとか難しいけれど、あたしは努力して絶対にゲートまで辿り着きます!」


 ようやく前を向く。妙に高くなったプライドが取り払われた瞬間であった。

 フィオナは改めてミハルの背中を追いかけようと思う。難しく考える必要はない。ただ彼女の背中を追えば良いだけなのだ。


『待ってるから。いつまでも、貴方が到着するまで……』


 これにてミハルの役目は終わった。目標を見失っていた感のあるフィオナだが、この見学は少なからず刺激を与えている。彼女は軍部における明確な目標を設定できたのだ。


 この日、フィオナは地上と比べれば暗黒とも言える宇宙空間に目映い輝きを見つけた。彼女を誘うその光は遠くあれど、迷うことのない道しるべとなったことだろう……。

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