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Solomon's Gate  作者: さかもり
第四章 母なる星 
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フィオナの心情

 ものの五分あまり。未認証機群は全てが電気系統を撃ち抜かれて足を止めている。一機すら爆散することなく、宙域管理局への引き渡しが完了していた。


 四機は隊列を組みセントラル基地へと帰還している。彼らにとって日常であった緊急出撃は本来なら何の問題も起こるはずがない。出撃時と同じ機数が戻った事実はトラブルの発生を否定していたはずだ。


「フィオナ、お前はもう出撃しなくて良い……」


 ところが、全員が降機するや、それは起きた。隊の雰囲気を悪化させる台詞がグレックから浴びせられたからだ。


 小さく顔を振ったのはフィオナである。整備も終わっていない上に編隊訓練すらしていない。それなのに出撃を命じたのは隊長であるグレックだ。自分に責任はないと思う。


「どういうことでしょうか……?」


 口元を結び、鋭い視線でグレックを見るフィオナ。体たらくは理解していたけれど、戦力外のように言われてしまっては納得できるはずもない。


「分からんのか? 航宙機を動かせるだけのパイロットは必要ないという意味だ……」


「いや、あたしは新人ですよ!? 隊長はどれだけ新人に求めているのですか!?」


 フィオナは食い下がる。自分は悪くないと。明らかに隊長の期待が過ぎるのだと。


「航宙機の機動なんて木星では幼児でもできる。お前はそれすらできないから言っているんだ。育った環境が悪かったな……」


「それって差別じゃないのですか!? あたしはこの一ヶ月に亘って航宙機を練習してきました! 地球人だからといって差別するのはやめてください!」


 グレックは細く長い息を吐く。面倒な子守を任されたかのように。説明しなければならないほど、未熟なパイロットなのかと。


「重力圏で育ったお前は機体のバランスを維持する能力が著しく欠如している。重力に引かれて機体が安定する空じゃない。ここは宇宙であることをお前はまるで理解しちゃいないんだ。大地があり空がある惑星じゃない。上下左右が明確ではない宙域にお前は翻弄されているんだよ……」


 グレックから明らかな理由が告げられた。実力以前の話である。基本機動ですらフィオナはこなせていなかったらしい。


「でも、あたしは新人……」


 既に心の拠り所はそこしかなかった。矜持を保つにはそれを口にするしかない。


「ミハルも着任早々に交戦を経験している――――」


 しかし、即座に否定されてしまう。フィオナの返答が言い訳にもなっていないことを知らされている。


「出撃時には戸惑っていたが、ミハルは二機を撃墜したぞ? 編隊訓練も何もない状態であり、着任して一時間程度だ。それもたった三機での出撃を強いられたのに、あいつには俺の指示を聞く余裕があり、最後には爆散させることなく未認証機を機動停止に追い込んでいる……」


 目標とする人の名にフィオナは黙り込む。あの人ならば、それをやったと確信できた。自分を下手くそだと評価したあのパイロットであればと。


「お前は自己弁護が過ぎる。素直に非を受け止めろ。プライドは大いに結構だが、才能のなさを認めなければ成長などできん……」


「あたしは訓練所を経験していないから! ちゃんとした訓練さえ受けていれば戦えます!」


 浴びせられる否定の言葉をフィオナは受け止められない。幼少期からずっと天才だと褒め称えられていた彼女は現状が間違っているとしか思えなかった。


「そうか? このマイも訓練所を出ていないぞ? けれど、マイはお前とは違って戦える。決定的な差は自身のフライトを客観的に評価できるかどうか。非を認めて向上する力を持っているかどうか。エリート街道を飛び続けたお前には真似できんだろう?」


 マイとて地元では有名なパイロットであった。学校の代表に選ばれる程度には腕に覚えがあっただろう。だからマイにはプライドもあったはず。しかし、彼女はパイロットとしての力量差を計る力があった。自身が劣っていると素直に受け止める度量が……。


「俺は差別しているわけじゃない。感じたままを評価しただけだ。俺がこれだけ扱き下ろしているというのに、バゴスさんが口を挟まないのがそれを証明している。お前は下手くそなんだよ……」


 言ってグレックは去って行く。小言を並べたあとの慣例であるかのように、ふて腐れながら。

 居たたまれなくなったマイも頭を下げてから更衣室へと向かう。結果としてドックに残されたのはバゴスとフィオナだけになった。


「お爺ちゃん……」


 力のない言葉がバゴスへとかけられている。自信家であった彼女も流石に意気消沈しているみたいだ。


 視線を外すようにしてバゴスは思案している。グレックが語ったのは正論であったと思えるけれど、やはり孫娘には優しい言葉をかけてあげたかったからだ。


「フィオナよ、去年の話をしよう……」


 フライトに関して賞賛するものはなかった。また無理に褒めるのは彼女にとって良いことではない。だとすれば、彼女が前を向く切っ掛けを与えるだけだ。


「嬢ちゃんはな訓練所でトップの成績じゃった。しかも有名な航宙士学校を首席卒業しておるエリート。当時のセントラル基地は儂とグレックしかおらんかったからの。即戦力を寄越せとグレックは編成に要望していたんじゃ……」


 そこで白羽の矢が立ったのはミハルだ。セントラル基地の負担を減らすために的確な人選であった。彼女は希望配属先を無下にされ、セントラル基地への配備となっている。


「嬢ちゃんはイプシロン基地を希望していた。じゃから彼女はセントラル基地配備を残念がっていたのじゃ。銀河間戦争の勃発が危ぶまれていたというのに、儂らを前にしても毅然と訴えておった……」


 思い返されるのはミハルが語った話だ。彼女の決意を揺るがすものは何もなかった。


 想像を絶する戦いがあると知っていたとしても、ミハルが目標を見失わなかったこと。戦闘機パイロットを選んだ経緯から現状に至る道程を知るバゴスは、ミハルがどれ程に強靱な精神力を持っているのか分かる。孫娘と決定的に異なるのは、どのような状況に陥ろうとも信念を曲げない強い心であると。


「フィオナにそんな覚悟があるか?」


 問いが向けられている。語られていたのはミハルがどのようにしてセントラル基地へと配備されたという話であったはず。バゴスもまたミハルとフィオナを比較しようとしているのだろう。


 フィオナは首を振った。祖父の話にまで負けん気を出すことはない。彼女は腐されたことに腹を立て、ミハルを追いかけてきただけ。勝利すればスッキリするという心許ない理由によって。


「あたしは足りなかったのかもしれない……」


 技量だけでなく覚悟もまるで及ばないと分かった。最初の段階からミハルとは差があったのだと。


「お爺ちゃん、ミハルさんってどんな人……?」


 既に遠く及ばないのは理解している。彼女がパイロットとしてエリート街道を歩んできたこと。それも自分とは次元が違う世界に身を置いていたことを。


「嬢ちゃんか? まあ一言でストイックじゃの。嬢ちゃんはエースに勝ちたいという確固たる目的を持って軍部に入った。昇進も昇給も望まない。ただ勝利するためだけに軍部へ入ったらしい」


 目的はまるで同じだった。ミハルはフィオナと同じように軍部のエースを倒そうとして軍部を志望したようだ。


「圧倒的エースじゃったアイリス・マックイーンに勝つと言ったものじゃから、グレックは鬼の化身かと思うほど厳しく嬢ちゃんを指導した……。それは想像を絶するしごきじゃ。でも嬢ちゃんは何も文句を言わんかった。泣き喚くことなく説教されるがままを受け止め、エースに勝つことだけを考えておったの……。逃げ出したとして誰も咎めなかったというのに、嬢ちゃんは矢のように浴びせられる叱責を言い訳することなく聞いておったな……」


 意外な話が続く。フィオナはミハルが最初からトップパイロットとしてやってきたものと考えていたのに。彼女が苦言を浴びせられたなんて考えられない。


「ミハルさんって最初から上手かったんでしょ? エースってのも軽い気持ちで口にしただけじゃないの?」


「いや、嬢ちゃんは最初から今のようには飛べんかったぞ? 何しろアマチュアの大会で負けておるからの……」


 どうにもおかしな話である。たった一年前のことなのだ。フィオナが目撃したフライトであれば、アマチュアの大会など無双できたはず。


「本当に? ミハルさんがアマチュアに混じって負けるなんて思えないけど……」


「今ではの……。確かにセンスは抜きん出ておったが、パイロットとしての完成度はまだまだじゃった。それこそ軍部のひよっこに後塵を拝する程度じゃ……」


 あの圧倒的なレースが思い返されている。まるで別の乗り物だと感じるほどのスピードで飛び去っていった。完成されていないパイロットがあのスピードで最終コーナーをターンできるはずもない。


「フィオナが大敗したのと同じで、嬢ちゃんもまた学生の大会で打ちのめされたんじゃ。しかし、そこからがフィオナと決定的に違う。嬢ちゃんはエースに扱き下ろされて負けん気を出しただけじゃない。絶対に見返すという強い意志があった。目的達成のためであれば、嬢ちゃんは如何なる困難も受け入れるじゃろう……」


 調書にあった極度の負けず嫌いという文言。バゴスは今さらながらに訓練所の教官を評価している。かつては疑問にも感じた話だが、普通の負けず嫌いであれば、ことある毎に反発しただけだと思う。極度の負けず嫌いであるミハルであったから、目先の小言を飲み込めたのだろうと。


「フィオナは言い訳が多すぎる。差別なんぞ存在せん。グレックは真実を述べただけじゃ。嬢ちゃんが反論しておる姿など見たことないぞ。理不尽な要求にも素直に頭を下げておったわい。儂はそんな嬢ちゃんの姿が見ておれんかった……。どのような活躍を見せようと一度も褒められず、嬢ちゃんはただ怒られるだけ。それでもふて腐れたり、泣いたりはしなかった。上手くなるためであれば、嬢ちゃんは何だって受け入れたじゃろう。お前のように軽い気持ちで挑んでおらん。全てを擲つ覚悟が嬢ちゃんにはあって、フィオナにはそれが備わっておらんのじゃ……」


 耳に痛い話である。グレックに否定されたばかりか、優しいはずの祖父にまでダメ出しされていた。しかし、フィオナとて何の考えもなしに軍部へ入ったわけじゃない。銀河間戦争というものを考えた上で志望したのだから。


「あたしだって戦うつもりよ? ただ最初の出撃だったから戸惑っただけ。次はきっと上手くできるわ!」


「それじゃよ、フィオナ……。どうしてお前はそこまで自信が持てる? せっかく嬢ちゃんにフィオナの鼻を折ってくれと頼んだというのに、もうお前の高い鼻は再生しておるのか?」


 フィオナは眉間にしわを寄せる。鼻を折ってくれと頼んだとか意味が分からない。


「どうしてお爺ちゃんがそんなこと頼むのよ? あたしの応援してなかったっての?」


「応援はしとったぞい。隊で唯一お前に賭けたのは儂じゃからな。まあでも勝つとは思っておらんかった。せめて善戦してくれと祈るだけじゃったな……」


 幾らアマチュアで敵なしであろうとミハルに勝てるなんて思えなかった。実際にフィオナは負けたのだが、バゴスの祈りも虚しく相手にすらなっていない。


「銀河の広さを分からせてやって欲しくての。ただあそこまで本気を出すとは考えておらんかったわい。あれでフィオナが潰れてしまうんじゃないかと儂は危ぶんでおった……」


 杞憂だったがのとバゴス。予想よりも図太い性格に育った孫娘に苦笑いである。


 一方でフィオナは忌々しいあの記憶を思い出していた。ミハルの技術を見る時間すらなかったのだ。周回遅れのように軽くパスされてしまうなんて屈辱でしかない。


「あの人、お爺ちゃんに頼まれたから学生の大会で張り切っちゃったの? 馬鹿みたいね?」


「馬鹿は馬鹿でも、あれは馬鹿正直というやつじゃ。恐らく嬢ちゃんは儂の頼みとは違う何かと戦っていたに違いない。満足いくレースができるかどうか。あれ程までに攻めたフライトは学生を叩きのめすためだけに繰り出すものじゃないからの……」


 三周目は流したとしても余裕で勝てたはず。だが、ミハルは最後まで全力で攻めていた。バゴスの依頼ならば、一周目で達成していたというのに。


「じゃあ、何と戦ったの? あんなのタイムアタックじゃない?」


「言ったじゃろ? 嬢ちゃんはフィオナとは違う。明確な目的を持ってパイロットをしておるんじゃ。フライトを馬鹿にされただけであるというのに、嬢ちゃんはそれを背負ってしもうた。少しずつ成長するなんて頭になく、最初から頂だけを見ておったわ。相手は銀河連合軍のエースであるというのに、儂らの前に現れたルーキーは身の程知らずにもそこを目指していた。他人からすれば馬鹿らしい話じゃ。それでも嬢ちゃんは儂らを前に宣言した。エースを倒すためだけに軍部へ入ったのだと。もう自分に失望したくないのだと言っておった……」


 最初は誰もミハルが本気であると信じていなかった。このような話をするバゴスであっても、訓練に打ち込む姿を見るまでその程度が分からなかったのだ。


「まるで魂が拒絶しているかのようじゃった。嬢ちゃんは自身が劣っているなんて話を簡単に受け入れん。儂は長くパイロットをしておるが、あそこまで自分を追い込めるパイロットが他にいるとは思えん。嬢ちゃんの秀でた才能は決して折れぬ心。他人はおろか自分自身ですら騙せない真っ直ぐ筋の通った心を持つのじゃ……」


 最前線で戦うには必要な要素だ。どのような時も自分を見失わない強さがミハルにあるのだとバゴスは言った。


「人はそれを信念という――――」


 息を呑むのはフィオナだ。けれど、彼女だって自分を信じて木星まで来た。だからこそ簡単には受け入れられない。


「あたしだって負けたくないからここに来たの! 下手くそって言われたのが悔しくて軍部に入った!」


「ならばフィオナよ、お前は文句を並べる前に努力しなさい。お前だって分かっておるはずじゃぞ? 下手くそだと図星を突かれたから腹を立てておるだけじゃ。人類全員に聞いたとして一人ですらお前を評価せんじゃろう。プライドなんて安っぽいものに囚われるのは子供であるからじゃ。他人を見下すだけで優位に立った気がするのは子供のうちだけじゃぞ。早く大人になれ……」


 ぐうの音も出ない話である。フィオナは怒りに任せて軍部へ入っただけであり、ミハルに追いつくための行動を起こしていない。


「一刻も早く戦場に出られるようにならんと離されていくだけじゃぞ? 地球で育ったハンデがあることを受け入れるんじゃ。宙域の方向感覚を掴めぬ限りは戦えん。宇宙においてフィオナは赤子なんじゃ。それを認めたあとはグレックの指示通りに訓練すれば良い。褒めてはもらえんだろうが、グレックの指導は間違っておらん。嬢ちゃんに追いつきたいのであれば、漏れ出そうとする言葉を飲み込み、グレックの話に耳を傾けるんじゃな……」


 祖父でさえもフォローしてくれなかった。それどころかフィオナはグレックが正しいと言われてしまう。


 ギュッと唇を噛む。フィオナは思い直していた。セントラル基地配備を受け入れてまで軍部に入ったこと。その目的は明らかであり、現状の自分は目的に沿った行動をしていないのだと。


「お爺ちゃん、あたしは上手くなりたい……」


 ようやくと前を向くフィオナ。先の戦闘を思い返してみると隊長のグレックは位置取りも射撃も凄かった。支援機のマイですら自分よりもずっと上手かったと思う。


「上手くなればいい。ただし勝手には成長せんぞ? 実力とは弛まぬ努力に裏付けされるものじゃからな。幸いにも嬢ちゃんはまだここにいる。もし共に出撃することがあれば、彼女のフライトをよく見ておきなさい……」


 フィオナは溜め息を零した。どうやら彼女も受け入れたらしい。自身が劣っていること。絶対に認められない話を彼女は受け入れていた。


 フィオナは戦闘機パイロットとして、ようやく歩み始めている……。

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