新たな船出
イプシロン基地では概ね編成が終わり、次戦に向けての準備が一段落していた。
301小隊も例に漏れず補充は完了しており、次戦へ向けて歩み出している。
定時連絡が終わると、次々と隊員たちが詰め所をあとにしていく。しかし、ジュリアはなぜかアイリスの元へと歩んでいる。
「姉貴……どういうことだよ……?」
唐突に問うジュリア。怒りさえ感じる表情でアイリスに詰め寄っていた。
「ジュリア、プライベート以外は隊長と呼べと言っているだろう?」
「んなこたぁ関係ねぇよ! どうしてミハルの戻る場所がなくなってんだ!?」
声を荒らげるジュリアにアイリスは首を振る。今伝えたことが語るべき全てだった。それ以上の話はなかったし、アイリスはありのままを口にしたはず。
「ミハルは異動する。W方向に浮かぶユニックがあるだろ? ミハルの戦場はそこだ……」
上手くいけば戻ってこられるとミハルは話していた。だからこそジュリアは納得がいかない。どうしてミハルが異動するのかと。
「ミハルはここに戻りたくなかったのか!? またも強要されて異動させられたのかよ!?」
「落ち着け、ジュリア……。ミハルに異動を勧めたのは私だ。強要されたわけでも戻りたくなかったわけでもない……」
「はぁ? 姉貴はミハルが必要じゃなかったのかよ!?」
ミハルがジュリアを開花させたのだと知っているし、ジュリアが心酔していたのも分かっている。けれど、ミハルは自身の妹弟子だ。彼女のことを考えた場合に、ミハルがより成長できる場所はイプシロン基地ではない。厳しい環境であればあるほどミハルの成長を促すとアイリスは考えていた。
「ミハルが隊にいたのなら301小隊は万全だろう。けれど、ミハルはここに所属して成長できるのかと疑問を覚えたのだ。クェンティン司令には引き留めるように依頼されていたのだが、私は気付けばミハルの背中を押していた……」
姉が気分屋であるのはジュリアもよく知るところだ。しかし、派閥として重要な問題を思いつきで変更してしまうなんてあり得ないことである。
「それでクェンティン司令は納得しているのか……?」
「もちろん怒られたよ。まあ小言は慣れているからな。私は私の決断をいつだって優先する。絶対に間違いないと思えたのだ……」
恐らく姉の思いつきは正しいと思う。いつだってそうだったのだ。かといって受け入れ難い話でもある。ミハルとならジュリアは高見を目指せると考えていたのだから。
「ジュリアよ、悪いがミハルは外で学ぶことになる。あいつは厳しい環境に身を置くべき。そもそもミハルはお前の教練担当ではないのだ。ミハルはまだ伸びしろを残している。お前の成長のために、ミハルの成長を阻害してはならん……」
「いやでも!」
「我が侭を言うな。お前も知っているだろう? ミハルは簡単に挫ける奴じゃない。反発力のあるミハルであれば、苦境をも力に変えてゆけるのだ」
ジュリアは反論しようとしたけれど、上手く言葉が繋がらない。語られたのは記憶にあるままだった。ミハルは後衛機がいないからといって、引き籠もっていたジュリアを頼るほどに孤立していたのだ。加えてジュリアは彼女の話を断り、ミハルは支援機の目処が立たないまま訓練を続けるしかなくなった。結果として単機で交戦に参加し、ミハルは実力を示す。己の力で彼女は居場所を勝ち取っていた。
決して折れぬ強い心。それはジュリアにないものであり、彼女を語るに最も重要な要素だ。最悪の環境にあってもミハルは泣き言を漏らさない。寧ろ厳しければ厳しいほど彼女の心は強くなるような気さえした。
「じゃあ、今よりもミハルは上手くなるってのか? 俺は再びあいつのフライトに愕然とするのかよ!?」
問わずにはいられない。学生時代は腕のあるパイロットだという印象だった。ところが、軍部で再会したミハルはまるで別人となっていたのだ。その彼女が更に進化するなんて考えたくもない。
「ジュリア、言っておくがミハルの全力をお前はまだ見ていない……」
「ああ? どうしてそう考えるんだ? ミハルは死にたくないから全力でいくって話していたんだぞ?」
ジュリアは眉根を寄せる。アイリスの話が間違っているとしか思えない。確かにミハルは言っていたのだ。全力でいくからと……。
「馬鹿か? お前の支援が足を引っ張っていたと考えられんのか? 確かに全力ではあっただろう。しかし、それはお前を守りながらという条件付き。お前の支援はミハルが持つ能力を引き出せていない。もしもジュリアが後方まで確認し、適切な機動ができるパイロットであれば、ミハルの撃墜数は更に増えていたことだろう」
ジュリアは何も言い返せなかった。その件についても彼は聞いていたのだ。ミハルにフライトを確認してもらおうと彼女の部屋を訪れたとき、ミハルはこれなら合わせられると間違いなく言った。それが本心であり、機動中もミハルがジュリアに合わせていたとしたら、ジュリアは足を引っ張っていたことになる。
「それじゃあ、今現在でも俺の知るミハルより凄いってことかよ……?」
「当たり前だ。あいつのフライトデータを確認してみろ。随所にお前を意識した機動を選択している。お前はミハルに思い描いたフライトをさせていない。ジュリアのせいで選択肢が減っているのは間違いないだろう」
アイリスもまたジュリアの前衛機である。よって彼女の意見は正しいのだと思う。けれど、ジュリアはどうしても諦めがつかない。
「オリンポス基地は派閥を問わずパイロットを募集していると聞いたぞ!? 俺も希望して構わないのか!?」
「お前が行っても邪魔なだけだ。ジュリアはここでできることを精一杯にやればいい。現状のままではミハルと同じ舞台に立てるはずがないのだ。ジュリアは私の背中を追い成長していけ……」
少しばかり期待したことは即座に却下されてしまう。ジュリアはまだ何も成していないのだ。ミハルの指示に従って少しばかりの戦果を上げただけ。自身の技量はまだ発展途上である。
「ちくしょう……」
ふと漏れた声にアイリスは笑顔を浮かべた。泣き言ではなく、ジュリアがこのような台詞を吐くなんて思いもしないことだ。それは圧倒的に足りなかった部分である。ミハルの負けん気が自然と伝染したようにも思えている。
「ジュリアよ、お前は更なる研鑽を積み、ミハルと再会すればいい。あいつを驚かせるほどの成長を遂げてみたいと思わないか?」
アイリスの話は意外なものであった。けれど、不思議と悪い気はしない。ミハルを驚かせるほど成長できたのなら、それは戦闘機パイロットとして確実に前進したといえる変化である。
「分かったよ……。俺は次戦を生き抜くだけじゃなく、一定以上の戦果をあげる。ミハルが驚愕するほどに成長してやるよ」
ジュリアは考えを改めていた。聞く限り自分は足を引っ張っていたようだ。それに気付いた彼はせめてミハルに気を遣わせることなく飛びたいと願う。できることなら彼女が全力を出し切れるように。前方だけでなく後方も完璧に把握して戦いたいと。
新たな目標を設定したジュリアは静かに詰め所をあとにしていく。途方もない目的を遂げるため、彼はこれまで以上に自分自身を追い込むつもりらしい。
大戦から二ヶ月が経過し、ようやくGUNSは後処理を完了させていた。
区切りとして発表された大ニュースは星系を一瞬にして駆け巡っていたが、事前に聞かされていたジュリアは動揺することも落胆することもない。大いに彼を発憤させたことだろう。
オリンポス基地の仮運用開始と併せ、ミハルの正式配備が発表されたのだ。また異動に伴いミハルは二階級昇進を言い渡されていた。
ミハル・エアハルト三等曹士として彼女は戦うことになる……。
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