結論は
着替えを終えたミハルはアーチボルトと共にアイザック大将の部屋を訪れていた。昨日の宿題に対する返答をするため。得られた回答を口にするために。
「ミハル君、見事な勝利だったな?」
最初に口を開いたのはアイザックである。社交辞令的な話から会談が始まった。
「あれくらいはできます。学生たちが相手でしたし……」
「いやいや、レース協会の重鎮たちは頭を抱えていたぞ。ハンデがありながらコースレコードだなんてと……」
十分な衝撃が与えられたことだろう。この様子であればメディアにもきっと大きく取り扱われるはずだ。
しばらく雑談が続くのかと思えば、アイザックの笑みが消える。
「それで結論はでただろうか?」
ミハルとしても有り難い。雑談が続いたとしても、気になってまともな返答ができそうになかったからだ。
静かに頷く。まだアーチボルトにも話していない。ミハルは熟考の末に至った結論を口にしている。
「お世話になろうと思います――――」
ミハルが話すや、アーチボルトとアイザックの視線が同時に鋭く突き刺さった。だが、アーチボルトが諭すようなことはなく、アイザックも頷くだけである。
「ただし条件があります……」
続けられたのは同意が無条件ではないことを告げるもの。ミハルは対価を求めるのかもしれない。
「ほう、構わないぞ。私にできることなら叶えてやろう」
「ありがとうございます。まず配備先はソロモンズゲート……」
意外にも昇進に関する話ではなかった。パイロットの要望など大凡が出世であるというのに。加えて『まず』という言い回し。彼女の要求が続くのは明らかである。
「次にセントラル基地の補充を地球圏から送って欲しいです。私の師は手術を控えています。私がいなくなれば正規パイロットがいなくなる。手術どころではなくなってしまうのです」
「なるほど、グレック大尉はようやく手術する気になったか。しかし、それは我らに依頼する話ではないな。知っていると思うが、木星圏に我々が手を出すのは問題がある」
二つ目の願いは却下されてしまう。できることならと前置きした通りに。
「くだらない派閥間の問題とかやめてください。いつまで前時代的なんです? アイザック大将なら何とかできるはず。個々に動く派閥を丸く繋ぐことすらできないのですか?」
強い口調で返されてしまう。
アイザックは息を呑んでいた。これでも自身は軍部で最も強い力を持つアースリング閥の長。まだ一等航宙士でしかない十代の女性に力量を疑われていた。
「はは、なかなかどうして強いパイロットだな。いや、報告書通りか……。軍部に依存していないことや真っ直ぐな性格はレポートにより把握しているつもりだ。だが、それを抜きにしてもミハル君のような若者が多くいるとは思えない。誰に対しても意見できる心の強さは見習うべき美点だな……」
暗に批判されたというのにアイザックは笑みを浮かべている。十九歳という若きパイロットが堂々と意見するなんて新鮮に感じたことだろう。
「それで私に対する要望は派閥間のしがらみを払拭しろということか……。まあ確かに問題となることも多いのだが、派閥により管理することは利点も多いのだぞ?」
「そうでしょうか? 最前線では適切な配備ができない状況ですよ? そんなものに縛られているから余計な犠牲を生む。力のあるパイロットから順に並べろって私は言っているのです」
徐々にヒートアップしていく。意図せずミハルは口調を強めていた。
ミハルの要求は想定にないものであった。まさか自身に関すること以外で求められるなんて、アイザックに予想できるはずもない。
「セントラル基地にパイロットを送るくらいできなくはない。けれど、軍部は派閥で回っている。エリアごとに派閥があり、派閥が細かな配置を考えているからこそ、細かなところまで行き届くのだよ。今さら派閥の力を削ぐなど無理な話だ……」
「無理とかじゃなく試してください。アイザック大将が動かなければ決して実現しない。私は貴方がGUNSで一番の権力者だと聞きました。違うのですか……?」
ミハルの返答に苦い顔をするアイザック。どうやら痛いところを突かれてしまったようだ。
「むぅ、本当に君は色々と並外れているな……。私がそのように提唱すれば納得するのか? 星系の一本化を図ろうと声を上げ、しがらみをなくし協力し合うのだと……」
「私の異動と併せてセントラル基地にパイロットを宛がえばその第一歩といえます。それに派閥間が協力し合うための丁度良い施設が完成すると聞いています」
ミハルの話は具体的な内容を含まなかったが、アイザックは理解している。派閥のために建設を始めたそれであることを。
ニヤリとするアイザック。ミハルの意見には問題も残されているけれど、彼女が自身の力を頼っているのも事実だ。ここは大船に乗った気分を味わってもらおうと思う。
「いいだろう。私はその条件を呑もう。ただし、ミハル君はそこで一肌脱いでくれ。君がオリンポス基地の広告塔なのだからな……」
「分かっています。私なんかが指名される理由は……。直ぐに軋轢がなくなるとは思えませんけど、交流を続けられたのならきっと分かり合える。私たちはエイリアンではなく、同じ人間なのですから……」
アイザックは思い直していた。確かに余計な軋轢によって銀河間戦争に負けたとあれば目も当てられない。今は手を取り合うべき。派閥ごとではなく強者を前面に配備し、エイリアンを駆逐する時なのだと。
「ならば私はそのように動こう。オリンポスの配備にしがらみを取り除く。あらゆる派閥からパイロットを募集しよう。実力主義であり、昇進にも影響しない基地とする」
ミハルの要望は全て呑む。それは始めから決めていたことだが、予想外の話は決断までに時間を要した。けれど、アイザックは基地建設の基本理念を思い出している。
「ゲートにイプシロン基地しか存在しないのは駄目だ。我らはカザインよりも先手を打ち、常に優位な戦いをするべき。星系の危機に派閥など足枷でしかなく、今こそ我らは一丸となるべきだな……」
ミハルは頷いている。ここまでは希望通り。しかし、彼女の要望はまだ残っているらしい。
「セントラル基地へと配備する人員。その指定が最後の希望です……」
最後まで彼女の望みは自身と関係のないことであった。ミハルは最後と前置きをしてから要望を口にする。
「フィオナ・ハワードをセントラル基地配備としてください――――」
唖然としたのはアイザックだ。どうしてそうなるのかまるで理解できない。
「んん? 彼女は学生だし、散々なレースだったじゃないか? それに軍部への志望届を出していない。彼女はレーサー養成所の特待生だと聞いている……」
「必ず彼女は志望します。準備に入っても問題ありません。彼女はグレック大尉に預けるべき。彼女は間違いなく軍部を志望するはずですが、今は前線に配置すべきじゃありません……」
かつての自分を見ているようだった。決意に満ちた眼差し。戦闘機パイロットと口にした彼女が今さら他の方向へ向き直るとは考えられない。加えて慢心していたところまでそっくりだ。彼女がミハルを追いかけるというのなら、教練適任者は一人しかいなかった。
「ミハル君はそれだけ彼女を評価していると? 返答によっては考えさせてもらう」
「いや、能力は殆ど知りません。ただ少し話をする機会があって……」
それは思いがけぬ出会い。けれど、運命かと考えてしまうほど、レース中からレース後までが記憶と一致した。ならばその先も変わらないのだと思えてならない。
「あの子は私と同じ目をしていました……」
それだけの理由でしかない。直感的に察知しただけだ。自身が異動することもセントラル基地に正規パイロットが必要となることも、フィオナを導く運命であるかのように。
「きっとあの子は私を追いかけてくる。またセントラル基地にはそれを成すに相応しい教練士官がいます。フィオナ・ハワードは腐らせちゃいけない……」
説得するには曖昧な話である。仮に派閥間のしがらみをなくすつもりならば、それなりのパイロットを代替要員として送るべきだ。けれど、ミハルはまだ志望届も出していない学生を指名している。
考え込むようなアイザックだが、次の瞬間には小さく頷く。どうせミハルの要望を呑むのなら、全てを叶えてやろうと。
「承知した。セントラル基地には下士官級パイロットと合わせて、フィオナ・ハワードを代替要員として送ろう。それで構わないな?」
予期せぬ話にミハルは驚きつつも笑顔を浮かべた。要求以上の回答をくれたアイザックには感謝しかない。
「ありがとうございます。これで思い残すことはありません。私はオリンポス基地で尽力いたします」
「思いのほか良い話ができたな。アーチボルト准将もそれで構わないな?」
最後にアイザックは同席をしたアーチボルトの意見を聞く。彼が同意しなければ派閥間の協力などあり得ないのだと。
「私としては悪くない話だと考えます。持ち帰ってみないと返答は致しかねますが、最前線を知るクェンティン大将ならば、有り難い提案だと感じてもらえるでしょう。それだけ事態は逼迫しています。お二人で会談されたあとに全体会議を開催するべきかと存じます」
アーチボルトもまた未来を危ぶんでいた。けれど、派閥が力を合わせるだなんて主張は長く派閥に在籍する彼には考えつかない話であったようだ。
「クェンティン大将が応じてくれるなら話は早いな。主星は違えど我らは太陽系に住む仲間だ。定期的に将官が意見交換できる場を設けよう。幾分かの力を残しつつも、全体として適時対応できるように。生まれ変わって戦おうと私は宣言させてもらうよ」
アーチボルトが同意したことはアイザックに希望を抱かせる。木星圏最大のフロント閥を仲間に引き入れられたのなら、他閥や火星圏も同意せざるを得ないはずと。
「これより人類は長く停滞した時代に終止符を打つのだ……」
切っ掛けがエイリアンの侵攻であるのは情けなくもある。しかし、手遅れになる前であったのは人類にとって救いであった。
これからも続く銀河間戦争に人類は一致団結し戦えるのだから……。
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