木星では……
セントラル基地では誰も言葉を発しなかった。既にレースは確定し、払戻金までもが発表されていたというのに。
「おい、グレック……」
沈黙を破ったのはバゴスだ。ただ彼は視線を合わせることなく、まだ呆けたままであった。
「お前は何てパイロットを生み出してしまったんじゃ……」
先ほどのレースが頭から離れない。その内容はとてもレースと呼べるものではなく、ミハルのタイムアタックでしかなかった。
「バゴスさん、俺は別に正しい方へと向かわせただけ。このようなレースをするパイロットに育てた覚えはありません……」
レースに興味のないグレックでさえも凄さを理解できた。ターンの全てを限界機動でパスしていくなんてトップレーサーでさえも集中力を欠いたはずと。
「うーむ、ハンディキャップの三秒さえなければ、参考記録にはならんかったじゃろうな。永久に残るアンタッチャブルレコードとなったはず。嬢ちゃんに本気を出せとは言ったが、ここまでされると我が孫が気の毒じゃわい……」
「バゴスさん、ミハルちゃんに何か伝えてたの?」
シエラの問いにバゴスは経緯を伝えた。旅立つ前に孫娘をやり込めて欲しいと願ったこと。本物のフライトを見せつけてやるよう依頼したことを。
「へぇ、流石はミハルちゃんってとこか。かといって酷すぎるよね。これじゃあ力の差なんて計れない。比べる立場にもないわ……」
「シエラ、恐らくミハルにはバゴスさんの依頼よりも大切な問題があったのだと思うぞ。きっと一年前のレース映像を見たことが原因。あの敗戦をミハルは上書きしたかったのだろう。あいつは誰にも負けたくなかったんだ。前を飛んだジュリアや自分自身に。口にしていたアイリスのレースにも……」
グレックの説明は納得できるものだった。三周目は手を抜いたとしても楽に勝てたのだ。ポールに触れたりフェアゾーンを越えたりする恐れがあったというのに、ミハルは限界機動を続けた。対戦相手など見ていなかったのだと容易に推し量れている。
「孫が意気消沈しとるんじゃないかと心配じゃわい。こんなことなら手加減を願った方が良かったかの……」
「いやあ、ミハルちゃんにそんな器用な真似ができるとは思えませんけどね?」
マイの話にそうじゃのとバゴスは嘆息する。手加減なんてできる人間なら、ミハルは今の立場にいない。不器用に目標へと突き進む姿を見た彼には否定できなかった。
「まあいいじゃない! 私は三連単を取ったわ! ミハルちゃんを過小評価した地球の人たちありがとう! こんな簡単に大儲けできるなんて地球圏に移住したいくらいよ!」
どうやらシエラは業務中に機券を購入していたらしい。一着から三着を的中させ、かなりの金額を得たようだ。
「おいみんな、明日の定期便で運んでもらう料理を決めるぞ。全部シエラが奢ってくれるらしい」
「ちょっと、大尉!? 奢るなんて一言も……」
即座に否定するシエラだが、隊員たちは既に大騒ぎしている。明日はパーティーだと口々に好きな店の料理を挙げていた。
不満げな表情のシエラ。しかし、何だか面白くもあった。思わぬ大金を皆で分かち合うのも悪くないと思い直している。
「ええい、もってけ泥棒! 明日は食い倒れよ!――――」
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