真骨頂
三号機に搭乗しているのはフィオナ・ハワードである。彼女はバゴスの孫であり、一番人気に支持されたパイロットに他ならない。
「お爺ちゃんが言ってたミハルって人。何だかやな感じ……」
ハンディキャップを自ら申し出ただけでなく、プラクティスを一周で打ち切ったこと。遠回しに馬鹿にされたようで、フィオナは納得できなかった。
「絶対に勝つんだ。あたしは逃げ切るんじゃなく差を広げる。勝ったとき三秒以上開いていたら、このレースは完璧にあたしの勝ちっしょ!」
フィオナは勝つ気でいる。学生時代を締めくくる大レース。既にレーサー養成所から特待生の推薦状を受け取っていた彼女は、ここを制して有終の美を飾ろうと考えていた。
「あたしならできる。予選タイムはあたしがトップなんだ。畑違いの軍人なんかに負けるはずがない……」
鼓動が高鳴っていく。レッドシグナルが灯っていく時間が長い。フィオナは待ちきれずに焦れている。スタートダッシュで先頭に躍り出ることしか頭にはない。彼女は集中し、逸る気持ちを無理矢理に抑え込んでいた。
『グリーンシグナル! 各機発進しましたが二号機が出遅れた模様!』
都合良く左隣が出遅れた。フィオナは即座に進路へと入っていく。最初の左ターンで先頭に立つ可能性が高まっていた。
「いけるっ!!」
迷いなく的確に操縦する。狙い通りのフライトラインを描き、彼女は最初のターンで先頭に立った。最早、誰も自分を止められないのだと笑みさえ浮かべている。
「勝てる! あたしはレーサーになるんだっ!」
フィオナは勝利を疑っていない。それどころか未来にあるべき自分自身の姿を脳裏に投影していた……。
◇ ◇ ◇
ミハルは薄く目を開いた。学生たちの発進をジッと待つ。彼らのグリーンシグナルが灯るや、自身のレッドシグナルが灯っていくのだ。
「どうして緊張しないのかな……」
ポツリと呟いている。ビッグマウスを口にした彼女。恥を晒す可能性があったというのに、少しも緊張していない。その理由がまだミハルには分からなかった。
「よし……」
学生たちが飛び立っていったあと、ようやくミハルのグリーンシグナルが灯る。平常心であった彼女は力むことなくスムーズに発進を済ませていた。
『さあ、注目のミハル一等航宙士もようやくスタートです! ここからどういった機動を見せてくれるのでしょうか!』
最初のターンは予定通りだ。誰もいないコーナーはミハルが考えるままに通過できた。
発進からここまでずっとフルスロットルである。巧みに機体を操縦し、最高速度をミハルは維持していた。
「ギリギリを攻める……」
全てのターンがイメージ通り。1インチずれていたとすれば、ポールに接触しそう。ミハルは最短距離を最高速で抜けていく。
「次が問題のリーニングポール。ここで追いつく……」
ポイントとしていたテクニカルターンが迫っていた。ここを最高速で抜けたのなら、ミハルはミドルストレートでぶっちぎる予定だ。三秒というハンデがあったにもかかわらず、半周といったところでミハルは最後尾を捕らえようとしている。
「いけぇぇっ!」
大外から抉り込むようにポールへと張り付いた。斜めに設置されたリーニングポールだが、ミハルの機体はポールを軸として回転するかのように最高速度でポールをパスしていく。
『おおっと! ミハル一等航宙士が早くも接近している! もの凄い速度でリーニングポールをクリアしています! これは一気に捕らえるかもしれません!!』
どうやら最高速度で通過したのはミハルだけのよう。他と比べてミハルの機体は明らかにスピードが乗っている。
スタンドの向こう正面。映し出されたミハルのターンにスタンドは熱狂していた。プロでも見ない希有なターンに全員が酔いしていている。
「一周でけりをつける!」
ミドルストレートを突き抜けていくミハル。次々と学生たちを追い抜いていた。これには実況も声を発しない。度肝を抜かれた彼には言葉がなかったようだ。
ミドルストレートで五機を抜き去ったミハルは尚もスロットルを踏み込んでいる。次なる機体を視野に入れつつも果敢に切り込んでいく。
『ウ、ウチムラさん……。既に……六位ですよ……?』
何とか声を絞り出した実況だが、今度は解説が言葉をなくしている。予想外の展開どころか、現実だとは思えない。トップレーサーでも見たことのない区間ラップタイムに解説者は呆然とするだけだ。
『あ……またも抜き去りました! ミハル・エアハルト選手が四位に浮上! ああいや、ごぼう抜きです! 立体スラロームコーナーで学生たちを翻弄しています!!』
もう実況は疑わなかった。このレースの勝者が誰であるのか。始めからレースにならない組み合わせであったのだと今更ながらに気付かされていた。
『ミハル一等航宙士が二位に浮上! も、もしや一周で決まってしまうのでしょうか!? これはまさに神がかり的だ! 銀河に舞い降りしこの女神は誰にも止められそうにありません! まるで光の化身であるかのよう! 彼女を止められるパイロットがこの世に存在するのでしょうか!?』
大歓声を浴びながらミハルは最終コーナーへと差し掛かっている。既に前を飛ぶのは三号機だけだ。実況が話したように、もう彼女は止められない。
『圧倒的スピード! 圧巻のテクニックです!――――』
本作はネット小説大賞に応募中です!
気に入ってもらえましたら、ブックマークと★評価いただけますと嬉しいです!
どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m




