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Solomon's Gate  作者: さかもり
第四章 母なる星 
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思わぬ通信

 自室に戻ったミハル。大きなベッドへ飛び乗り、うつ伏せになって枕を抱え込む。

 明日までに決断しなければならない。そう考えると一睡もできそうになかった。


 ピリピリピリ……


 不意にギアが鳴る。ミハルは真剣に考えようとしていたのに、そのコールは鳴り止まない。


【SBF通信 イプシロン基地】


 発信者を確認すると、予想外の場所である。恐らく中継を見たセントラル基地の面々や両親だろうと考えていたのに。


「もしもし……」


 もしかするとキャロルかもしれない。中継を見たキャロルが茶化そうとしているのだとミハルは思った。


『ああミハルか? 疲れているところ悪いな……』


 しかし、予想とは違う人物であった。それは聞き慣れた声だ。かといって最近は聞いていなかった人の声である。


「アイリス中尉!?」


『何だ? 貴様はもう私の美声を忘れたというのか?』


 やはり発信者はアイリスであるようだ。考え得る中で最も連絡してこなさそうな彼女がどうしてかミハルに通信している。


「どうしたというんです? もしかして中継を見られたのでしょうか?」

『もちろん。情けない泣き顔を小隊の全員で見たぞ!』


 今更ながらに、やらかしたと気付く。感極まって涙したこと。中継されているのだから、何とか堪えるべきであったと。


「しょうがないじゃないですか……」

『まあしょうがないな。無様なレース映像を晒されたのだから……』


 少しもミハルの感情を推し量っていない感じだ。本当に冷やかしの通信かもしれないとミハルは思い始めていた。


『でも改めてあのレースを見てみると、貴様の努力が良く分かった――――』


 ところが、アイリスはそんな風に続ける。無様と評したレースにミハルの成長を確認できたのだと。


『努力は第三者の目に留まるものではない。第三者は常に結果しか評価しないものだ。同じような努力をしてこなかったものには絶対に気付けない。私だってそうだった。どれほど訓練したとしても、天才だと一言で片付けられてしまうのだ。結果が優れているほど輝きは強くなり、努力という影の部分は掻き消されてしまう。従って誰の目にも留まらんし、気付けないのだ。それが途方もない道程であるという事実にな……』


 アイリスはミハルを理解していた。若くして頭角を現すパイロットが才能だけに依存していないこと。同じような経験をしたアイリスだからこそ分かる話であった。


「私は別に努力を評価してもらおうとは考えていませんけど……」


『どうだろうな? 少なくとも私は評価してやるぞ。貴様は努力を誇って良い。一年前の映像から見違えるほど成長している……』


 どうしてか、またも涙が零れてしまう。本当に評価など気にしていなかったというのに、アイリスの言葉が心に染み、感情を揺さぶっている。


「わ……私は……」

『なんだ? また泣いているのか? 見知らぬ土地にいることは理解するが、胸を張っていろ。エースとは一騎当千の強者を指す。もう二度と弱さを見せるんじゃない……』


 それは帝王学であった。エースの系譜に連なるミハルへの提言である。


『ミハル、貴様はもっと強くなれ。甘えたことを抜かすな……』


 アイリスが続けた。泣いてしまったのはやはり失態である。余計な心配をさせてしまったのだとミハルは察していた。


「すみません。心配かけました……」


『ああいや、私はクェンティン司令に連絡を取れと言われただけだ。別にミハルが泣き顔を太陽系全域に晒したからといって少しも気にしていない。引き留めるようにと命令されただけだからな……』


 急な通信はどうやら派閥の命令であるらしい。ただアイリスが従っているのはクェンティン司令に言われたからではないはずだ。彼女は好きにしてくれというクェンティンの嫌味を真に受けているのだから。


『だが、貴様と話をして気が変わった……』


 アイリスはどうしてか気が変わったと話す。気まぐれな彼女はまたも良からぬ方へと思考している。


『ミハルは異動しろ――――』


 思いもしない話にミハルは絶句してしまう。アイリスは引き留めるよう指示されていたというのに、正反対の話を口にしたのだ。


「本気……ですか?」

『もちろん本気だ。貴様はまだ温い環境に身を置くべきではない。この先の成長を考えるのなら飛び込んでゆけ。これは派閥の先輩としての助言じゃない。私は姉弟子として貴様に命令している』


 これには息を呑むしかなかった。なぜにこの人は派閥の命令を無視できるのだろうと。イプシロン基地へ異動したことも彼女の一存で決めたと聞いている。正直にミハルが理解できるような思考ではなかった。


『幸いにも貴様は心が強い。グレックが話していたぞ? ミハルは何があろうと決して折れないと。だとしたら逆境に飛び込め。私に勝ちたいのだろう?』


 煽るような台詞はミハルに真っ直ぐ届いている。エースだと褒め称えられても響かないけれど、絶対的な目標を口にされれば心が震えた。


「勝ちたい……。貴方に勝つことだけが私の目標。それはずっと私が目指している未来です……」


 かれこれ一年以上も理想の自分を追い続けている。ミハルはこの銀河で一番上手に飛びたかった。しかし、トラウマともいえる酷評があり、トップシューターを取ろうがエースと呼ばれようが心にしこりが残ったままだ。


『ならば異動を受け入れろ。もう既に第四航宙戦団はイプシロン基地から異動する手続きに入った。曲者ばかりの戦団であるけれど、間違いなく実力はある。我らと同じ最前線を守護したのだから否定する隙はない』


 ミハルは静かに聞いている。どうしてアイリスが異動を勧めるのかと。


『そこで揉まれてこい。貴様であれば埋もれることなどないはずだ。逆境こそ人の真価が問われる。のし掛かる力を撥ね除けるのは並大抵じゃない。貴様なら反発できるだろう? それとも押しつぶされて消えていくだけか?』


 アイリスもまたミハルを熟知していた。良いように彼女は誘導している。ミハルもそれに気付いたけれど、同時に信頼感も覚えていた。自分であれば問題ないとアイリスは考えているのだと。


「私は成長できますか? 第四航宙戦団を圧倒すればいいのですか?」


 強い意志で問う。もう悩む必要はなくなった。所属なんて関係ない。ただ成長したいとミハルは願っている。


『当然だろう? イプシロン基地に戻ってきたならミハルは持て囃されるだけだ。ここにはお前を蔑む輩など一人もいないのだから。余計な気苦労であるのは分かりきっている。だが、逆境を力に変えられる絶好の機会だ。ただし奴らを圧倒するのは簡単じゃないぞ? 求められる高いハードルの遥か上を越えねば認められるはずもない。よそ者が受け入れられるには生半可な努力じゃ駄目だ。それこそグレックでさえ音を上げた環境。貴様はそれを乗り越えろ……』


 目指すものが明確になりつつある。師であるグレックは使命を遂げたにもかかわらず、最後には逃げ出していた。アイリスは暗に師を越えろと口にしたのだ。


『地球人共へ目に物見せてやれ。格の違いを分からせてやるんだ。逆境をバネにして更なる高みへと飛び出せばいい。呆然と見上げるしかない光景を奴らに見せつけろ』


 ミハルは目を瞑っている。思い返されるのはイプシロン基地でのこと。誰も相手にしてくれなかった不安な時間。それ以上の困難が待ち受けているのは明らかだ。何しろミハルは特別待遇を受けることになる。たった一度の大戦結果を評価されて赴くことになるのだから。


 静かに目を開いたミハルに迷いはなかった。強く押された背中の勢いを気持ちの整理に充てている。踏み出す決意は既に固まっていた。


「了解しました。ならば私は異動を受け入れます……」


『戦場は同じだ。気負うことはない。ミハルが今まで以上に努力したならば未来は確定的だろう。頂点に立ち私に挑んでくるがいい……』


 結局、アイリスは一度もミハルを説得しようとしなかった。確実に文句を言われるだろうが、アイリスもまた強い意志を持つ。同時に彼女には我を通せるほどの実績もあった。周囲の反発など意に介さぬ性格は思うがままにミハルを誘っていく。


「何だか楽しみになってきました。またソロモンズゲート支部でお会いしましょう」


『私は逃げも隠れもしない。いつだって挑戦を受け付けているのだ。正々堂々とな!』

「それはどうでしょうかね?」


 ちょっとした冗談を笑い合う。どうにもすっきりしすぎて困るくらいだ。夜通し悩むかと考えていたのに、今回ばかりはアイリスに助けられている。


『まあしかし、明日のレースに圧勝することだ。不甲斐ないレースをしていたのでは我らの計画は頓挫する。最前線を二分し双方でトップに輝く。その結果を競うだなんて実に面白いと思わないか?』


 自信満々なアイリスのドヤ顔が脳裏に浮かんでいた。ラージキャパ通信ではなかったけれど、きっとアイリスは自身の興味を優先し、ほくそ笑んでいるはずだ。


「この密談はここだけの話にしておきます。私が勝利するそのときまで……」


『ワハハ! 貴様は本当にいいな! 打てば必ず響く。これほどに気持ちの良いものはない。軟弱なウチの野郎たちにも見習って欲しいところだよ!』


 豪快に笑うアイリスにミハルは頷いていた。上官というより姉弟子というよりライバル。ミハルはそんな風にアイリスを見ている。


「それなら301小隊の補充はどうなります? 少しばかり気になるのですけど……」


『ああ気にするな。実をいうともう補充は完了している。ミハル次第で更なる異動もあったのだが、現状はもう埋まっているのだ』


 迷惑をかけるのは嫌だったから、アイリスの返答は朗報である。しかし、少しばかり寂しい気もしたのは愛着があったからだ。


「了解です。是非、明日のレースを見てください。私がどれだけできるのかを確認してもらえればと思います」


『そのつもりだ。警備飛行の時間をずらしてもらってまで準備している。つまらぬレースはするな。301小隊の元一番機として実力を知らしめろ。地球圏だけでなく火星や木星までもを震撼させてやれ!』


 ミハルは鼓舞されている。アイリスもハンデを知っていただろうに、恰も圧勝が決まっているかのように告げていた。


『瞳に焼き付く輝きを地上へ放て――――』


 これ以上ない熱く強い台詞が向けられている。かつてミハルも誘われた強烈な輝き。今も目標として燦然と輝くそれをアイリスはミハルに求めている。誰もが息を呑む圧倒的なレースをしろと命じられていた。


 ミハルは笑みを浮かべている。プレッシャーなど少しも覚えない。今はアイリスでさえも驚かせてやろうと考えるだけだ。


「了解しました。それで中尉にいつか聞いた話ですけど、間違いは訂正させてもらいます。証明も明日なされるはずですし……」


 締めの言葉として相応しいかは分からない。けれど、ミハルは感情に従い素直な言葉を口にしている。


「銀河最速はミハル・エアハルトです!」

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