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Solomon's Gate  作者: さかもり
第四章 母なる星 
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会食

 レセプションのあと、ミハルは会食に招かれていた。かといって食事する暇はない。立食型式であり、入れ替わり立ち替わり彼女の元へと誰かがやって来る。


 アーチボルトが側に立っていたから一人一人の時間は長くなかったけれど、政治家の他には航宙機メーカーであったり、パイロットスーツメーカーであったりとミハルの元を訪れている。


「ミハル君、初めまして……」


 正直に疲れ果てていたものの、次なる面会者が現れる。立場的に無視するわけにもならないミハルは、はぁっと溜め息にも似た返事をして顔を上げた。


「っ……!」


 ここまで知った人物はいなかった。しかし、現れたのは知っている人だ。面識はなかったものの、レセプションでも見たあの人である。


「は、初めまして! アイザック大将!」


 背筋を伸ばしミハルは敬礼する。困惑したのは考えていたよりも、ずっと早い接触であるからだ。あるとすれば明日のレース後だろうと勝手に想像していたというのに。


「ああ、楽にしてくれ。少し良いかね? 疲れているようだが……」

「ああいえ、問題ありません!」


 ミハルの反応に笑顔を見せるアイザック。思ったより優しそうな感じだ。やたらと威圧感のあるクェンティンとは何か違うような気がする。


「アーチボルト准将、すまないね。少し彼女と話がしたい」

「それは結構です。ミハルさんが同意しているのなら……」


 ミハルは眉根を寄せている。クェンティンからの命令で付き添っているアーチボルトだ。断るのかと思いきや、どうしてか少しも考えることなく了承していた。


「なら君も同席するか? 別に隠そうとしているわけじゃないからな……」

「ご配慮ありがとうございます。私にも任務がありますので、お言葉に甘えさせていただきます……」


 ミハルとアーチボルトはアイザックが用意したという別室に招かれた。


 三人で使用するには大きな部屋である。美しいシルクのクロスが掛けられたテーブルに三人分の料理が並んでいた。まるでミハルが何も口にできないことを予め知っていたかのようである。更には三人分であったことも余計な憶測をしてしまう原因だった。


「まあゆっくり食べてくれ。二人は何も食べていないのだろう?」


 お腹はペコペコである。気を遣ってしまうのだが、空腹には抗えない。アイザックが食べ始めるのを見るや、ミハルもフォークとナイフを手に取った。


「どうかね? 特別に作らせていたから遅くなってしまったんだよ」

「美味しいです! ありがとうございます!」


 料理は作りたてであるらしく本当に美味しかった。気まずいながらも黙々と食べ、ミハルは用意された全ての皿を平らげている。


「さあ、コーヒーでも飲みながら話をしよう。とっておきの豆が手に入ったんだ。薫り高く奥深い味わいと評判の高級豆だぞ?」


 いよいよ本題である。過剰に身構えてしまうけれど怖くはなかった。強引な手口で勧誘を受けると考えていたから、どちらかというとミハルは好印象を抱いている。


「身構えなくてもいい。話は先ほど舞台で語ったままだ。私はオリンポス基地の司令官となる予定であり、優秀且つ発信力のあるパイロットを求めている。私は最高の部隊を作り上げたいのだ。是非とも君の力を貸して欲しい……」


 聞いていたような展開となる。しかし、本当に自分がそこまで評価される理由をミハルは掴みかねていた。ゲートのど真ん中を死守したのは確かだが、戦ったのはミハルだけではなかったからである。


「アイザック大将、私は新基地のお披露目に相応しくありません。なぜなら私は正義感によって戦っているわけではないからです」


 戦えると分かった今、戦場から退くという考えはない。だけど、ミハルの目的が変わったわけではなかった。


「では何のために戦う? やはり金銭的問題だろうか?」


 過去にも同じような質問をされた。あのときミハルはクェンティンに笑われたのだ。よって今回も同じだろうと思えてならない。


「いえ、出世もお金も必要ありません。私が望むことはたった一つ。アイリス中尉に勝つことだけです……」


 笑われないために嘘を言うつもりはない。ミハルは本心をそのまま伝えた。今もあの酷評を忘れない。自身の評価を改めてもらうためにミハルは勝利を願っている。


「ほう、ならばどうやって決着をつける? アイリス・マックイーンはフロント閥のエースだろう?」


 ミハルは驚いていた。てっきり笑い飛ばされるものと考えていたのに。どうしてかアイザックは表情を変えることなく問いを返している。


「ええ、そうです……。おかしくありませんか?」


「どうしてだ? 高い目標を掲げるパイロットをなぜ笑うと言うのだ? まして長くエースの座につく相手だ。それは簡単な目標ではない……」


 今とは立場が異なるのは分かっていた。今の自分はトップシューターである。従ってアイリスを目標にしたとしても別におかしくはないはずだ。


「私は学生時代に彼女から酷い評価を受けました。だからアイリス・マックイーン中尉を見返したい。彼女に認めてもらいたいだけです。極めて個人的な理由で戦う私は賞賛に値しません。元より新基地の目玉になるようなパイロットではありませんから……」


 再び断るような話が口を衝く。学生たちに実力を見せつけるくらいはできたとして、部隊を引っ張っていくような役目は果たせないと。


 だが、アイザックは首を振った。ミハルの話が受け入れられないといった風に。


「ミハル君、君がアイリス中尉を目標としたように、今度は君が目標となるのだ。高い目標を掲げること。その意味は君ならばよく分かるはずだ。明日は圧倒してくれるのだろう? だとしたら君は必ず学生たちにの心を掴む。若きパイロットたちの指針となるだろう」


 どこまでが真意か分かりかねる。ミハルは考えていた。自分如きが目標となってもいいのだろうかと。


「やはりイベントにはアイリス中尉が出るべきでした。私はまだ彼女に勝っていません。中途半端な私は目標として相応しくない……」


「そうなのか? ミハル君はアイリス中尉より劣っているのか?」


 予期せぬ問いを返されミハルは息を呑む。その質問はこれまでの努力を否定する話だ。彼女の信念は軽々しく首を縦に振ることを許さなかった。


「劣ってない……」


 良いように扱われている。ミハルは誘導されていると分かっていたのに、本心をありのままに告げてしまう。


「私はアイリス中尉に負けてない! 絶対に私が勝っている! 自信を持って言い切れるだけの努力を私はしてきました!」


 頭を抱えるアーチボルトに笑みを浮かべるアイザック。ミハルの性格は既に把握しているらしい。彼女はどこまでも負けず嫌いであることを。


「ならば結構。やはり我らは君を選ぼう。地球圏にはまだまだ才能が埋もれている。年齢の近いミハル君が旗印となれば、彼らも注目するだろう。今すべきことに気付けるはずだ。どうか地球人を目覚めさせてくれ。太陽系を死守するために彼らを導いてやって欲しい」


 どうにも気乗りしないけれど、ミハルにもアイザックが本気であると分かった。パイロット志願者を増やすことは地球圏だけのためじゃない。太陽系に住む全員のためであるのだと。


「それなら私は何をすればいいのでしょう……?」


 一歩踏み込んだ話となる。もし仮に異動するとしてどのような役割が与えられるのかと。


「私の良くない話は聞いているはず。身構えるわけは良く理解している。グレック大尉には悪いことをした。まずはその弁明をさせてもらおう」


 ミハルの疑問には答えず、アイザックは過去の話を始めた。若きパイロットを引き抜いたこと。その彼が苦労した話を……。


「あの頃、我らは巨悪と呼ぶに相応しい組織と戦っていた。幾つもの宇宙海賊を統べる巨大な組織。あれはまるで国家レベルの軍隊だった……」


 徐に語られ出す。それは白羽の矢がルーキーに立った原因である。土地勘のない地球圏にグレックが異動を強いられた理由に他ならない。


「のちに地球の財団が資金源であると判明したのだが、彼らはアースリング総統府に宙域の利権を剥奪された団体であった。決定が不服であれば訴えればよかったものを、あろうことか彼らは海賊行為をして総統府に対抗したのだ。しかも海賊行為はそれぞれが個々の海賊であるように偽装され、幾ら調べようともベルモンテ財団まで辿り着けない完璧な準備が成されていた……」


 ベルモンテ財団なんて聞いたこともなかった。もしかすると木星でもニュースになっていたかもしれない。けれど、まだ幼かったミハルはテロと呼ぶべき戦いが地球圏であったことを知らなかった。


「最新鋭の武器を備えた宇宙海賊が立て続けに現れたのだ。テロであると気付かなかった我らはひたすらその相手をさせられていた。当然のこと無傷とはいかず、我らは徐々に疲弊していったのだ。そこで我々は火星圏と木星圏にパイロットを融通するように願った。無理矢理に資金を調達し、彼らが満足できるだけの代償を用意してな。だからあの頃、大勢が地球圏に異動していた。しかし、彼らだけでは足りなかったのだ。更なるパイロットの異動を要請するも、今度は火星圏と木星圏がパイロットを出し惜しみし始めた」


 どうやら異動したのはグレックだけではないようだ。大勢のパイロットが異動を強いられたらしい。


「我々は考えた。出し渋るならば数より質を選ぼうと。木星圏と火星圏にいる異動可能なパイロットリストを作成し、最も適切なパイロットを選ぶことにしたのだ。最前線で戦うに相応しい技量とセンスを併せ持つパイロットがいないのだろうかと……」


 ようやく話が見えてきた。グレックの異動は先に異動した者たちが任務を果たせなかったからだと。彼はとばっちりを受けたような格好で異動させられたのだろう。


「事前に決定していたパイロットたちに加え、私たちは追加で異動を願うことにした。膨大なリストから選んだパイロット。AIによる判定も識者の判断も一致した。実績はまだ少なかったものの、我々はリストから一人の若者を選定する……」


 溜め息まじりにアイザックは語る。懺悔とも取れる長い息は身体に含んだ全ての空気を吐き出しているかのようだった。


「それこそがグレック大尉だ。彼はまだ一兵卒のパイロットであり、実績もないに等しい。従って我々は異動を願えば二つ返事だと考えていた。けれど、グレック大尉だけでなくフロント閥も異動に難色を示したのだ。だからこそ我々は更なる金を積み、常識的ではない提示をすることで双方を納得させた……」


 パイロットの育成は一朝一夕に成されるものではない。従って完成されたパイロットだけでなく、才能豊かなパイロットもまた派閥として軽々しく送り出せるものではなかった。


「一等航宙士であった彼を下士官とし異動させた。加えて小規模な海賊や未認証機軍の殲滅に対して更なる昇進を約束したのだ。最終的に彼は准尉となり、小隊を率いていた。それも一年足らずという短い期間で。今思えばやり過ぎであったのに我らは気付けなかったのだ。古参のパイロットたちは蔑ろにされたと感じ、小隊長である彼の指示を少しも聞かなくなってしまった……」


 恐らく孤立していたのだろう。若くして抜擢されたことを妬まれたはず。それはミハルも体験したことである。ましてグレックは右も左も分からぬ場所に来てしまったばかりか、准尉にまで昇進してしまったのだ。妬みがどれ程のものであったのか、ミハルには想像もできない。


「それでもグレック大尉は任務を全うした。次々と失われる僚機とは異なり、最後の最後まで戦ってくれた。それはまさに我々が期待した通り。巨悪ベルモンテ財団の部隊は全てが壊滅状態となり、獅子奮迅の活躍で根絶やしにしてくれた。ただ宙域にあったベルモンテ財団の基地を全て滅ぼした頃になると、もう彼は精魂尽き果てていたのだ……」


 巨大な組織を壊滅させた。その実績こそ現在の彼が大尉にまで昇進した主な戦果であるはずだ。相当な数を撃墜してきたのだと容易に想像できた。


「グレック大尉はベルモンテ財団が起訴されるや、異動願いを申し出た。それも私ではなくクェンティン大将に対して。話をややこしくしたのはそれが原因だ。彼が私に願い出てさえいれば、今ほどはややこしくならなかっただろう」


 グレックの一件があり、木星圏では比較的一兵卒の昇進が早まったらしい。引き抜きに対する予防策が取られるようになった。


「だから私は別にクェンティンに対して貸しがあるとは考えていない。異動はミハル君が決めたら良い。強制はできないと考えている。カードが君の手にあることは理解しているつもりだ……」


 意外にもアイザックはミハルに選ばせてくれるらしい。無理強いをしてパイロットを辞めるなんて事態を彼は望んでいないのだ。


 唖然とし思わずアーチボルトに視線を合わせてしまう。ミハルが決めて良いと聞かされたばかり。決定権があったにもかかわらず。


「ミハルさん、貴方が決めるべきだと私は考えます。まあ私は異動を止めるようにと命令されていますが、貴方が決めたことに反対しようとは思いません。組織全体として考えるなら、貴方が何処に所属しようと同じなのですから……」


 期待した台詞は返ってこなかった。アーチボルトは任務を放棄するかのように首を振っている。


「どうしてです……? 考えが纏まる気がしません。アイザック大将が仰ることは理解できますし、今のまま戦いたいとも思っています。とても決められそうにないのですが……」


「ミハルさん、命令されるがまま動くのは簡単なことです。しかし、それで貴方が納得できるのかどうか。希望するなら私は命令します。まずは木星へと帰り、然るべきときにイプシロン基地へ戻るようにと。でもそれは自発的じゃない。せっかく選択権があるのです。貴方がしたいようにするべきかと考えます」


 名参謀と呼ばれるだけはあった。ミハルは見透かされている。大切な問題を他人に委ねるのは責任逃れであること。アーチボルトはミハルの逃げ道を塞いでいた。


 俯き考えてみる。自分がどうしたいのか、或いはどうすべきなのかと。


「アイザック大将、少しお時間をいただいてもよろしいですか? 明日のレース後までに決めたいと思います……」


 急ぐ必要はない。明日のレース後までに決めればいいと。一晩悩み抜けばきっと結論に至るとミハルは考えていた。


「ああそれで構わない。是非とも良い返事を期待したいものだね。我々にはミハル君の力が必要なのだ……」


 ここで急な会食が終わる。ミハルにとって全てが予想外であった。アイザックは考えていたよりも柔軟な思考をしていたこと。加えてアーチボルトの裏切りにも似た話。命令されたら従ったというのに、依然として決定権はミハルにあるままだ。


 握手をして別れ、ホテルの自室へと戻っていく。明日のレースについて考えるどころではなくなっていた。悩ましい宿題をミハルは与えられている……。

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