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Solomon's Gate  作者: さかもり
第四章 母なる星 
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レセプション

 午後六時から始まるレセプションを前にミハルは控え室へと来ていた。大勢のマスコミが会場にはいるらしく、ドレスアップや化粧まで見知らぬ者たちに施されている。


「ミハル・エアハルト様、そろそろ始まりますので会場の方へ向かってください」


 いよいよ始まるらしい。任されているのは軍部のイメージアップ。加えて戦闘機パイロットの募集だ。自分に可能かどうかと言われたら首を振るしかないのだが、ここまで来て訴えもしないなんてできなかった。


 係員に連れられてミハルはパーティ会場の舞台裏へと到着。既にアーチボルトも来ていたようで、ミハルに近付いている。


「ミハルさん、緊張しなくても大丈夫です。エイリアン相手に出撃していく方がよっぽど大仕事ですからね?」


「ああいや、私はこういったことに慣れていないので……」


 緊張が見透かされている。ぎこちない笑顔を返すしかできなかった。


「何か気の利いた言葉でも考えてきましたか? 何なら直ぐに用意しますけれど?」


「それは結構です。私は自分の気持ちを素直に伝えたい。それに予め考えていても私は忘れちゃうんです。暗記とか苦手だし……」


「ならば等身大のミハルさんを見せつけてやりなさい。きっとそれだけで貴方なら受け入れられるはず。短い時間でしたが、私はそのように貴方を見ています。まあ最初は司会との問答ですから気楽に答えてください。恐らく聴衆も自然体を望んでいます」


 参謀らしい的確な意見にミハルは頷いた。気楽にいこう。変に肩肘張ったとして疲れるだけだし伝わらないと思う。ありのままを言葉にした方が絶対に良いはずなんだと。


「了解しました。私自身をぶつけてきます!」

「その意気です。応援してますから……」


 舞台裏には首相から軍部の重鎮までいるようだ。まったく落ち着かなかったけれど、ここまで来たらまな板の鯉である。周りは関係なかった。


「ゴードン首相、ありがとうございました! 続きまして銀河連合軍よりアイザック大将にお越しいただきました!」


 ゴードンの長々とした挨拶のあと、アースリングユニック群を取り仕切っているアイザックが壇上へと上がった。主役はミハルであるはずなのに、段取りはまるで政治的な雰囲気である。


「本日はGUNSと地球政府並びにアースリング総統府が主催するパーティに出席いただき感謝する。開催に至った理由は地球圏のパイロット志望者が他星系と比べて随分と少ないからだ。我らは他のエリアに助けられている。この事実を地球圏に住む我々はよく考えねばならない」


 意外にもアイザックはミハルが任されている内容を口にしている。彼も現状を危惧していたのかもしれない。


「もしもイプシロン基地が陥落した場合は即座に地球までカザインはやって来る。誠に申し訳ないのだが、GUNSの戦力はイプシロン基地に集中しているのだ。他には幾らも残っていない。またイプシロン基地は先の戦いで多くのパイロットを失った。同規模の戦闘が起こったとき、守護できないとの試算を出している……」


 続けられたのは戦局についてだ。GUNSは何とか二戦を凌いだものの、次の戦いが同規模であれば守護しきれないと表明している。


「敵であるカザインの目的は太陽であり、この青き惑星である。地球は標的なのだ……」


 危機感を持たせる話であった。お祭り騒ぎであった会場は静まり返っている。


 ただヒロインを待っていただけなのに。スターを一目見ようと集っただけである。また会場があるホテルの外には巨大な映像が映し出され、入りきれなかった者たちが固唾を呑んで見守っていた。


 このイベントが想像していたエンターテインメントではなく、地球人に対する警告であると観衆は気付く。わざわざ木星からヒロインがやって来た理由をようやくと理解した。


「耳を傾けたくない理由は分かる。けれど、知っていて欲しい。人類の滅亡は直ぐそこまで来ていると。軍部は協力者を求めているのだと……」


 ここでアイザック大将の話は終わったかと思えた。しかし、彼の話は続く。


「私は長く地球圏を守護している。だが、星系の危機的状況に私は太陽系の守護者として立ち上がることを決意した。私は今、ソロモンズゲートに新たな基地を建造している。けれど、戦闘機パイロットがまるで足りていない。従って私は地球や地球圏のパイロットを大々的に募集することにした。操縦経験は問わない。未経験者でも十分な訓練が受けられる。あとは勇気を持つだけだ。新造基地オリンポスにて共に太陽系を守ろうじゃないか。その名の通りオリンポス基地は守護女神が住まう新しい聖地だ。さあ、守護女神と共に立ち上がろう。彼女と我らの力が一つになれば地球は存続できるのだ!」


 懸念していた話となる。アイザックが語った守護女神。特定されてはいないものの、観衆たちはそれがミハルであると理解している。外堀を埋めるかのようにミハルが異動するなんて話を暗に伝えていた。


「アイザック・トンプソン大将ありがとうございました! さあ続きましてお待ちかねの方が登場します!」


 一度に会場が沸く。静まり返っていたのが嘘のように大歓声が巻き起こっていた。


「ミハル・エアハルト一等航宙士です!!」


 胸に手を当てミハルは深呼吸。舞台裏に戻ってきたアイザックにポンと肩を叩かれ、小さく礼をした。出撃よりも緊張したけれど、彼女は遂に一歩を踏み出す。


 割れんばかりの拍手の中、ミハルは舞台へと上がった。彼女は観衆全員の視線を独り占めしている。


「地球へようこそ! ミハルさん!」


 聞いていたように司会の男性が話を進めてくれるらしい。ミハルはお辞儀をして笑顔を返していた。


「ミハルさん、地球は初めてでしょうか? どんな印象を持たれましたか?」


 早速と質問になる。これには正直に安堵した。いきなりアイザックのように語れと言われても恐らく言葉は出なかっただろう。


「初めてです。あまりの青さに驚きました」

「地球圏外からの方は大抵驚かれますね。では、今日のドレスは地球の青をイメージされているのでしょうか? とてもお似合いですよ!」


 ミハルの衣装は深い青色をしたドレスであった。決して派手ではなく上品な色合い。年齢を考えると華やかさに欠けたものの、軍人という肩書きが考慮されているのかもしれない。


「ああいえ、これはスタイリストさんが選んでくれました。普段は軍服かパイロットスーツですし、学生時代は制服だったからセンスのない私の意見なんて口にできませんよ……」


 少しばかり笑い声が漏れた。彼女のプライベートは謎だらけだ。昔の話は関係者から色々と語られていたけれど、現在の話は何もない。何しろ大戦後、公に姿を見せるのは今回が初めてだったのだ。


「ミハルさんは本当に小柄ですけれど、大戦を戦い抜く体力はどうやってつけているのでしょう? それともパイロットに体格は関係ないのでしょうかね?」


「えっと、体力はよく食べてトレーニングをするだけです。私の場合は体力よりも集中力が問題ですね。よく集中力が足りないと怒られていましたから……」


 今も心に留めている。アイリスやグレックに指摘されたこと。集中力の持続に問題があるという話を。


「ミハルさんは小さな頃から航宙機にかかわっていたそうですが、切っ掛けは何だったのでしょう? レーサーではなく軍部を目指した理由もあれば教えてください」


 淡々と話が進んでいく。何か答えるたびに拍手が飛んでくるのには恐縮してしまうけれど、いつしか緊張はなくなっていた。


「航宙機に乗り始めたのは初等学校へ入る少し前です。シミュレーターで遊んだことが切っ掛けですかね。自分自身で操ることが好きになったんです。果てしなく続く宇宙をどこまでも飛びたいと思うようになりました。でもレーサーになるつもりは少しもなかったです。かといって軍部に行く予定もなかったのですけど……」


 幼少期の記憶は楽しい思い出ばかりではない。悔しい思いをしたこともミハルは覚えている。今の自分を作り上げた全てを思い返していた。


「意外な話ですね? ならばどうして軍部に入られたのでしょう?」


「大した理由はないです。就職が決まってなかったことと、転機となるフライトを見てしまっただけ……」


 もしもあの日、出会わなければ……。仮にあのレースを見なければ、きっとここにはいないはず。就職もせず実家に戻ったか、或いはレーサーとなっていたかもしれない。


「それは気になる話です! 転機となるフライトとは一体何ですかね?」


「あれはGUNS協賛の航宙機イベントでした……。私は航宙士学校を代表してレースに出場していたんです」


 どうしてか司会はポンと手を叩く。上手くミハルの話を引き出せたみたいだ。


「実をいうと我々はミハルさんが仰ったレース映像を入手しております! 皆さん見てみたいですよね?」


 間違いなく誘導されていた。ミハルに関するあらゆる資料を集めていたに違いない。

 巨大スクリーンに映し出されていく。あの恥ずべきレース。幼少期の決意を裏切る結果となった情けないレースが……。


『物凄いレースとなりました! どちらが勝利したのか肉眼では確認できません! 最終コーナーから猛追する十号機! 逃げ切りを図ったのは六号機です! 勝敗は映像判定となります!――――』


 見返したとして結果は同じである。ミハルはジュリアに負けたのだ。だが、今見るとアイリスの指摘が正しかったように思える。ジュリアを抜き去る場面は彼女が話したように幾らでもあったのだ。


「いやあ、素晴らしいデッドヒートでしたね! 惜しくも映像判定で敗れてしまいましたが、実況も話されていたように大外枠でなかったのなら勝っていたことでしょう。しかも相手は学生ではなく軍人というところが凄い! ミハルさんの腕前が如何に優れているか皆さんもご理解頂けたかと思います!」


 褒め倒す司会。ミハルは彼がフォローするたびに胸が痛んでいた。


「ミハルさん、当時を振り返ってどう感じますか? ご自身の切れ味鋭い機動を客観的に見た感想をお願いします!」


 司会はミハルの雰囲気を察していないのか、どう思うのかと聞いた。


 唇を噛み俯き加減にミハルは視線を外す。考えずとも感想なんて決まっている。一年前よりも明確にミハルはそのレースを評価できた。だからこそ端的にミハルは返している。


「下手くそ――――」


 誰も予想しない返答に会場がどよめく。学生が軍人相手に判定まで持ち込んだのだ。加えて大外枠からの二着。三位以下を圧倒したレーサーが下手くそなはずがないのだと。

 ミハルの評価はアイリスに酷評されたままだ。平凡で下手くそ。ジュリアの影を追いかけていただけである。


「いやミハルさん、二着でしたよ!? 銀メダルを受け取っていたじゃないですか!?」


 司会は疑問を返す。しかし、次の瞬間、彼は絶句し固まってしまう。なぜなら彼の目に映るミハルは泣いていたのだ。


 晴れの舞台であるというのに咽び泣くミハル。色々な感情が蘇り、それは彼女の頬に幾つも涙痕を残している。


「あの……ミハルさん……?」


 堪らず司会がミハルに近寄る。泣かせるような質問をした覚えがない彼は困惑するだけであった。


 ミハルは手の甲で涙を拭う。けれど、涙は止まらなかった。仮に悔しいだけならば直ぐに泣き止んだだろう。でも彼女は必死で努力した毎日も一緒に思い出していたのだ。苦しかった日々の記憶が意図せずミハルに涙を流させてしまう。


「ごめんなさい……。色々と思い出してしまって……」


 理由を述べたミハルは再度顔を上げ、役目を果たそうとする。

 充血した瞳をカメラが捉えた。その映像に司会だけではなく、観衆も全員が動揺している。


「銀メダルは敗者を慰めるものだと聞いたことがあります……。二着は負けなんだと。初等学校一年生だった私はレースで二着に入り、銀メダルをもらったのです。残念な話を聞いたのはそのときです……」


 語りたくもない話である。けれど、涙の理由を話すにはそれを口にするしか手がなかった。


「幼いながらも、あのとき私はもう絶対に負けたくないと思いました。その言葉通りに私は頑張って航宙士学校でも一番を取り続けた……。でも私は慢心していたのです。もう誰よりも上手くなったと勘違いしていました。かつて大泣きするほど悔しかったことを私は忘れてしまったのです。その結果としてあのレースがあります。今思い出しても腹が立ってしまう。だけど負けたことじゃなく、怠けていた自分自身に……」


 涙の理由が語られていく。一番を目指し続けること。負けたことよりも、あのとき気付いた事実が感情を揺さぶること。幼き日の決意を裏切った自分自身が許せなかったのだと。


「ああなるほど……。高い志を立てているからこそ敗戦が許せなかったわけですね? では一年前よりもずっとパワーアップしているのでしょう? 明日のオープンレースも期待してよろしいでしょうか?」


 気まずい雰囲気を誤魔化すように司会は話を締めようとする。これ以上の話題は導けそうにないと。


「もちろんです……。学生たちには悪いのですけど、話した通りに私は負けたくない。負けられないのです……。自分に嘘をつかないために。自分自身を誇れるように……」


 サービスするつもりはない。今度こそ勝とうとミハルは考えている。一年越しのレースで持てる全てを出し切ろうと思う。


「確かに参加者は学生ですけれど、全員が予選会を通過してきた猛者たちですよ? それでもミハルさんは勝ちきれるというのでしょうか?」


 このイベントは随分と前から企画され、各地で予選会をしている。中にはプロレーサー顔負けのパイロットもいたりして、それを知る彼は結果を予想し切れていないようだ。


「勝つために私は来ました……」


 本当は見世物になんかなりたくなかった。けれど、自身が体験したような衝撃を与えられたのなら、少しくらいは背中を追ってくるパイロットが現れるかもしれない。ミハルは技術を見せつけることで任務を完遂しようとしている。


「明日は圧勝させてもらいます。私が経験したままの輝きを見せたいと思う。もしかすると心が折れるかもしれない。だけど私はその先に導かれた。強い輝きに誘われて私は今ここにいます。だから同じことをするだけ。GUNSのエースとして……」


 初めて口にするエースという言葉。ミハルは今もアイリスを追いかけ続けている。だとすれば圧勝は必須条件であり、ただ勝つだけでは何も与えられない。エースと呼ばれるパイロットがどれ程に優れているのかを見せつけなければならなかった。


「まあでも流石に学生たち相手では可哀相……。なので大外枠と一周一秒のハンデをあげたいなと考えています」


「ミハルさん、それって三秒ですよ!? それに大外枠は十一番機ですけど!? ミハルさん、本当に勝てるのですか!?」


 司会の問いにミハルは凛々しく頷いた。決して大口を叩いたわけではない。ミハルはアイリスと同じようにしたいだけだ。


「必ず圧勝します。去年の映像を見て確信しました。私はずっと成長しているのだと……。だから私が絶望したのと同じタイム差を学生たちにあげようと思います。一周が非常に長いコースみたいですけれど、とりあえず同じタイム差を……」


 誰にも分からない話である。同じタイム差と言われたとしても、先ほどの映像はコンマ以下のタイム差である。アイリスとのタイム差であるだなんて誰も気付けない。


 疑問は残っていたものの、司会はインタビューを打ち切ろうと頷きを返す。エンターテインメントらしい話はもう聞き出せそうになかったから。ミハルがお祭り気分で参加していないことを察した彼は話を切るしかなかった。


「明日のレース、期待しています! ミハル・エアハルト一等航宙士でした!」


 凡そ想像していたインタビューではなくなってしまったけれど、司会が話を締めるや会場からは拍手が返されている。


 観衆は落胆したというより寧ろ興味を覚えていた。オープンレースがどういった結果となるのか。ハンデを与えた上に圧勝だなんて誰にも想像できない。


 小柄な十代の女性が口にした話を全員が確認したいと感じていた。

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