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Solomon's Gate  作者: さかもり
第一章 航宙士学校
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負けられないレース

 ガリレオサテライト5THの最外郭部に位置するセントグラード競技レース場。メインイベントを前に満員の観衆が詰めかけていた。


『ティーンエイジクラス、エントリー選手の皆さんは搭乗してください。間もなく始まります』


 ドックに緊張が走る。勝ち負けによる損得はなかったものの、学校や組織を代表するという自負心か、或いは責任感だろうか。選手たちに笑顔はなかった。


「よし、行こう……」


 ミハルも立ち上がって自機へと近付く。


「ミハルちゃん、頑張って。大外枠と不運だったけど、負けた理由として外枠というのは納得しやすいし、そういう意味では良かったんじゃないかな? とにかく今日はお祭りなんだから君は楽しむことだよ!」


 担当整備士がミハルにそんな声をかけた。

 礼儀的に小さく頷いたミハルだが、内心は勝ちにこだわっている。いつしか闘争本能に火がついて、不利とか有利とか関係なく勝利をもぎ取ろうと考えていた。


「確かに外は不利だ。早めに仕掛けていかないと……」


 ティーンエイジクラスは実際のレースと異なり、周回はたった一周のみ。従って最初のターンで内をつけない外枠はかなりの不利を強いられる。しかし、ミハルはそんな状況下でも勝利のイメージを描いていた。


 レースは番号の振ってあるポールを順にクリアしていくという競技。全てのポールをターンし、最終的にゴールラインを真っ先に通過したものが優勝となる。


 各ポールには矢印があって、矢印の向きにターンしなくてはならない。またフェアラインという赤線がポールの上下に二本引いてあるので、ターン時には機体をレッドライン内に収める必要がある。少しでもはみ出た場合は即失格。つまりはポールの遙か上空をターンしたり、レッドラインの下側をターンしたりしても失格。狭いフェアゾーンのポールでは追い抜きが難しかった。


 今回のコースは一周で時間にして三分弱。ただ難易度は高い。なぜならここはプロ用の競技場であり、ポールは突き立ててあるだけでなく水平にも設置がある超立体コースだ。


 優勝するには上下左右と最適なポジショニングを辿り、いの一番にゴールラインを通過しなければならなかった。


 序盤にテクニカルなターンを多く要求される難コース。また中盤以降はフェアゾーンが狭くなるようで追い抜きが難しい。よって出遅れると必然的に優勝争いから脱落してしまう。


「序盤で離されちゃ駄目だ。先頭がベストだけど最終コーナーまで先頭に張り付いていられたなら、きっと大丈夫……」


 ミハルのプランでは勝機があった。序盤を先頭集団で乗り切って、特に抜けそうなポイントがない中盤をミスなく通過。勝負はゴールラインまでの長いホームストレートだ。


 そのためには最高速度でホームストレートに突っ込めるかどうかが鍵となる。最終コーナーを如何に速く上手にクリアするかがポイントだった。


『さあ、いよいよ今年もオープンレースが始まります! 第一レースはティーンエイジャー戦。セントラルを代表する若きパイロットたちが今年もこの舞台に集まりました!』


 実況放送にスタンドが沸き返る。待ってましたと言わんばかりの大歓声だ。

 ミハルはただ集中している。レースに勝つことだけを考えて目を瞑っていた。


「スタートで三号機の彼女より前に出られたら完璧。最低でも直ぐ後ろを取る……」


 徹底マークの彼女は三号機である。内から三番目という好位置だった。

 ミハルが上手くスタートダッシュするには九号機の出遅れが必須となる。しかし、そう上手くは運ばないことも承知していた。最悪のシナリオだって既にイメージ済みだ。


『ファンファーレが鳴り響きます。地域振興枠であるセントグラード航宙士学校が現在十連勝中! 予選を勝ち抜いたレーサーたちを今年も退けるのでしょうか!?』


 観衆を盛り上げるファンファーレのあとレッドシグナルが順々に灯っていく。一番下にあるグリーンシグナルの点灯でもって全機発進というルールだ。

 ここは重力圏である。いつもとは勝手が違うエンジンであったものの、感覚は既に掴めていた。万が一にも出遅れることはないはずだ。


『グリーンシグナル! 各機揃ったスタートとなりました!』


 全機が好スタート。横並びの発進となって、残念ながらベストの展開にはならなかった。

 ミハルは第一コーナーへの進入方法を考えさせられている。


「外を回るか、下げて内を突くか……」


 最初の左ターンのあと、直ぐに右へのターンがある。

 通常のレースでは外枠の機は内枠の後ろへとつけてポールに近い場所を回るという安全策が多い。特に二個目のターンが逆ターンであるので、内を回った方が次のターンに繋ぎやすいのだ。ただリスクもあり、内は全機が狙っているので必ず混雑してしまう。スピードを殺して内を突いたとしても、続く右ターンへの位置取りによっては再度減速しないとターンできない可能性があった。かといって第一コーナーをスピードに乗って大きく回るというのはかなりの賭けだろう。内の展開次第によっては致命的に遅れてしまう場合が考えられた。


「私は外だ! スロットルを緩めるなんて考えられない!」


 勇敢にもミハルは外を選択する。全機が内を突こうと減速する最中、大外をアクセル一杯に切り込んでいく。


『おっと! 十号機が攻めています! 何と奇襲ともいえる大外旋回を選択! 連勝を続ける航宙士学校の意地でしょうか!? このスピードではかなりの技量が必要です! 回りきれずにロスしてしまうかもしれない!』


 ミハルの機体はグングンと加速していく。

 背後から届く、いつもとは違うエンジン音が妙に心地良い。SBF推進装置では奏でられないサウンドにミハルは高揚感を覚えていた。


「いける!」


 大外から一気に内を突く。機体にロールを加えながら上手く力を逃がし、ミハルはスピードに乗ったまま切れ味鋭い旋回を決めた。


『これは強烈! 十号機、凄い旋回を見せた! 無謀かと思われた大外からのターンで一気に三番手へ浮上! トップはこれまた外枠から内を抜けた六号機! 二番手に一号機が続きます!』


 序盤から荒れたレースとなった。一号機が二番手に残っていたものの、外枠の六号機と十号機が上位に食い込むという波乱含みの展開である。


「三号機は後ろ? 前は一号機に六号機か……」


 ミハルは笑みを浮かべていた。気に障る話をしていた担当整備士の顔を思い出している。

 もう勝利する未来しか想像できない。誰も自分を止められないと思った。


「この勝負もらった!」


 問題の二ターン目。前を行く二機を一度に捕らえようと、ここも減速をせず外側から一気に内を突く。ミハルは機体を垂直に立てて、まるでポールに吸い付いているかのごとくトップスピードのまま華麗なターンを決めた。


「どう!? これでどう!?」


 自画自賛の限界ターンを決め、ミハルは後方を映し出すモニターを確認する。間違いなく二機を抜き去っただろうと確信していた。


「あれ――?」


 幾ら確認しようとも後方モニターには一機。一号機の表示しかない。

 次の瞬間、ミハルは気付いた。自機の上方、死角へと入っていた機体の姿に。


「六号機!?」


 既に六号機は三番ポールへ向かっていた。六号機は先頭である優位性を生かし、三番ポールに有利な位置取りにて二番ポールをパスしていたのだ。


 ミハルは負けじとスロットルを踏み込んだ。まだ負けたと決まっていない。序盤も序盤である。大本命が後ろにいるのだから、二番手に甘んじるわけにはならなかった。


「限界ギリギリのターンを繰り返していけば必ず逆転できる!」


 序盤にある細かなターンの連続。ミハルはものの見事にクリアしていく。

 惜しげもなく繰り出される高速ターンの数々に、スタンドからは感嘆の溜め息が漏れていた。ところが、先頭を行く六号機もなかなかの技量を発揮している。やはりセントラルを代表するパイロットだ。簡単には抜かせてもらえなかった。


「速い……」


 正直なところ、ミハルは面食らっていた。技量は自分が上であると間違いなく信じていたのに、一向に縮まらないその差が彼女に焦りを覚えさせている。


 中盤はただトレースするだけ。オーバーテイクの機会はない。だが、少しでも気を抜けば置いて行かれてしまうほどに六号機のターンは切れていた。


「最終コーナーで必ずパスしてやるんだから!」


 それでもミハルは負けん気を出す。まだプランには続きがあったのだ。まさかノーマークの六号機に対して実行するとは思わなかったけれど、二番手である現状は出し惜しみする場面でないことを明確にしている。


「六号機はフェアゾーンの真ん中を抜けるはず。ならば私は上か下か……」


 今までの機動から考えて、六号機は必ず中心を通過するだろう。先頭であるのだし下手に上下を広く開ける必要はない。


「上はきっと締められてくるはず……」


 最終コーナーのポールは長目ではあったが、真ん中を取られると上下の幅は丁度一機分ほどしか残らない。また最終ポールはレッドラインが上部にしかないことから、六号機は上を詰めてくるだろうと予想できた。


「やはり下! ぎりぎりを通して一気に抜き去るんだ!」


 ミハルは決断した。しかし、ポールの下はゲル状の海。衝撃吸収剤であり、不燃性のゲル。墜落時でも見事に衝撃を吸収してくれる優れものだが、もしも主翼がそれに触れたのならば大幅なスピードロスとなるだろう。


「六号機、覚悟しなさいっ!」


 二機はテールトゥーノーズの状態で最終コーナーへと進入する。六号機は予想通りに、気持ち上部を詰めていた。


「いけぇぇぇっ!!」


 垂直になったミハルの機体。やはり彼女は六号機より下側を選択した。

 主翼がゲルの海すれすれを通過する。風圧でゲルに波が起きた。だが、触れてはいない。

 ミハルは絶妙な機体コントロールを見せ、加速したまま竜巻のようにポールをパスしていく。


「勝つのは私よ!――――」



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