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Solomon's Gate  作者: さかもり
第四章 母なる星 
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平凡なパイロット

 日課としている個人的な訓練を終え、ジュリアは遅い夕食を取っていた。一人きりの夕食も随分と慣れている。イプシロン基地に来た頃から食事は一人であったものの、あの頃のジュリアは自発的というより受動的に孤立していただけであり、今のように結果的に一人であったわけではない。


「ジュリア一等航宙士……?」


 黙々と食べていたジュリアであるが、不意に声をかけられていた。

 視線を向けると記憶にある人がそこにいる。何十万という人間が暮らすイプシロン基地であるから、隊員以外の人間に出会う確率は限られていたのだが……。


「確か……キャロルさん?」


 ミハルと一緒にいるところを何度か目撃している。またジュリアは彼女の部屋にも訪れた経験があった。


「遅い夕食ですね? ここ良いですか?」


 キャロルの話にジュリアは頷く。他にも空席はあったのだが、わざわざ相席を望む理由。ジュリアは何となく推し量れている。


「何か悩みでもあるのか?」


 藁をも掴みたくなるのは自身も経験があることだ。結果としてふて腐れ、誰にも見向きされなくなった。自身の経験からジュリアは助け船を出そうと思う。


「あらま? ジュリアさんってミハルと違って察しが良いのですね?」


「いやまあ凡人の俺に話があるなんて限られてるだろ? 俺で良かったら悩みを聞いてやるぞ?」


 戦争と背中合わせの生活だ。いつ何時出撃するのか分からない。ルーキーであるのなら尚更である。肝が据わった若きエース様とは違うのだ。


「ジュリア一等航宙士、ありがとうございます。あたしはキャロル・ウォーレンです。実は後衛機の機動について話が聞きたくて……」


「ああ、ジュリアで良いよ。ミハルには呼び捨てにされていたし、今さらむず痒い。俺は所属先ほど優れたパイロットじゃないからな……」


 ジュリアは既にプライドを捨てていた。大いなる才能の前には自身の存在などないに等しい。アマチュア時代にどれほど賞賛されようと比較対象にすらなれないことを理解していた。


「それじゃあジュリアさん、実はあたし悩んでいるのです……」


 ジュリアは予想していた。彼女の悩みが何であるのか。パイロットを辞める辞めないの話であれば自分に相談するはずもない。ミハルの友人である彼女の悩みはもっと前向きな内容であると。


「あたしは全体訓練後にずっと個人的な訓練をしています。だけど正解が分からない。だからミハルの支援機を務めたジュリアさんに聞きたいのです……」


 やはり予想通りだ。絶対的な才能を知った彼女が努力する理由なんて限られていたけれど、ジュリアは問いを返している。


「どうして訓練しているの?」


 生き残るためだなんて在り来たりの返答ではないと思う。決意とも取れる話が返ってくることをジュリアは分かっている。


 返答にかかる時間は思ったより短かった。即座にキャロルは返答を終えている。


「ミハルと一緒に戦うため……」


 トップシューターに輝いたミハルと共に飛ぼうとするなんて。予想はしていたけれど、大きすぎるその目標はジュリアを戸惑わせた。


「ミハルはトップシューターだぞ?」

「分かっています。でもあたしは本気なんです。学生時代は凄いなとしか思わなかったのですけど、今のあたしは違います……」


 キャロルは昔からミハルと友達であったはず。その彼女が今さらながらにミハルの実力を認めたというのだろうか。ジュリアは小首を傾げている。


「あたしはミハルを支援したい――――」


 何万人といるパイロットの中でトップシューターと組みたいだなんて話をする人間がどれだけいるだろうか。ジュリアは考えさせられている。その重圧は自分であっても耐えきれないものであった。どれだけの決意を持って彼女が口にしたのかジュリアには誰よりも理解できている。


「トップシューターの支援とか本気か? 仮に実績のある前衛機が実力を発揮できなければ後衛機の責任となるんだぞ?」


「望むところです。あたしは誰よりもミハルを分かってる。私生活がだらしないところも、目的のためならば何を擲ってでも努力し続けるところも……」


 キャロルは知っている。航宙機フェスティバルで惨敗したあとミハルが自主訓練を始めたこと。限界を超えてまで努力し始めたことを。


「あたしはミハルを助けたい。だから毎日努力しています……」


 キャロルの切実な思いは伝わっている。ジュリアは他人事と切り捨てられなかった。どれだけ努力しようと近付くことすら叶わぬパイロット。その背中を追う手応えのなさは十二分に理解しているつもりだ。


「俺に聞くってことは自分が平凡なパイロットだと認めるんだな? まずはそこから始めなければ俺は何も意見できない……」


 全ての矜持をかなぐり捨てること。後輩に腐されることすら厭わない気概がなければ何も始まらない。


「もちろんです。あたしはどこにでもいるパイロット。でもミハルの親友なんです! 彼女が矢面に立っているというのに、自分は何もできない。寄り添うことすら許されないなんて自分が嫌になります! あたしはどうして何もできないの!?」


 感極まり声を荒らげるキャロル。三ヶ月という期間を通してキャロルはミハルを再確認していた。確固たる意志と弛まぬ努力。目指すべきものを見失わない彼女の強さを。


 どうしてかジュリアは笑みを浮かべている。何だか自分を見ているような気がした。ミハルに感化されたパイロットが他にもいるなんて思いもしないことだ。


「キャロルさん、殆どのパイロットが才能なんて持っていない。俺だって君と同じだ。アイリス中尉やミハルとは違う。彼女たちの努力を否定するつもりはないけれど、二人と飛べば自分がどれだけ平凡であるのか気付く。だけどそこで腐っちゃ駄目だ。必死で後を追えばいい。何倍も努力すれば俺たちだってついて行ける……」


 思い出されるのは苦悩し続けた過去。気付けたのはミハルのおかげだ。彼女が支援機に選ばなければジュリアは今も悩み続けていたことだろう。


「具体的には? あたしはどうすればいいのでしょうか?」


「ミハルの支援は本当に難しい。何しろ見えている景色がまるで違うんだ。まずそこから理解しなければならない。彼女は瞬間的に宙域全体を把握する。モニターを一瞬見ただけで。でも、そんな神業が俺たちにできるはずもないだろう?」


 ジュリアは笑みを浮かべた。ミハルの話を聞いたときは本当に困惑したのだ。どれだけの敵機が押し寄せていようとミハルは瞬時に優先順位をつけていた。モニターの表示を変更することなく距離や速度、進行方向から敵機の目的まで推測していたのだ。


「だから俺はモニターのマーカーを拡大表示させた……」


 通常は小さなマーカーが大凡の方向を指し示しているが、非常に小さく見えにくい。詳しい情報は意識を向けるとポップアップするけれど、ジュリアはマーカーを拡大し確実に進行方向を読み取れるように変更したようだ。


「モニターは酷く見づらくなるけれど、それが俺には最適だった。あと距離が問題となる。俺にはミハルのように感覚で距離の差が掴めない。ならばとモニター設定で直進三秒以内が赤とし、五秒以内が黄色。それ以上は青で表示するように変えた……」


 通常マーカーの色は無人機や有人機、艦船を区別するようになっている。大胆にもジュリアはそれを変更してしまったらしい。


「本当に? そんな設定できるのですか?」


「整備士に聞いたらやってくれたよ。進路を選べない支援機にとっては相手が無人機か有人機かなんて関係ない。判断するのは前衛機なんだし。だから俺のモニターはポップアップしない限り二つを判別できない」


 瞬時にキャロルは思い出していた。ミハルが支援機と息が合わないなんて愚痴を漏らしていたことについて。その支援機とはジュリアだ。つまり彼はミハルの支援機として相当苦労したのだと分かる。


「まあでも慣れるまでが大変だ。マーカーを大きくしたものだから、識別番号と合わせてモニターは滅茶苦茶になる。最初はパニックになって表示を戻そうかと考えたくらいだ」


 今もなお同じ設定のままだ。しかし、ジュリアは恥ずかしいとは感じない。妙なプライドによって前衛機の支援が疎かになることこそが恥ずべきことだと思う。


「でもそんなので戦えるのですか? 全面が表示だらけになってしまったら……」


「いやできる。寧ろ凡人が天才を支援するにはそれしかない。前衛機が優れたパイロットであれば後方確認を無視するのも手だ。実際に俺はミハルの支援機をしていた頃、進路上しか確認していなかった。恥ずかしい話なんだが、後方を見る余裕はなかったんだ」


 先輩として格好つけたい気持ちもある。だけどジュリアは現実のままを語った。散々扱き下ろされたあとだ。今さら取り繕う体裁なんて残っていないのだと。


「後方は見なくて良いのでしょうか? ミハルは意識しておけって言ってましたけど?」


「それは前衛機の違いだろう。俺には後方を見なくていいと話していたぞ? 自分が見てると言い切っていた。実際にあの大戦で見せたミハルの起動は完璧だったよ。一度も後方を取られないばかりか、一機ですら彼女は抜かれていない。本当に生意気なやつだけど、俺は尊敬しているし憧れてもいる。そして何より……」


 言ってジュリアは微笑む。最終的な結論は複雑な感情ではなく、とてもシンプルなものであった。


「ミハルを信頼している……」


 前衛機に信頼がなければ不可能だ。自身の飛び方は褒められたものではないと自覚している。この返答はミハルの支援機を想定しており、ジュリアはその方法を述べただけなのだ。


「前衛機が歴戦のパイロットじゃないのならお勧めしない。俺は恵まれすぎているからね。気後れするほど優れた前衛機が俺には宛がわれている……」


 少しばかり自慢げに。ほんの少し優越感に浸りながらジュリアは話す。


「いつだって俺の前にはエースがいる――――」


 GUNSきっての二大エースがパートナーだなんて恵まれすぎだ。共に扱いが難しいパイロットであったものの、腕前は結果が示す通り。否定する隙なんてなかった。


「キャロルさんには悪いけど、俺もまたいつかミハルと飛んでみたい。もしも彼女がイプシロン基地へと戻ってきたならば、頼んでみるつもりなんだ……」


 長くエースとして君臨する大エースと新進気鋭のエース。贅沢すぎる選択を許可されるようにとジュリアは今も時間外の自主訓練を怠っていない。


「それはズルいですよ……。ジュリアさんはアイリス中尉で我慢してください。あたしだって負けません。もっと訓練します。いつもの自主訓練に加えて、ミハルの後衛機を想定した訓練だって始めますから。絶対に負けませんよ?」


「その意気だ。ミハルは姉貴に勝ちたいと話してた。どれだけ高い目標なのかも考えずに。ミハルはその一点しか見ていないと思う。きっと設定した目標を見失わないのは彼女の強さだ。真っ直ぐに突き進むあの力を俺たちも手に入れなきゃいけない……」


 成長には明確な目標が必要だとジュリアは痛感させられていた。だからこそ自身も設定している。エースが後ろを任せられるようなパイロットになろうと。


「ありがとうございます! やっぱり努力ですね。ミハルが戻ってきたとき感心するほど上達したいと思います」


 キャロルも決意を語った。教わった方法を早速試してみようと考えている。いつかミハルと共に戦う。戦争に怯えていた彼女はもういないらしい。


 高すぎる目標を立てたキャロル。平凡なパイロットを自覚しながらも、彼女は強くなろうとしていた……。

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