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Solomon's Gate  作者: さかもり
第四章 母なる星 
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通達

 セントラル基地ではいつものように朝の引き継ぎを行っていた。夜勤の当番はミハルであり、彼女は少しばかり眠たそうだ。これから仮眠を取るというのに、彼女は甘めのコーヒーを啜っている。


 特に問題もなく引き継ぎが終わり、ミハルは自室へ戻ろうとする。だが、急に基地の通信が鳴り響いた。


「LCSBF通信です! えっと場所は……ソロモンズゲート支部イプシロン基地!」


 シエラが声を張る。どうやら緊急出撃というわけではなさそうだ。しかし、通信元がイプシロン基地であるだけに全員が戸惑っていた。


「は、はい。了解です……。映像回します……」


 シエラが先方と話をし、その通信はモニターへと回されることになった。

 モニターへ映し出されたその顔に全員が即座に敬礼をする。あり得ない人物だった。早朝という時間帯であったのだが、その人物は全員の眠気を吹き飛ばしている。


『ああ結構、楽にしてくれ。朝からすまないな……』


 通信者はクェンティン・マクダウェル大将。雲の上にいるような人物からの通信に全員が固まってしまう。


『実はグレック大尉とミハル一等航宙士に用があって連絡させてもらった……』


 冒頭部分だけで隊員たちは大凡の内容を推し量っている。帰ってきたばかりのミハルを呼び戻そうとするものであると。トップシューターとなったミハルの力が必要となったに違いない。


『ミハル君には地球へ行ってもらいたい――――』


 ところが、突として告げられた話は誰も予想していないことだった。聞き間違いじゃないかと全員が眉根を寄せている。


「クェンティン大将、それはどういったことでしょう? ミハルは戻ってきたばかりですよ?」


 代表してグレックが問う。どうして地球なのかと。セントラルで生まれ育ったミハルとは縁もゆかりもないはずなのにと。


『操縦以外に余計な役割まで与えたくはなかったのだが、そうも言っていられない状況なのだ。銀河間戦争でミハル君はトップシューターとなった。またそれを成したのがルーキーであり、小柄な女性というのだから注目されないわけがない。今やどの主星圏でも救世主的に報道され、ミハル君の人気は絶大だ……』


 木星圏でも日増しに騒動が大きくなり、ミハルには取材の依頼が殺到していた。宙域の警護があるためと全てを断っているけれど、家族や友人だけでなく恩師であるグレンのところにもメディアが押しかけている。幼少時のつまらぬエピソードや個人的な内容までもがミハルを余所に報道される事態となっていた。


「地球圏では銀河間戦争に対する危機感が足りんのだ。もはや星系は一日で往来できる距離だというのに、彼らはまだ旧態依然とした距離感で考えている。だから甘く見ているのだ。誰かが戦うと他人事のように考えてしまう。従って軍部を進路とする若者が非常に少ない。戦闘機パイロット志望者に関しては火星圏の二割にも満たない状況である。ミハル君には地球でのイベントに出席してもらう。まあイベントといっても軽いトークショーと学生相手のレースに出てもらうだけだ。是非とも彼らの支持を取り付け、地球圏の人民に協力を促してもらいたい」


 要は戦意高揚を促す役目である。軍部のイメージアップにミハルは借り出されるらしい。


「どうして地球なのです? 俺は別に木星から発信したとして構わないと考えますが?」


『グレック大尉、君も経験あるだろうが、地球を含めた地球圏の人々は地球人という意識が強い。よって木星や火星での出来事に関心がないのだ。まして戦地は土星の公転軌道だぞ? 我々がどれだけ疲弊しているのかを知らしめるには地球まで赴く必要がある……』


 続けられた話には納得するしかなかった。グレック自身も経験があることだ。地球圏に住む人々は地球を離れた人間のことに関心を示さなかったのだから。


「もしかしてアイザック大将が一枚噛んでいるのでしょうか?」


 予想する通りであればミハルに迷惑をかけているのは自分だ。グレックは直ぐさま理解していた。戦意を高める意味合いだけで他閥のパイロットを呼び寄せるなんて他に理由が思いつかない。加えてクェンティンが断れなかった理由も自ずと推し量れている。


『否定はしない。だが、遅かれ早かれだ。大将がオリンポスの設置を会議にかけたときから、誰かが向かわねばならないのは決まっている。タイミング悪くミハル君にそのバトンが渡ろうとしているだけだ』


 先の大戦でトップシューターが他に現れていたら。仮定の世界線では恐らくその人物かアイリスが選ばれただろう。メディアにとって都合の良いパイロットが選出されたはずである。


「つまり司令はミハルを手放すという結論でしょうか?」


 グレックは踏み込んだ話を始めた。愛弟子が自身と同じ末路を辿るなんて、とても容認できない。自身が受けた扱いを思い出す限り、絶対に反対すべきであると。


『全力で阻止するつもりだ。しかし、大枚をはたいて獲得したグレック大尉を無償で放出してくれたのも事実。何処まで折り合えるかは分からないが、色々と代案を考えている』


 やはりただの派遣ではない。イベントは前座であって、目的が他にあるのは誰の目にも明らかだ。


「ミハルはまだ十代です。無茶な移動は教練指導者として受け入れられません。もしもアイザック大将がパイロットの異動を求められているのなら他を当たってください。何だったら俺が出向します」


 毅然と話すグレックにクェンティンは言葉を詰まらせた。このように意志を露わにする人間だっただろうかと考えさせられている。以前の彼であれば命令だと割り切っていたはずなのに。


『グレック大尉、残念だが地球人はセンセーショナルなショーを望んでいる。世俗的で救いようのない者たちだ。だが、君が望む通りに私は動いている。アーチボルトを同行させるつもりだ。奴が一緒であれば下手な行動は取れまい。ミハル君には我がフロント閥の面々と地球へ向かってもらう』


 懸念を覚えていたグレックだが、ひとまず安心を得られるような回答を得た。アーチボルト准将が同行するのであれば、悪いようにはならないと思える。


「了解しました。それでいつからになるのでしょうか? 一日で戻ってこられますか? 我々にも準備がありますので……」


『出発は一週間後だ。先方にはイベントと前夜のパーティに出席を求められている。よって前日入りし、翌日のイベント後に戻る段取りだ』


 グレックはようやく安堵の息を吐いた。現状で帰還が決定しているのなら問題はない。クェンティンは引き抜きに否定的であるし、心配事は杞憂に終わったはずだと。


 一方でミハルは黙り込んだままだ。始めから最後まで何も理解できなかった。自身が成したことの大きさを今もなお彼女は分かっていないようである。


 追って連絡があるといい急な通信はここで終わった。だが、全員が放心したまましばらく固まっている。何が起きたのかと思考し続けるしかできなかった。

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