イプシロン基地では……
GUNSソロモンズゲート支部イプシロン基地では次戦に向けての準備が始まっていた。艦隊の補修から人員の異動だけに留まらず、失われた以上の無人機が木星より運び込まれている。
301小隊の詰め所では朝一番の会議が行われており、隊長に復帰したアイリス・マックイーンの長々とした話が続いていた。
「以上が301小隊の代替パイロットだ。これで定員の二十五人となる。編成は通達した通り、問題があれば逐次報告しろ……」
アイリスは新入隊員の紹介を終え、小隊が定員に達したことを告げる。これにより301小隊は正規の訓練を再開することが可能となった。
「それでは解散とする。しばらくは班ごとの連携訓練に費やせ。だが、午後にある警備飛行は忘れるなよ?」
ようやくと会議が終わる。各々が新入隊員たちと挨拶をし、まばらに詰め所をあとにしていく。
ところが、副隊長に戻ったベイルは詰め所を去ることなく不安げな表情をしてアイリスへと近付いた。
「アイリス隊長、この時点で定員となるとはどういうことです?」
「なんだベイル、貴様はもう編成を考えなくても良いのだぞ?」
以前は一向に補充されないことを嘆いていたベイルだが、早々に補充された今回も何やら同じような不安を覚えているらしい。
「それは分かっていますが、私が危惧しているのは編成の段取りじゃありません……」
眉根を寄せるアイリス。編成についての文句を聞かされるとばかり考えていた。しかし、当のベイルは編成の段取りについて異論などないようだ。
「私の懸念はミハル・エアハルトの枠がなくなったことです――――」
ベイルとしてはミハルが戻ってくるものとばかり考えていたのだ。だから定員となった現状には疑問を覚えている。
「ああ、そのことか……」
ベイルの話にどうしてかアイリスは深い溜め息をつく。どうやらベイルが考える通りの理由がありそうだ。
「ミハルは当てにできない……」
まさかの返答にベイルは絶句する。先の大戦で大車輪の活躍を見せた若きエースが当てに出来ないだなんて意味が分からなかった。
「どういうことです? まさか病気や怪我でも?」
「いや、ミハル自身は問題ない。ただ少々ややこしい状況となっているのだ……」
益々ベイルは眉間にしわを寄せる。ややこしい状況がどのようなものであるのか彼は理解していない。
「アイザック大将に目をつけられたらしい。クェンティン司令には呆れたよ……」
「えっ? 引き抜きにあったんですか!?」
どうにも受け入れ難い話であった。先の大戦はミハルがいてこその戦果。アイリスがまだリハビリ中であるから余計に不安を覚えてしまう。
「決まってはいないが、アイザック大将はオリンポス基地のエースとしてミハルを迎え入れようとしているみたいだ。無理やり尉官級にでも引き上げるんじゃないか?」
「彼女は軍部に入ってまだ一年です。現場では半年しか働いていませんよ!? そのような昇進は不可能です!」
軍部的には二階級昇進が決定していたけれど、アイリスの話が事実であればミハルはあと三階級も昇進することになってしまう。
「ベイル、貴様も知っているだろう? 前衛機の評価基準に総撃墜数なるものがあることを……。以前からは考えられん規模の大戦が起きたのは事実だが、そのまま当てはめるとミハルの撃墜数は軽く尉官級を超えている。あいつの昇進に問題があるとすれば年数だけだ。セントラル基地だけの戦果であっても同じこと。ルーキーというだけで、ミハルは昇進を先送りにされていたんだ……」
「いやしかし……」
「しかしもクソもない。イプシロン基地に異動となったとき、私も貴様も昇進しただろ? それと同じことだ。兵士は異動のたびに昇進していく。本来ならミハルはイプシロン基地への出向だけで昇進していてもおかしくないのだ。大戦に参加しただけで下士官となっていてもおかしくはなかった。それがトップシューターだぞ? 大戦だけでも総撃墜数2972という戦果だ。尉官級パイロットの生涯撃墜数と比較して、あいつより撃墜している者がどれだけいると思う?」
アイリスの話には納得せざるを得なかった。尉官級以上であるパイロットの大半が年功序列でのし上がってきた者ばかりだ。戦果よりも世渡りにて出世した者たち。若くして評価されるパイロットは往々にして結果が伴っている。
「また大戦で無能な尉官が多く失われたことも受理される可能性を高めている。圧倒的に不足しているのだ。リーダーとなり得るパイロットが……」
「特例中の特例となりますけど……?」
「その通りなのだが、今やミハルは女神の如く持て囃されているらしい。ミハルを担ぐのは民意を汲むだけでなく、戦意高揚にも繋がるのだと軍部は考えている。パイロット不足を補うための切り札的な存在として……」
溜め息しかでなかった。ベイルは現状を嘆くように顔を振る。容易に想像できたのだ。心が折れるほどの重圧がメディアによってかけられているのだろうと。
「ミハル君は大丈夫なのですか? 一過性の盛り上がりなら良いのですけど……」
「その点は問題なかろう。ミハルは喜々として一号機を背負ったのだぞ? あいつに悩むような繊細さがあるとは思えん」
アイリスの言葉にベイルはまたも納得する。並のパイロットであれば即座に拒絶する話であったというのに、それをミハルは物怖じせず受けてしまった。明確な結果まで残すようなパイロットが外圧に屈するはずもないのだと。
「とりあえずは地球圏の戦意高揚を促すため、レースというくだらんイベントにミハルは参加させられるのだ。それは品定めも兼ねているはず。恐らくアイザック大将も視察されるだろう」
「ではそのレースで無様な結果を出せばいいのではないでしょうか!?」
妙案を思いついたようにベイルが声を上げる。アイザックが見守る前で結果を残さなければ良いのではないかと。
ところが、アイリスは顔を振った。ベイルの指摘が間違っていると言いたげに。
「あいつが負けを受け入れるか?」
思わずアッと声が漏れてしまう。ベイルはすっかり忘れていた。ミハルが超のつく負けず嫌いであったことを。演技だとしても彼女がその計画に同意するはずはない。
「ならば、どうなるというのです?」
「まあ圧倒するだろう。今のあいつに敵うレーサーがいるとは思えん。それは司令も既に覚悟されている。ミハルが三等曹士に昇進するや、間違いなくアイザック大将は手続きを始めるだろう」
「いや、それでしたらフロント閥も同様の昇進を提示したらどうでしょう!?」
ベイルは食い下がった。ミハルのフライトを間近に見た彼はどうしても諦めきれない感じである。
「ベイル、言っただろ? 昇進には異動が付きものだと。我々は既に二階級も昇進させたのだぞ? どう理由をつけて今以上に昇進させるつもりだ……?」
またしてもアッと声を上げる。ベイルは気付いていた。仮に准尉まで昇進させるとしてもあと三階級もある。既に二階級昇進したあとであれば、その理由付けが難しい。
「まさかグレック大尉と……同じですか?」
静かに頷くアイリスを見ると、再び溜め息が出てしまう。グレックが好待遇で地球圏へ異動させられたこと。そこで彼が苦労したのは有名な話なのだ。
当時、地球圏では輸送船を荒らす大海賊団に手を焼いていた。殲滅作戦を何度も試みたけれど、返り討ちに遭い多くのパイロットを失っていたらしい。そこでアースリング派閥は木星圏のルーキーに着目する。手に入れた情報を全て精査し、そのパイロットを必ず手に入れようと考えた。彼であれば大海賊団の殲滅を成し遂げてくれるだろうと。
一等航宙士の引き抜きであったが、アースリング派閥はフロント閥に多額の資金と資材を提供し、グレックには二階級昇進という破格の待遇を提示した。フロント閥は了承し、パイロットとして極めようとしていたグレックもまたその申し出を受け入れてしまう。
異例の好待遇はグレックを孤立させた。僚機の協力を彼は得られなかったという。二階級という異例の昇進が同僚たちの反感を買ったのだ。
「アイザック大将にはその昇進を可能とするだけの力がある。グレックのときよりも実績と知名度があるのだから、容易いことだろう。段階を踏みながらも最終的には尉官級まで引き上げてしまうはずだ。また知っての通りクェンティン司令は借りがある。アイザック大将が本部の承認を得られたのなら断り切れないだろう……」
完全に外堀が埋まっているような感じである。ミハルに拒否権がないことはベイルにも分かった。クェンティンが同意してしまえば彼女の戦場はオリンポス基地になるのだと。
「現状の編成はもうミハル君を諦めているということでしょうか?」
所属パイロットが定員に達したこと。それが意味するところをベイルは察している。けれど、問わずにいられない。確認するまで諦めきれなかった。
「まあそうなる。ミハルにはパイロットを辞めるか異動するかの選択しかない。またミハルならば異動を受け入れるだろう。あいつは戦うことから逃げないはずだ……」
無茶な異動を押し付けられた場合は逃げ道があったというのに、誰もその可能性について考慮していないようだ。ミハルであればと全員が考えているらしい。
「我々は以前よりも弱体化した編成で戦うのですね……?」
「失礼なやつだな。ベイル、言っておくが私はミハルに劣っていないぞ? 失われた戦力分も私が撃墜してやる!」
「しかし、隊長はリハビリ中でしょう!? まだ医師の許可が下りていませんし、万全ではないはずです!」
義足の具合がベイルは気になっていた。一応は航宙機に乗っているけれど、それはリハビリの一環でしかなく完全復活とは考えられない。
「ふん、貴様は心配性過ぎる。ジュリアに目処が立った今、私は前回よりもずっと上手く飛べるのだ。私の義足なら少しも心配ない!」
「ですが、義足のレスポンスに不満があると聞いています。だから調整を繰り返しているのでしょう? 医師の許可が得られないのもそういった部分であると……」
「馬鹿なやつめ。調整は些細な問題だ。私は少しの違和感も残したくないだけ。それは医師も同じこと。お偉い先生方はあとで訴訟を抱えたくないだけだよ。私の心配をするよりも腕を磨けよ、ベイル准尉。それに私の義足が信頼に足るものであるのは明らかだ。なぜなら私の義足は……」
自信満々にアイリス。ドヤ顔を見せながらベイルに告げた。
「新品だからな!」
ベイルは唖然と言葉を失ってしまう。よりによって心の拠り所が新品だとか不安を覚えて仕方がない。
「当たり前のことを自慢しないでください……」
「貴様、私の義足が直ぐに壊れると思っているのか? 見ろこの美しい義足を!」
言ってズボンをまくし上げるアイリス。流石に直視できなかったけれど、チラリと確認したものは本当に義足だと思えない。透き通るような色のスキンがアイリスにピッタリだった。
「まあ了解しました。違和感が早く解消されることを望みます」
「そうしてくれ。我々は軍人だ。元より与えられた場所で働くしかない。仮にミハルがどこへ異動しようと同じ宙域にいるはずだ。前線で戦う我々に派閥は関係ない」
ようやくベイルも吹っ切れていた。確かに同じ宙域であれば僚機に他ならない。隣にいないのは不安にも感じるけれど、人類の守護者として戦うのなら同じ立場である。
敬礼をしてからベイルは詰め所を去って行く。先に訓練へと向かったパイロットを追いかけるようにして。
残されたアイリスはらしくない表情である。ベイルを宥めた彼女であったけれど、心配事は尽きない感じだ。
グレックはどうなるのだろうか――――と。
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