ミハルがいない午後
日曜日の午後。寝坊したミハルが慌てて競技場へと向かったあと、用事もなかったキャロルは二度寝していた。気付けば正午を回っており、彼女は遅めの昼食を取るため食堂へと来ている。
「今日はどうしよっかなぁ。実家に戻ってもすることないし……」
全寮制であるのだが、日曜日は外出自由だ。さりとて休日を実家で過ごす生徒は概ね土曜の夜から帰省している。よって言葉とは裏腹に、キャロルは実家へ戻るつもりなどないのだろう。
いつもより空席が目立つ食堂。パスタセットを購入したキャロルは長テーブルの端へと着席していた。
「ここいいか?」
黙々と食べていたキャロルだが、不意に声をかけられている。視線を上げるとそこには背の高い男の子の姿。かといって知らない顔ではなかった。
「ニコル君……」
キャロルは薄い目をして彼を見ている。どうやら彼女はニコルの用事を察しているようだ。
「他にも空席はあるじゃない? それにミハルはいないわよ?」
事あるごとにニコルは二人に突っかかっていた。しかしながら、別にニコルがいじめっ子というわけではない。
「ミ、ミハルは関係ねぇよ! ちょっとキャロルに用があっただけだ……」
ミハル自身が感付いているかは定かでなかったものの、キャロルは明確にニコルの感情を理解している。なぜなら言動の全てがミハルへと向けられていたのだから。
「ああそう? じゃあ、何の用なの?」
どうせ暇であるのだし、キャロルは要件を聞くことにした。
航宙士学校に入ってから、ニコルはずっと二番手である。つまりは一度もミハルに勝ったことがなかった。入学当初はライバル心を剥き出しにしていただけなのだが、年齢を重ねるにつれて、その想いは変化している。
「いやその、ミハルはレーサーになるつもりなのか?」
またもやキャロルは薄く蔑むような視線を送ってしまう。先ほどミハルは関係ないと聞いたばかり。まさか続けられた話題までミハルに関することであるとは流石に思わなかった。
「どうしてそう思うの?」
「本来なら今日は俺がオープンレースに参加する予定だったんだ。急にミハルが出場することになるなんておかしいだろ? あいつはまだ就職先が決まってねぇし、就職活動すらしちゃいねぇ。就職指導室へ行ったのも一度しかないしな……」
色々と知りすぎだとキャロルは思った。
基本的にクラスが違うため、ニコルと会話をする機会は休み時間のみだ。なのに彼はミハルがまだ就職先を決めていないことや、試験さえ受けていないことを知っている。
「気になるのなら、本人に聞けばいいじゃない? あたしに聞くと高くつくわよ?」
ニヤリとキャロル。どうやら彼女は情報の対価を求めている感じだ。
「ちくしょう……。ならデザートを奢ってやる。教えろ……」
キャロルにとって与し易い相手である。労することなく、彼女は食後のデザートをゲットしていた。
「毎度ありぃ。情報としてはレーサーになんかならないと思うよ。恐らく実家に戻るんじゃないかな? ミハルはなぁんにも考えてないし」
「マジかよ? 実家ってメモリアルストリートにある豪邸だよな? 爺さんがエウロパの不動産で大儲けしたとか……」
正直に気持ち悪いと思う。確かにニコルが話す通りであるけれど、探偵でも雇ったのかと考えてしまうほど、ニコルは調べ抜いている。
「そそ……。だからミハルがあくせく働く必要なんてないの。残念だけどミハルは卒業したら、もう航宙機にはかかわらないはず。もしも将来について考えていたとしたら、航宙機以外の道でしょうね」
「嘘だろ!? あいつほど操れるパイロットなんていねぇぞ? 絶対にトップレーサーになれるってのに!?」
「あたしに言われてもね。ここ数年、ミハルが自主練習してるのって見たことある? たぶんミハルは航宙機への興味を失ってるのよ。本当に残念だけど……」
キャロルの説明にニコルは肩を落とす。ミハルは想い人であると同時に唯一のライバルであった。その彼女が航宙機の高みから去ろうとしているなんて残念極まりない。
まるで心に大きな穴が開いたかのようだ。直ぐには消化しきれないといった風にニコルは長い息を吐いている。
そうなのかと小さく呟きニコルは立ち上がった。落胆を隠そうともせず、寂しげにテーブルを去って行く。
「ちょっと待ってよ、ニコル君!」
どうしてか呼び止めるキャロル。かといって、彼を慰めるつもりはないはずだ。なぜなら彼女はニヤリと悪戯な笑みを浮かべていたから。
「まだデザート奢ってもらってない!――――」
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