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Solomon's Gate  作者: さかもり
第三章 死力を尽くして
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警備飛行

 翌日の目覚めは最悪だった。自室に戻った後も泣き続けたミハル。キャロルに慰められはしたものの、悔しくて情けなくて馬鹿らしい自分に涙していた。


 結果として瞼を腫らしたまま、詰め所を訪れる羽目に……。


「失礼します……」


 午前中はベイルが会議とのことで部隊連絡はない。スケジュールにある通り、警備飛行を行うだけである。それはカザインの偵察機を撃墜するためのもの。本隊がゲートまで到着していない今も、カザインは毎日のように偵察機を送り込んでくるのだ。


 午前中は301小隊の割り当てである。一班と二班が二時間飛行し、残りの三班で三時間を警備する予定だった。


「ゲートE側か……」


 ミハルの一班がE方向側を担当し、二班がW側を担当することになっていた。少人数での警戒はカザインの戦闘準備が整っていないからである。ゲートには先の大戦に参加しなかった戦艦が居座るだけであり、偵察機もそれらの艦隊から送り込まれたものだ。


「おう、エース。その顔じゃあジュリアの説得は無理だったようだな?」


 ダンカンが自機の前で待ち構えていた。冴えない表情のミハルを見てはそんな風に聞く。


「ええ、まあ……」


「だとしたら俺のすることは一つだ。ベイル副隊長が戻られたら、昨日のデータを見せるぞ? その場でミハルは支援機を募るんだ」


 言葉もなくミハルは頷いた。もうジュリアが支援機となる未来はないだろう。他の隊員に頼み込むしか道は残されていないはずだ。


「お前さんは警備飛行の間に頭を冷やしておけ。時には頭を下げることも必要だ……」


 真摯に受け止めるべき話である。昨日は頭を下げるどころか、感情的になりすぎていた。もしも最後まで頭を下げ続けていたとすれば異なる今があったかもしれない。


「スコットたちはもう発進したようだぞ? 早く行け。頭をリセットしてこい」


 警備飛行だというのに、ダンカンはまるで危機感を持っていない様子。しかし、それはダンカンだけの話ではなく、基地にいる誰もが楽観的に考えていた。ゲートに存在するカザインの艦隊が少数であることや、偵察機しか現れない現状も楽観視する一因である。


「了解。気晴らしになると良いのですけど……」


 ミハルは航宙機に乗り込み、直ぐさま宙域へと出て行く。先に発進した班員たちを追う。

 ただ、またしてもミハルは単機である。班員であるスコットとマークは既に二機編隊を組んで警戒宙域へと到着していた。


「まあ仕方ないね……」


 現状は自業自得であるけれど、無意識に溜め息が零れてしまう。

 仮に支援機を引き受けてくれる者がいなければ、ミハルは単機での戦いを強いられるのだ。そんな悲観的な思考が彼女を悩ませていた。


『中央管制より通達。警備中の全機に告ぐ。ゲートより小型機が多数飛来した。偵察機と思われる。直ちに撃墜せよ』


 唐突に通信が入った。中央管制より伝えられたそれは偵察機の撃墜命令だ。ミハルは直ちにレーダーを確認する。


「五機? 普通は一機だけだって聞いたけど……」


 偵察機は二機同時に現れることもあったが、概ね単機で飛来していた。単機で現れては直ぐにゲートへ戻っていく。映像を記録するだけの偵察が大半である。


『中央管制より全機に! 追加的な侵攻を確認した。その数四十。偵察機の護衛であると思われる。一機たりとも帰還させてはならない。偵察機を優先しつつ、全てを撃墜せよ!』


 いよいよ聞いていた内容と異なる。この数は小競り合いという規模を完全に超えていた。


「護衛……? てことは戦闘機!?」


 レーダーにはしっかりと四十五機の表示があった。その中で偵察機は五機である。ゲートに近いところを飛ぶ機体がそれであろう。


「セラフィム・ワン了解! 迎撃します!」


 ミハルはスロットルを踏み込みゲートへと近付く。鬱憤晴らしの機会が与えられたとばかりに一団へ取り付いていた……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 同刻、スコットとマークは動揺していた。


「管制! 援軍はどうなっている!? E側にある警戒機はたった三機だぞ!?」


『管制応答。セラフィム・スリーは指示通りに機動せよ。増援は準備に入っている。今しばらくは現状のまま戦闘を継続……』


 予期せぬ侵攻にまるで準備が整っていないようだ。増援が到着するまで、ある程度の時間が必要になるだろう。


「おいスコット! あいつはどうするんだ? 単機だぞ!?」


 四番機のマークがスコットに聞いた。あいつとは班員であるミハルに他ならない。


「俺らが守り切れると思うか? 俺たちは二人とも後衛機だろうが……」


 この交戦は最悪のタイミングだった。ベイルが会議中であったため、E側の警備飛行は三機しかいない。そのうちの二機は後衛機であるし、残る一機はルーキーなのだ。


「セラフィム・ワン応答せよ。E側は敵機が多く飛来している。お前は一旦引いていろ!」


 スコットは苦肉の策としてミハルに後退を命じた。流石に見殺しにはできなかったようである。


『いえ、戦います。こちら側には三十機近い数がいますから。二手に分かれて撃墜していきましょう』


 意外にも勇敢な応答があり、スコットは考えさせられてしまう。さっさと引いてくれれば悩まなかったというのに、スコットにとって魅力的な提案は判断を鈍らせていた。


「できるのか……?」


『やります。やらせてください……』


 追加的な言葉に迷いはなくなった。スコットはスロットルを踏み込んでいる。


「セラフィム・ワンはE方向より進入! 俺たちはW方向から攻める!」


『セラフィム・ワン了解!』


 せめてもの気遣いとしてスコットはミハルにE方向を指示。ゲートの外側から侵攻すれば挟み撃ちにされる心配が少ないからだ。


 これより誰も予期しなかった交戦が始まる……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ミハルは指示通りにE方向より回り込むような機動で一団に取り付いていた。


「CA18シュート!」


 全機が無人機である。ただし、全てが偵察機よりも前方にせり出し、偵察機の探査を守護するように飛行していた。


「次は……」


 単機であったから少し緊張している。照射ラグを考えると無駄弾は撃てない。支援機がいない現状はミハルの集中力を高めてもいた。


 ところが、ミハルの集中は長く続かない。不意に届いた部隊内通信に彼女は気を取られてしまう。


『マーク! フォローしろ!』


『後方を取られてる! 何とかしてくれ!』


 後衛機二人の怒鳴り合い。誘導も支援もままならないようだ。

 ミハルは自分の事で手一杯であったものの、遠く離れて戦う彼らの声がどうしても気になってしまう。


『うあぁっっ! スコット!!』


 遂には被弾したかのような声。レーダーを見る限りは両機共に失われていないようだが、危機的状況であるのに疑いはない。


「ああもう! 放っておけないっ!」


 堪らずミハルは持ち場を離れていた。直ぐさまW方向へと突き進む。彼らの危機はミハルにとって他人事ではない。二人はミハルを気遣って敵機が集中している中央を請け負ってくれたのだから。


「落ちろっ!」


 マーク機の背後に回っていた二機を立て続けに撃墜する。ミハルは宙域を旋回するようにして撃ち落としていく。


『セラフィム・ワン!?』


「早く私の後ろにつけてください! マークさんは動けるのですか!?」


 無意識に指示していた。やっかまれているのは重々承知していたが、現状はそんな軋轢を気にする場合じゃない。被害が拡大する前に態勢を立て直す必要があった。


『セラフィム・スリー了解! 頼むぞ、セラフィム・ワン!』


『すまない……。俺の機体はスラスターを損傷した。離脱する……』


 二人共が即座に反応する。彼らとて我を通す場面かどうかは理解していた。無理をして戦闘に加わる意義や、慣れぬ前衛を続ける意味。彼らは戦況を好転させる最善策を選んだにすぎない。


「UW方向より進入、CA20チェック……」


『了解、CA08及びCA11フォロー』


 E側は完全に押し込まれていたものの、支援機を得たミハルは戦えると思った。自身の機動に対するフォローは期待通り。ならばとミハルはその次を見据えていく。


「CA20シュート、CA29チェック!」


『CA15フォローだ!』


 初めてのコンビではあったが、まるで問題にならなかった。流石はエース部隊に配備されるパイロットだ。スコットは前衛だった先程までが嘘のように的確な機動を繰り出している。


 互いの能力を二人して確認していた。言葉にこそしなかったけれど、淡々と交わされる機動通知はコンビネーションが潤滑である証しに違いない。


 二人は最優先ターゲットである偵察機を真っ先に撃ち落とし、尚も残る無人機の掃討を始めていた。


 程なく援軍が到着。既に大半を撃墜していたのだが、ミハルたちはここでお役御免となるらしい。まだ戦えたけれど彼女たちは管制の指示に従っている。


 ミハルはドックへと戻っていた。若干疲れた表情をして、ダンカンに機体の具合を説明している。


「ふはは! 早速戦闘とはミハルもツイてないな! いや、幸運だったのかもしれん。成り行きとはいえ支援機ができたのだからな!」


「やめてくださいよ。今のは行きがかり上の編隊なんですから……」


 機体データに目を通しながら、ご満悦のダンカン。この度の計測値も満足いくもののようだ。一通りの確認を終えると、ダンカンはミハルに視線を合わせた。


「昼にある部隊連絡には俺も出席しよう。こうなったらスコットに頼み込んでしまえ。やつの支援なら間違いない。昔はアイリス隊長の支援機をしていたほどだ」


 先ほどの適切な支援はやはり彼の腕前であるようだ。ミハルの狙いを確実に察してくれていたし、グレックの支援と比べても遜色はなかった。


 二人が話し込んでいると、

「ミハル!」

 不意に大きな呼び声がした。


 即座にミハルが振り返ると、そこには先ほどコンビを組んだスコットの姿がある。パイロットスーツを着込んだままの彼は降機して直ぐにミハルの元へと来たようだ。


「お前が来てくれて助かった。マークが生き延びたこともミハルのおかげだ。感謝する」


 感謝される覚えはない。ミハルだって支援を受けたのだ。二人は共に戦闘機パイロットとしての責務を全うしただけである。


「いえ、マークさんが無事で良かったです……」


 短い会話が交わされた。親密とまではいかなかったものの、スコットはミハルが前衛機を買って出てくれたことを素直に感謝している。


 軽く手を上げて去って行くスコット。心なしか笑みを浮かべているようにも見えた。


 ミハルは去って行く彼の後ろ姿をしばし眺めている……。



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