アナウンサー志望
「ええ!? ミハルさん、本気ですか? アナウンサー志望!?」
「はい! セントグラード放送局を受けたいです!」
面談開始五秒で眉根を寄せたのはグレン教員である。やはり就職指導の教師でさえも困惑する希望のようだ。
「大道具係でしたら受かるかもしれませんが……」
「ア、アナウンサーです!」
ミハルの指摘にグレンは首を横に振った。彼は直ぐさま端末を操作して、何かの資料を呼び出している。
「貴方の一般学科成績です。これで受かると思いますか? ちなみにセントグラード放送局は大卒以上の学歴が必要ですね。またアナウンサーは身長制限もあるようです。150センチしかない貴方は、その条件を満たしていません。どうしても放送局がいいというのなら、条件が設定されていない大道具係しか……」
再度アナウンサーですっとミハル。ところが、グレンの表情から色よい話が聞けそうな予感はしなかった。
「ミハルさん、貴方は操縦しか取り柄がないのですよ?」
胸に突き刺さる一言である。確かに一般学科は酷い。こうして一覧にされると改めて思う。進級に必要な最低点で綺麗に纏められていた。
「でも、私……」
「操縦士の何が不満なのです? このような時期になったとはいえ、貴方の実技成績ならば引く手数多ですよ? 六年間の学科成績を完全になかったことにできるのは貴方くらいです!」
もはや褒められているのか貶されているのか分からなかった。単に馬鹿だと扱き下ろされているのか、或いは天才パイロットだと称えられているのか。
「私はここへ入学する前は航宙機に乗るのが大好きでした。でも、今ではその熱も冷めて、どちらかというと楽しめていません……」
ミハルは語った。希望就職先のわけ。操縦系の職種を選ばない理由を。
それはグレンにとって取るに足りない理由であったが、ミハルには重要だった。仕事としてつまらなく飛ぶくらいなら、いっそ距離を置こうと決意していたのだ。
「熱意ですか? それは貴方が常に一番だからでしょうか?」
「そういうわけでは、ないですけど……」
ミハルは言葉を濁す。けれど、それは明白だった。明らかに張り合いがなくなっている。彼女はこと操縦において、ある種の達成感を覚えてしまったのだ。
「それならミハルさん、貴方は来週ここへ行ってください。つまらないとは思わなくなりますよ? 仮にも航宙士学校の生徒なのですから、貴方はフライトを楽しんでください」
言ってグレンはミハルのギアにパンフレットデータを送信する。
どうやら学校行事ではないらしい。それは来週末に行われるイベントの資料だった。
「オープンレース? 何これ?」
見出しに書いてあったのはオープンレースという文字。また挿絵から想像できたのは公営ギャンブルであるグランプリレースに他ならない。
「こんなの無理です! うちの両親は堅物なのでギャンブルとか以ての外ですし!」
「ミハルさん、心配ありませんよ? これはただの催しです。レースを模したゲームですからね。セントラル区画の若きパイロットが集まって競争するだけです。本校はセントラル区画の航宙士学校枠として毎年出場しています。その出場者にはニコル君を指名していたのですが、貴方に行ってもらいましょう」
「ちょっと待ってください! 私、参加するなんて一言も……」
「ミハルさん、確か航宙論の試験結果は要補講でしたよね? 私の担当ですので免除することも可能ですが……。まあ貴方が長期休暇を満喫したくないというのでしたら無理にとは言いませんけれど……」
「ぐぅっ……」
妙な声を漏らす。確かに学期後にある長期休暇の真ん中に補講が入っていた。その補講が邪魔になって、ミハルは大した計画が立てられなかったのだ。もしもそれが免除となるのなら、レースに出るくらいは何でもないことかもしれない。
「分かりました……。じゃあ、そのレースにでます。でも、ちゃんと約束は守ってくださいよ!?」
「勿論です。ちなみに我が校は直近十年間で一度の負けもありませんからね?」
念押しのつもりが、逆にプレッシャーをかけられてしまう。
ただミハルには自信があった。名門セントグラード航宙士学校でずっと一番だった自負がある。同じ年頃のパイロットに後れを取るとは思えなかった。
「次回の面談はレースが終わったあとにしましょう。貴方の気が変わっているかもしれませんし……」
ミハルは何も答えなかった。もとい気が変わるなんてあり得ないと考えていた。だから、小さく頭を下げるだけで挨拶とし指導室から退出する。
補講免除に対する条件はレースへの出場のみ。優勝しろとは言われていない。
ミハルはその真意が掴めずにいた。ギアに映し出されるパンフレットを不思議そうに眺めているだけだ……。