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Solomon's Gate  作者: さかもり
第二章 星系を守護する者たち
23/226

語られる過去

 カザインのメッセージが世間に公表されてから既に二ヶ月が過ぎていた。


 この間に各エリアにて人民投票が行われ、尚且つ結果を持ち寄った議会でも更なる投票を行った。しかし、結論に変わりはない。大方の予想通り、カザインの勧告には従わないとの結果になった。


 既にカザインが定めた交渉期限は過ぎている。だが、人類は返答していない。許諾でない返答などすべきではないと判断されたからだ。最早、銀河間戦争は確定した未来となり、古今未曾有の大戦が幕を上げようとしている。


「ミハル、最後は艦船の中央に撃ち込んでやれ!」


「えっ!? 照会したデータベースには中央にSBFがあることになってますけど!?」


 二ヶ月という期間にミハルは六十回もの出撃を経験している。毎日のように出撃機会があり、前衛機にも随分と慣れていた。


「気にするな。流石に大型艦船の足を止めるには推進機を破壊するしかない。爆散すればそれまでのことだ……」


「りょ、了解です……」


 本日は宇宙海賊と戦っていた。敵航宙機二十機に母艦である艦船が二隻。規模としては最大クラスの宇宙海賊である。だが、既に航宙機群は行動不能に追い込んだ。残すところは二隻の艦船のみ。


「照準、USC1チェック……」


 セミオート射撃も習得とまではいえないものの、自分のものに出来つつある。フルオートよりも精度を上げられたし、今となってはフルオート射撃に不安を覚えてしまう。


「USC1シュート!」


 ミハルのセミオート射撃が母艦を貫く。確実にSBFを撃ち抜いたはずだが、幸いにも爆散は免れていた。


「こっちも片付いたぞい!」

「バゴスさん、宙域管理局に通信してくれ! 俺は統轄本部に任務完了を伝える」


 相変わらず先輩たち二人は見た目と戦果が一致していない。たった二名で主要宙域の守護を任されるだけはあった。


 任務を終え基地に戻るや、ミハルは直ぐさま降機して整備士のファーガスと機体の確認を始めている。不具合や違和感、その他感じたことを全て。ミハルの機体はまだ調整段階であり、完成するまでには地道なセットアップを必要としていた。


「おい、ミハル!」


 そんな折、グレックに声をかけられた。その表情から予感するのは小言に違いない。


「もっと宙域全体に気を配れ。三機目のログを確認しろ。あの機体はバゴスさんに任せるべきだ。あの場面でお前が狙うべきはUS11だった。お前は後方視野が甘すぎる。全方位を注視しておけ。レーダーは決して嘘をつかない。宙域の情報は全てコックピットにある。見落としはお前がそれを活用できていないだけだ……」


 戦闘機はレーダーを兼用した全面モニターを採用していた。広範囲に確認できる二次元レーダーも任意で表示できるのだが、基本的には全面モニターにて戦況を確認する。


 全面モニターはいわゆるパイロット視点のレーダーであり、僚機や敵機の識別から距離や高度差まで一目で分かるようになっていた。ただし、後方確認だけは操縦桿の奥にある背面ウインドウを使用する。


「すみません。気をつけます……」


 新人としては十分すぎる戦果を上げ続けているミハルだが、戦闘のあとは基本的に小言を聞かされるだけだ。褒められたのは最初の出撃時にもらった及第点だけである。


「おい、グレック。近頃の若いもんは褒められて伸びるもんじゃぞ? もう少し褒めてやったらどうだ?」


 苦言を並べるグレックに降機したバゴスが口を挟んだ。彼はグレックと違ってミハルのフライトを評価している。上官ではなかったから指導などは遠慮していたのだが、流石に気になってしまったらしい。


「俺はミハルのために指導しています。並のパイロットでミハルが満足するのなら、ここまでは要求しない。アイリスに挑もうってやつが、この程度では話にならん。アイリスに勝つことはエースになるということ。つまりミハルは軍部一のパイロットを目指している。俺はその手助けをしているだけですから……」


 言ってグレックはドックを後にしていった。指導に関して改めるつもりはないようだ。恐らくは今後も厳しく接していくことだろう。


「嬢ちゃん、腐ることはないぞ? あやつは過去を引き摺っているだけじゃ。本心では間違いなく認めている。じゃが、嬢ちゃんが目指すところが高すぎて、やつは躍起になっておるんじゃ」


「私のためだってことは分かっています。私はアイリス中尉に勝ちたい。だから、教えてもらうことは全て習得するつもりです」


 強い意志をバゴスは感じていた。並の精神力であれば、とっくの昔に投げ出しているように思う。それだけグレックはミハルに厳しく当たっていた。


 溜め息を吐くのはバゴスだ。難しい顔をして何か思案している。その表情は自身の取るべき行動に葛藤を覚えているかのようだった。


「グレックはのぉ、その昔アイリス・マックイーンの上官じゃった……」


 ようやく重い口が開く。バゴスにより語られるのは随分と過去の話。アイリスが初めて部隊配属をした八年前の出来事である。


「セントラル訓練所を首席で卒所した鳴り物入りの新人。それがアイリス・マックイーンじゃった。当時グレックは十二番隊の新隊長となっていての、彼女はグレックの十二番隊へ配置されていたのじゃ……」


 グレックがアイリスを知っていたのは同じ部隊で戦った経験があるからのようだ。新隊長に新隊員という立場は双方の思い入れをより強くしていたに違いない。


「完成された感のあるアイリスじゃったが、グレックは毎日のように厳しい指導をしていた。その徹底的な指導の下で明らかとなったのは、アイリスというパイロットが実はまだ輝きを放つ前の原石であったということ……」


 ミハルは息を呑んでいた。その話が事実であれば、秘められた才能が発する煌めきは想像を絶する。


「アイリスとて簡単に殻を破ったわけではない。長く燻っておったが、切っ掛けとなったのは些細なミスじゃった……」


 ミハルは黙ってバゴスの昔話に耳を傾けている。寧ろ知りたく思った。圧倒的な才能が目覚める瞬間について。


「GUNSが手を焼いていた大海賊団との交戦中じゃった。アイリスはいつも通りに前衛機を努めておったわ。じゃが、その日はいつも以上にキレがあっての。本人もその調子を実感しておって、前方に現れる敵機をことごとく撃ち抜いておった。しかし、そこで集中しすぎたアイリスはミスを犯す……」


「えっ!? 何をしてしまったんですか!?」


 思わずミハルは口を挟んだ。相槌だけでは我慢ならず、感情のままに疑問が口をついてしまう。調子が良かったのに失敗するなんて。あのアイリス・マックイーンがミスをするなんてと。


「レーダーの見落としじゃよ……」


 一拍置いて語られたことはミハルの心情を激しく揺さぶる。息が詰まりそうだ。ミハルも覚えのあるその言葉に胸を刺されたような痛みを感じていた。


「大乱戦じゃったからな。前方に集中していたアイリスはおろか、彼女の後衛機も気付いておらんかった。よって一概にアイリスは責められん。しかし、その見落としにより戦況は一変した。大きく裏を取った二機は手練れだったんじゃ。高低差をつけ背後から接近し、まずはアイリスの支援機を撃ち抜く。そこから隊は統率をなくしてしもうた。良いように掻き回され、儂らは編隊を維持できんかった。中隊規模で投入されたはずの航宙機隊は気付けば半数にまで減っておったなぁ……」


 グレックとバゴスに加えアイリスまでいた中隊であっても苦戦を強いられたという。ミハルは当時の戦闘がどれほど苛烈であったかを思い知らされている。


「初めて後衛機を失ったアイリスは動けなくなっていた。切れのあるフライトは影を潜め、凡庸なパイロットに成り下がっておった。それでもグレックが奮闘し、儂らは最小限の被害で乗り切れるはずじゃった……」


 連続する過去形に嫌な予感を覚えた。現実から結果を考えればグレックもアイリスも語り部であるバゴスも無事である。しかし、良くないことが起こるのは明らか。


「取り乱したアイリスはな、失敗を取り返そうとムキになった。大人しくしておけば何事も起こらなかったのじゃが、あやつは強引な機動をして敵機を追いかけ始めたんじゃ。そしてアイリスは一機の後方を捕らえる。無理矢理に回頭したにもかかわらず、爆散せぬよう正確に撃ち抜いての……」


 これで終わりだろうか。ミハルは意表を突かれたような顔をしている。まだ何も起こっていない。危惧したようなことは何もなかった。


「全ては裏目に出た。爆散せぬよう撃ち抜いたまでは良かったのじゃが、またもアイリスはレーダーを見落としていた。その機にはグレックが張り付いていて、既にチェックを宣言していたのじゃ……」


 まるで分からなかった。このあと訪れるだろう展開がどういったものであるのか。ミハルは確実に起こるだろう問題を想像できずにいる。


「アイリスが仕留めた敵機は運悪くグレックの進路を塞いだんじゃ。それをグレックは避けられんかった。これにより敵機は元よりグレック機も機動停止となってしもうた……」


 何も声がでなかった。ミハルはただ絶句するだけ。レーダーの見落としは些細なミスかもしれない。だが、ミスが重なると大惨事になり得る。もしもアイリスがどちらかで気付いておれば、被害は軽減できたはずだ。


「グレックは命こそ取り留めたものの左足を失った。じゃが、アイリスを責めることはなかった。どんなに上手く飛んだ時にも苦言を並べていたのに、実際に失敗した折には何もいわなかったんじゃ……」


 どうやらアイリスはミハルと同じような指導を受けていたらしい。

 かつてグレックは義足であることを主義だと話していた。しかし、それは違うとミハルは思う。彼のそれは指導者としての贖罪。亡くなった者たちへの懺悔に違いないと。


「とにかくこれがアイリスには堪えたらしい。泣くほどに責められていた方が楽じゃったのかもしれん。その日から確実にアイリスは変わっていった……」


 ミハルはグレックの指導を嬉しく感じた。口やかましく視野について言われるのは、全てアイリスの指導から得たもの。同じ過ちをミハルに繰り返させないためだった。


「バゴスさんは宙域視野をどうやって保っていますか?」


 思わず聞いてしまうミハル。バゴスは僚機に違いなかったが、指導官でもなかったというのに。


「儂か? 何とも儂が色をつけて良いのか分からんが、せっかくじゃから先達として言わせてもらおうか……。宇宙に存在するのは嬢ちゃんだけじゃない。嬢ちゃんの知らぬところでも宇宙は動いておるし、時は刻まれていく。隠された宇宙を知りたくはないか? 儂と話をする今だって、どこかでグレックは何かをしとるんじゃ。それがここから見えるかの?」


 バゴスの問いにミハルは首を振った。見えるわけがない。ドックにいながら隊長室かオペレーションルームにいるだろう彼が見えるはずもなかった。


「そう思うじゃろ? じゃがな、ギアをこうすると……。ほらの! やつは隊長室におるぞ! きっと昔を思い出して腹を立てておる。酒でも飲んでいるに違いない!」


 冗談ぽく話をしたのはバゴスの配慮だろう。指導者でもない自分の意見を伝えること。若しくは厳しく当たる上官の気持ちを推し量れるようにと。


「要は知ろうとしなければ分からんのじゃ。知ろうと思えば分かることでもの……」


 ミハルは当たり前のことに酷く感心していた。ギアで探査すれば登録者の位置情報など直ぐに分かるのは誰でも知っていることなのに。


 目で見えない場所がある。けれど、知りたいと思えば可能にできる術があった。ミハルは使いこなせていないだけ。レーダーにある情報をミハルは知ろうとしていなかった。


「分かりました! やっぱり私は何も見えていませんでした! もっとレーダーから読み取りたい! 私はもっと知りたいと思う!」


「ああ、良い子じゃな。お前さんはきっと上手くなれる。アイリスもこれくらい素直なら可愛げがあるというのになぁ」


 がははと笑ってバゴスもドックを後にしていく。

 取り残されたミハル。自分でもギアを操作してグレックやバゴスの居場所を見てみる。とても単純なことであったが、目で見る以上のことができた。


 前方だけじゃない。上下も左右も後方も全てを知ろうと思う。ずっと世界が拡がるはず。無限に拡がる宇宙空間の隅々までもを見通してみたくなった。


「ファーガスさん!」


 ミハルは直ぐさま駆け出して一服中のファーガスにお願いをする。今すぐにもう一度飛べるかどうか。やるべきことを理解した彼女はいてもたってもいられなかった。


 アイリスとて最初からできたわけではない。ミハルは当時の彼女よりも早く習得したかった。同じ年頃のアイリスには絶対に負けられないと意気込んでいる。

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