調印
遂にミハルは壇上へと呼ばれていた。
幾重にも重なったパーティードレスのような衣装。かなり歩きづらかったけれど、友好の架け橋となるためミハルは現地の装いでの参加となっている。
誰もいない謁見の間。しかし、電波の向こう側には何十億という人たちがいると分かってもいた。
「皆様、ミハル・エアハルトと申します。このような格好ですけれど、一般人です。友人であるベゼラ殿下が是非にということでご挨拶させていただいております」
冒頭はキャロルに考えてもらった。失礼がないように、適切な言葉を選んでいる。
「それで私は戦闘機パイロットです。軍へ入った切っ掛けは大戦とは無関係。だけど、私は前線に招集されています。十九歳になったばかりでした。その一年前は学生であって、平穏な毎日を過ごしていたというのに」
戦闘機パイロットであることを隠すつもりはない。友好のためであったとして、嘘などつけなかった。
「二戦目から最後まで前線で戦いました。この二年は星系のために戦う毎日。思い返すと心労ばかりでしたね。それでも、どちらかが勝つしか戦争は終わらない。だから、私は私に出来ることをこなしたつもりです」
思い出されていく。初めてセントラル基地に降り立ったとき。アイリスの背中を追いかけて、奮闘した日々を。
「私はもう戦闘機パイロットを辞めるつもりです。きっと平和になるから。二つの星系は今日を境にして、平穏を取り戻すはず。私はそう願っています」
拍手もなければ、視線すら感じない。よって緊張はしなかったけれど、自身の言葉が正解かどうかは分からないままだ。
「この先には自由がある。私はやりたいことを始めます。皆様も同じように自由を手に入れられるはず。抑圧する者も強制する者もいない世界。自分の意志で望む未来に手を伸ばしてください。心からの願いはきっと叶う。貴方が全力で手を伸ばし続けたなら」
戦争はあらゆるものに蓋をしただろう。光り輝く世界を閉ざしてしまったはず。
自由という言葉をミハルは伝えたかった。
「手を取り合っていきましょう。私がいうのも何なのですが、お互いを許し合い、前を向いていく。政治的なことは分かりませんけれど、できると思います。だって私が出会った人たちは、みんな良い人で、何も変わらなかったもの。生まれた星系が違っただけ。私たちは見た目も中身も同じだと思うんです」
徐々にミハルは自身の言葉に入っていく。溢れる感情に呑み込まれていった。
「休暇には様々な場所にいきたいです! 是非、美味しいもの教えてください! 素敵なスポットとか教えて欲しくたら嬉しいです! 私は新しい世界をここで見つけたい!」
ふと我に返る。少しばかり興奮しすぎたかもしれないと。更には自分の願望ばかりを並べていることにミハルは気付いていた。
「皆様も是非、太陽系に来てください! 落ち着けば旅行とか交流とか増えていくと思います。私たちは同じ。隣り合う銀河の仲間なんですから!」
ちらりとベゼラに視線を送る。これで良いだろうかと。だが、ベゼラは笑みを浮かべつつも首を振っている。どうやら、まだミハルは言葉を続けなくてはならないらしい。
「えっと、長くなりましたが、私は皆さんと仲良くなれると信じています。誤った選択は一度きりで充分です」
ミハルは本心を語っていた。大戦を終えた今、切実に感じていることを。
「私はもう戦いたくない――――」
最前線に陣取ったミハルの思い。戦い続けた彼女の偽りない気持ち。その端的な台詞に凝縮されていた。
「もう充分でしょ? 戦いは何も生み出さなかったんだもの。悲しみと憎しみの連鎖だなんて、続ける意味はない。続けたくありません。平和と自由。これを目指していきましょうよ……」
ようやくミハルの肩をベゼラがポンと叩く。
それは終わりの合図。戦闘機パイロットとして、軍人としての仕事がこれで終わったのだ。
思わずミハルは涙している。辛かった思い出が大半であったものの、やはり濃密な時間が終わりを告げたことは心に響くものがあった。
ここでベゼラが一歩前へと。彼はミハルの役目を代わってあげるようだ。
「全ての者たちよ、私たちは戦争を仕掛けた側であり敗者なのだ。太陽系の方々が許してくれるのであれば、許しを乞うべき。これから先、我らは彼らの援助なしではいられない。憎むことなく、手を取り合っていこう」
ベゼラはクェンティンに目配せをし、次なる段取りを始めさせる。
壇上には両軍勢の決めごとを記した紙が用意され、カメラの前でベゼラがそれにサインを終えた。
銀河間戦争終結の瞬間である。二年にも及ぶ大戦がここに幕を下ろした。
これから先の未来は二つの銀河が共に歩む歴史。良化も悪化も双方の在り方次第である。
統世歴800年。人類が宇宙に飛び出してから八百年が経過したこの年、人類は異なる星系の人々と協定を結んだ。
未知との遭遇は既知の者となり、隣人として更なる発展に向けて歩み出すことになった。




