表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Solomon's Gate  作者: さかもり
最終章 未来へ
219/226

帰還して思うこと

 エネルギー残量が10%となったミハルたちは通達通りに基地へと帰還していた。

 大した戦闘でもなかったというのに、ハッチから降りたミハルは溜め息を吐いている。


「これで終わったのかな……」


 訓練所に入ってから約二年。短くも長い戦闘機パイロットとしての人生が幕を下ろすのかと思う。


「あとは議会の人たちに任せるだけね」


 もしも制圧が完了したのなら、軍部においてミハルができることはもうない。学力を評価されたわけではなく、飛行技術のみを期待されているのだから。


「ミハル!」


 呼び声に振り返る。グレックはまだ戻っていない。自機を見上げて呆けているミハルを呼ぶ者は多くなかった。


「アイリス少尉……」

「なんだ? その覇気のない返事は……」


 薄い目をするアイリスに、ミハルはその理由を語る。


 人生で最も努力したと自信を持って言える期間が終わりを告げようとしていること。早く終わって欲しいと思っていたというのに、名残惜しいとも感じていたことについて。


「少女のような話をするなよ。もう二十歳になるんだろうが? 私なんぞ十年近くも軍部にいるのだぞ? しかし、まるで感傷的な気分じゃない。寧ろ、新しい自分が始まることに期待しかしていないのだ。過ぎ去った時間はどうあっても戻らん。無駄な時間を費やすよりも、未来について考えてゆけ」


 アイリスらしい思考かもしれない。だが、ミハルには濃密すぎた時間が人生の中で燦然と輝いていたし、何よりその時間がミハルには必要だった。従って、彼女はまだ切り替えができていない。


「かといって、過去を振り返るのは悪いことではないとも考える。思い出というやつかな。私とて人生を左右する出来事が過去にあって、この場所まで来ている。真っ平らな人生を歩んだつもりはない」


「そういえば、アイリス少尉は養成所の推薦を蹴ったのですよね? グレン先生に聞いた話ですけど、どうしてです?」


 進路指導の際に聞いたこと。ミハルがレーサー養成所の推薦を断ったとき、グレンに聞いたのだ。アイリス・マックイーンもまた推薦を断ったのだと。


「航宙論のオヤジはまだいたのか? プライバシーも何もないな……」


 どうやらアイリスもグレンを知っているみたいだ。

 ポリポリと頭を掻いてから、アイリスはその理由を語り始める。


「あれは航宙士学校の最終年だったな。私はあらゆる大会で優勝していた。それこそ幼い頃から一度たりとも負けたことなどない」


 それはジュリアにも聞いた話だ。憧れだった姉は全てのレースで優勝していたのだと。


「まあそれで、推薦状を得るために、航宙機フェスティバルのオープンレースに出場することになった。当然のこと優勝したわけだが、プロフェッショナルクラスのレースを見てから帰ろうと思ったのだ」


 理由は異なったが、ミハルと同じであった。

 ミハルはその先を予想している。ジュリアから聞いた話は一つの未来にしか導いていないのだから。


「プロフェッショナルクラスには憧れていたレーサーが出ていたからな。賞金ランキングは九位だったが、私と二つしか変わらない。デビューして一年くらいのレーサーだったんだ。いずれグランプリレース界を席巻するレーサーだと、私は勝手に思っていた」


 レーサーになりたかったアイリス。彼女も推しのレーサーがいたようで、彼が出場するプロフェッショナルクラスが気になったという。


 どうしてか、ここで溜め息を吐く。続きを待つミハルに構うことなく、沈黙が続いた。


「だが、グレックが圧勝してしまった……」


 ミハルは言葉がない。希望も何もなくなっただろう。憧れだったレーサーが負けただけでなく、圧勝と表現されている。速さを追い求めていたアイリスには受け入れ難い事実であったはずだ。


「まあ、それで冷めてしまった。レーサー連中よりも、グレックに興味を持っただけだ」


 知っていた事実と相違ない。どうやらアイリスもまた被害者で確定している。グレック・アーロンというパイロットは色々と他人の人生に関与しすぎだと思う。


「そんな過去があったんですね。後悔はしていないのですか?」


「私は後悔などしない。ミハルも過去の経験を糧として前を向け。振り返る時間がもったいないだろう? 年老いるまで考える必要はない。なぜなら……」


 アイリスは過去を思い返す時間が今ではないと口にする。人生の折り返しにも満たない場面で懐古する必要はないのだと。


「輝いた時間は色褪せたりしないのだ――――」


 不思議と心に響いた。確かに、そうかもしれない。

 努力した日々が色褪せないのだとすれば、振り返るのは今じゃなくてもいい。進むべき道がなくなった時にでも思い出せばいいだけだ。


「たまぁに、良いこと言いますよね?」

「私は金言しか口にしないぞ?」


 一拍おいて二人は笑い合った。

 今から再出撃とか勘弁してもらいたいと考えてしまう。緊張の糸を切った二人は再び戦闘モードに戻れそうもなかった。


 そんな懸念は杞憂に終わる。GUNSは五時間を要して宙域を平定していた。


 厳重な警護を付けた艦船が皇都レブナへと接岸していく。白兵戦の完了をもって、長い戦いに終止符が打たれるのだ。


 五回を数えた銀河間戦争は血に染まった緞帳を下ろすことになる。ようやくと太陽系に平穏が訪れることになるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
当方ランキングサイトに参加しております。
↓(灬ºωº灬)ポチッとな↓
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ