手の届く未来に
司令部はまだ落ち着いていた。
戦闘前の浮ついた雰囲気はなくなり、全員が持ち場に集中している。
「アーチボルト、やはり光皇連はここまでなのか?」
モニターを眺めていたクェンティンが言った。
戦闘開始直後であったものの、優勢に運んでいることを確認して。
「パイロットの練度不足が顕著ですね。用意できた機体も多くありませんし」
「あれだけ苦戦させられたのが嘘のようだ。どのような強者であっても、凋落は避けられんのか……」
しみじみと語る。二戦目を終えたあと、クェンティンは人類の滅亡まで考えたというのに、現状は予感した未来を光皇連が体現していた。
「かもしれません。計画性でいうならば、我々の方が上回っていたのかと。イプシロン基地の建造。加えて戦争当初から軍部主導で進めたSOA計画。流れは確実に変わりました」
アーチボルトは総括するように話した。防戦であった頃から攻め入る手段を模索し続けた結果なのだと。
「しかし、上手くいきすぎたな? 本来なら二戦目でケリが付いていたかもしれん」
詳細は語られなかったけれど、アーチボルトは頷いている。
二戦目にあったイレギュラーこそが、全ての風向きを変えた要因。クェンティンが考える勝因はそれに違いない。
「得てして勝敗を分けるのはラッキーボーイ的な存在です。最短ルートでエース部隊にまで登り詰めた彼女は持っていますよ。新卒配備後、半年で選ばれるなんて……」
「彼女の努力を否定するつもりはないが、トップに立つ者はそういった巡り合わせを持っているのだろうな。初めからイプシロン基地配備であったなら、間違いなくライン外の配置だ。脚光を浴びることも、抜擢されることもなかっただろう」
彼女は持っている。それは二人の総意であった。
セントラル訓練所をトップで卒所したことは知っていたけれど、どうしてか彼女はセントラル基地への配備を命じられ、この場所まで辿り着いた。最初の段階から最短ルートに乗っていたのは紛れもない事実だ。
「かつて訓練所のダニエル所長は私の下でパイロットをしていたのです。戦争が終われば配備の理由を聞いてみたいですね?」
「それは聞いてみたいな。たらればの世界線があるのなら、人類は敗戦していたかもしれんのだ。英断を下した理由を私も知りたい」
ならば、ご一緒しますかとアーチボルト。優勢のまま進む戦況に安心しているのか、彼らは戦後の話を始めている。
「そういえば、アイリス少尉から退役する旨を聞きました……」
ここで思わぬ話となる。
クェンティンは目を丸くして声を失っていた。
「予備兵登録はしてくれるそうです。何でも夢だったレーサーを目指すそうですね。まあそれでレース協会に推薦状をもらってくれと頼まれました」
話ついでにと聞くには重大すぎる内容である。エースパイロットが退役を申し出ているなんて。
「しかも、二人分です……」
よく分からない話が続く。恐らくアイリスであれば、レース協会は推薦状を発行するだろう。軍部代表として何度も圧勝した彼女は知名度も人気も実力も折り紙付きなのだから。
「二人……?」
「ええ、ミハルさんの分らしいです。何でもミハルさんは確実に筆記試験で落ちるからだとか。二人してトップレーサーを争う予定みたいですね」
クェンティンは納得していた。ミハルが配備される折り、彼女の調査書を隈無く読んだのだ。その中に学業レベルについて記されていたことを思い出している。
「パイロットたちも未来を夢見ているのだな?」
難色を示すことなくクェンティンはそう返した。最前線を守り切った彼女たちは我が侭を言っても構わないと。優遇するに充分な働きがあったと思う。
「死と背中合わせですからね。精神的には我々よりも、ずっと疲弊していたでしょう。戦後処理が落ち着きましたら、手配しようと考えております」
「そうしてやってくれ。個人的にボーナスを支払ってやりたいくらいだ。特にミハル君は娘の成長を見ていたような錯覚すらある。餞別として小遣いを渡さねばならんな」
意外な話にアーチボルトは笑ってしまう。まさか司令まで同じように考えていたなんてと。
「それは私もです。無性に娘が欲しくなりましたよ。私は司令よりも接する機会が多かったので、寂しく思います。なので、司令よりもお小遣いを渡さなければ……」
「妙なところで張り合うのだな?」
「お互い様でしょう?」
二人は笑い合っていた。
もう疑っていない。この戦争の結末を。
銀河連合軍による華々しい勝利を二人は少しも疑問に感じていないようだ。




