未来を夢見て
皇都レブナがある母星ゼクスのアルバ群から、遠く離れた宙域に辺境惑星ガリアは存在した。その重力圏に浮かぶ四つのアルバ。最も大きなアルバの一室に大きな声が木霊している。
「マルキス卿! ヘーゼン星院家から連絡が入りました!」
それは待ちに待った吉報である。
太陽人に亡命したベゼラが事を起こしたことは既に知れ渡っていた。順風満帆に進む計画であったけれど、皇都に攻め入る兵が足りない。従ってベゼラと共に逃げ延びたクウィズ・ヘーゼンとの接触が必須であったのだ。
「まことか!? 何といっている!?」
「カザイン星院家への反旗に同調してくれたようです。三千という戦闘機と戦艦が三隻しかないらしいのですが……」
朗報に違いないが、やはり向こうも多くを連れ出せなかったみたいだ。三千という戦闘機で皇都を制圧するのは不可能である。
「まあしかし、ベゼラ殿下が太陽人を引き連れて帰還される。既に光皇路まで到着したのだと聞いたぞ?」
「その通りです。ベゼラ殿下は先日の電波ジャック以外にも、光皇に対して宣戦布告をされたようです。全てはリザーラの報告にありました」
リザーラはかつてリグルナム星院家に使えていた下級星院家。今や連軍の動きを知らせる間者となっていた。
「まあしかし、良いお話だけではありません。リザーラ女史の報告によると、テグル様が出撃を命じられ、死去されたとか。自爆したものと推測されています」
兵の報告にマルキスは長い息を吐いた。
ベゼラが動き始めてから、いつかは訪れると考えていたこと。レブナに幽閉された反光皇家の面々は順次始末されてしまったらしい。
「そうか……。ならば、作戦は必ず成功させねばならん。逆賊カザインを許すな。我らはダグマ・レブ・カザインを捕らえ、光皇連を立て直すだけ。必ずや主人様に報いなければならん」
マルキスは光皇の下へと還られた主人に誓う。どのような結末になろうと、ダグマ・レブ・カザインだけは許すまいと。
「引き続き連絡を取れ。リザーラの話では我らはカザイン光皇の退路を断つだけで良いらしい。ヘーゼン家が加わってくれるのなら、皇都からの脱出を阻止できるだろう」
連軍が四連敗した話には希望を見出していた。
元より彼らはダグマ・レブ・カザイン派ではなく、冷遇されていた人たちである。与することを良しとせず、徹底抗戦の構えだ。
遠く離れた地で奮闘する若き当主に思いを馳せながら、マルキスたちは出立の準備に取りかかるのだった。
◇ ◇ ◇
二週間が経過している。
パンドラ基地は食糧と資材を満載し、いよいよ侵攻することになっていた。
懸念された補給は随時艦船を派遣することになり、万が一の場合を想定した部隊まで新設されている。
今までの経験から、光皇連の生産力は三ヶ月で航宙機六万機程度と判明していた。従って侵攻にかける時間はできる限り短縮していかねばならない。
「これより、進軍を開始する! 各員、気を引き締めていけ!」
クェンティンの号令により、パンドラ基地の推進機が再び火を灯す。巨大な衛星ごとN方向へと動き始めた。
「司令、太陽系に再び帰ってきましょう」
アーチボルトが言った。
生まれ育った銀河に再び戻る。それは短くも心に響く言葉だ。当然のこと、クェンティンも同じ意見であった。
「ああ、魂が迷わず天へと逝けるように、必ずや帰ってこよう」
到着予定は一ヶ月後。全速力を出したとして、それだけかかってしまう。少なくとも、あと一回の交戦を経験しなければ、皇都レブナの制圧は遂げられないだろう。
パンドラ基地の編成には先般の特殊部隊も入っている。GUNSはこの一回の侵攻で決着を付けるつもりだった。
余力がないのは何もカザイン光皇連だけの話ではないらしい。
◇ ◇ ◇
ミハルは定期訓練を終えてドックへと戻っていた。
ゲートを発って一週間。基地自体が移動しているくらいで、やることは何も変わっていない。
「おい、ミハル!」
どうしてかアイリスがドックに現れている。
201小隊の訓練時間はまだ先だというのに。
「どうしたんです? 訓練飛行はまだ先でしょう?」
「ミハルこそまだドックにいたんだな? 誰も残っていないじゃないか?」
そう言われるとその通りである。とはいえ、別に呆けていたわけではない。ミハルは時間ギリギリまで飛んでいただけなのだ。
「自主練ですよ。最後の戦いが迫ってますし……」
「貴様でも緊張するのだな? 私は娯楽施設のないこの基地に嫌気が差しているぞ。適当に彷徨いていたら、ドックまで来てしまったのだ」
ドックでは訓練後の機体整備と次なる部隊の訓練準備に忙しそう。けれど、二人は暇つぶしにと、立ち話を続けている。
「そういや、少尉はこの大戦が終わったあと、どうするんですか? 予備兵登録をすれば、退役できると聞きましたけど?」
もしも銀河間戦争が終結したのなら、GUNSは現状の兵士たちを抱えきれない。今もまだ新兵が沢山集まっているのだ。大半を予備兵とする方針であった。
「ああ、階級を残して退役できるそうだな? 私はまだ何も考えていない。そういうミハルはどうなのだ?」
ふとした疑問を口にしただけだが、ミハルは質問返しを受けることに。
自分が決めていないから聞いただけ。従ってミハルはその回答を持っていない。
「どうしたら良いか分からないんです。でも、もう戦争はしたくないかな。人類の危機とかなら仕方ないけど……」
「戦わないのか? まあ、それも選択としてありだろうな……。あっ! そういえば私はレーサーになるのが夢だったのだ! たった今、彷彿と思い出したぞ!」
「いや、夢なら簡単に忘れないでくださいって……」
アイリスは戦わないという選択もありだと返している。
それこそアイリスはセントラル航宙士学校を卒業してから、ずっと戦い続けていた。だから、キリの良いところで退く道も考えられたのかもしれない。
「ミハル、レーサーにならないか?」
不意に向けられた話にミハルは唖然としている。
自分の夢をミハルにも押し付けるアイリスに対して。
「本気ですか?」
「ミハルもいた方が面白いだろ? マックイーン姉妹として売り出そうじゃないか!」
どこまで本気なのかミハルには分からない。けれど、不思議と悪くないように思う。
アイリスは今もまだ追いかけ続けるパイロットだ。この先に彼女と戦うことがなくなるのは寂しくも感じるから。
「私が勝ちますよ?」
「言ってろ。私は誰にも負けん! 賞金女王となったあかつきには美味いものでも食わせてやろう。お姉ちゃんに任せておけ!」
少しばかり未来に光が射し込んで来た。
何の目標もなくなった未来は確かにつまらない。しかし、アイリスがレーサに誘ってくれるのなら、自分もやってみたいと思う。
「養成所に入る筆記試験で落ちないでくださいよ?」
「ふはは、一般教科全て赤点のミハルには負けるよ!」
「知ってたのですか!? いや、全教科じゃないですから!」
もう協会からの推薦状はない。ミハルはただの軍人なのだ。もしもレーサーを目指すというのなら、一般受験をして養成所に入るしかなかった。
しかし、ミハルはやってみようと思う。新たな目標を手に入れた彼女は光り輝く未来を夢見ていた。




