最高の結果に
「ミハル!!」
モニターを眺めていると、騒々しい声がミハルを呼ぶ。
それはアイリスだった。大渋滞を起こしていたコンベアの順番がようやく回ってきたらしい。
「アイリス少尉……」
ミハルは言葉に詰まる。勝っても負けても返す台詞などなかったけれど、現状はそれよりも扱いに困る結果であったからだ。
「フハハ、まさか同数とはな! 本当に驚いた……」
アイリスはミハルを気にすることなく、感想を述べる。シミュレーションでは圧倒していた彼女は、この結果を予想していなかったかのよう。
何度か頭を振ってから、アイリスが続けた。
「私はあれ以上、飛べそうにない」
ミハルは声を失ったままだ。勝ち気なアイリスをして、同じ台詞が返ってくるなんて。
それはミハルも同じだった。あれ以上に飛ぶなんてできるはずがないのだと。
「私もです。一度もミスしなかった。それどころか考えていた以上にできた。だから、この結果が私の最大です。これよりも上手く飛ぶなんてできそうにない……」
ミハルの返答にアイリスは大笑い。ジョークなど少しも含まれていなかったというのに。
「お前は本当に私と似ているな? ひょっとして私には弟じゃなく妹がいたのかもしれない」
「それは気のせいです! 貴方にいるのは弟ですから!」
ミハルも笑っていた。
お互いに力を出し切った結果。それが分かっただけでも充分だと思える。もし仮にアイリスが手を抜いていたなんて話を聞いてしまうと、ミハルは再び絶望することになったことだろう。
「アイリス、お前は後輩に花を持たせてもいいだろう? どれだけ負けず嫌いなんだ」
グレックが話に割り込んでいた。
彼もまたこの結果に驚いた一人だ。ミハルの機動を直に見ていた彼は圧勝を疑っていなかったというのに。
「グレック、私はいつ何時も誰の挑戦でも受ける性分だ。可愛い妹であったとして、地獄に突き落とすのが私の使命だからな!」
「だから妹じゃないって……」
ミハルのツッコミがあったけれど、アイリスは気にせず続けた。
「いや、私としては今までで最高のフライトをしたんだ。使命の通りにミハルを奈落へ突き落とすために。だがな、グレック。ミハルには大きな羽があったようだ。簡単に突き落とせないどころか、同じ位置まで昇ってきた。本来なら苛立つ話だが、今は不思議と気分が良い!」
饒舌に語るアイリスにグレックは笑みを浮かべている。
かつては何度も勝負を挑んできた弟子が、新たな弟子を認めてくれたと知って。
「ミハル、今からはミハル・マックイーンと名乗れ。姉妹として売り出そうじゃないか!」
「嫌ですよ……。冗談はそれくらいにしてください」
謙虚な奴だとアイリス。どこまで本気なのか分からなかったけれど、アイリスという人となりを知るミハルは真に受けたりしない。
「何にせよ、私は圧倒的勝利を疑っていなかった。だが、結果はこの通り。最高の結果に最高の結果で対抗されてしまったのだ。認めぬわけにはならん」
アイリスは表情を変えて、ミハルに言った。
それはもう真面目に。冗談の一つも挟むことなく。
「ミハル、見事だ。流石の私も予想できなかった。これからも精進していけ」
端的な褒め言葉。加えて発奮を促されていた。
対するミハルは本当に嬉しく感じている。今回は競い合った結果として褒められたのだから。
「ありがとうございます。本当に貴方の背中は遠かった。もし仮に追いつけたというのであれば、これまで呑み込んできた悔しさや苦しみも報われたのでしょうね。少尉からの賛辞は私にとって何事にも代え難い栄誉です。嬉しい以外の言葉が見つかりません」
ミハルは堂々と感謝を返す。共にトップシューターであり、最高の結果を残したのだと。
今日この時をずっと忘れない。ミハルはアイリスの言葉を心に刻みつけている。
銀河最強を名乗ったアイリス・マックイーンをして見事だと言わしめたのだ。
今後の精進はもちろんのこと、胸を張って今後も銀河を飛びまわるのだとミハルは決意を新たにする。航宙機から離れようとしていた彼女はもうどこにもいない。
だからこそ、負けず嫌いは影を顰め、ただ感情のままに言葉を繋げた。
「貴方の輝きを追い続けて良かったです――――」




