凄くねぇか?
カウントがゼロとなった瞬間、目も眩む輝きにミハルは呑み込まれていた。
「うそ!?」
被害範囲を出ていたというのに、機体は制御不能となっている。衝撃波なのか、機体は回転しながら後方へと吹き飛ばされてしまう。
「立て直せぇぇっ!!」
懸命に機体を操る。方向感覚を失うような場面であったけれど、ミハルは今もまだ自機がどういった状況にあるのか理解しているかのよう。
程なく機体が安定。ミハルは直ぐさまグレックへと通信を繋ぐ。
「少佐!!」
周囲を確認すると、あちこちで爆発が見えた。恐らくは僚機同士でぶつかったか、或いは飛散したデブリが直撃したのだと考えられる。
「俺は問題ない。それより司令部の予測は完全にハズレじゃないか……」
本当にその通りだと思う。被害範囲から出ていたというのに、かなりの距離を吹き飛ばされていたのだ。幸いにも衝突は避けられたけれど、密集した宙域にいたのなら被害は免れなかったことだろう。
「あっ……?」
ここでミハルは気付いた。
巨大な衛星があった場所。その宙域にあったはずの質量が失われていることに。
「何も……ない……」
目映い輝きが消え失せたそこには何もなかった。
人工太陽も前線基地も破片を撒き散らしただけで、初めから存在などなかったかのように消え失せている。
「少佐、これってどうなるのです!?」
「司令部からの連絡待ちだ。周辺の警護を始める」
あれだけいた敵機はまるで残っていない。艦隊も航宙機も今や宇宙の塵と化した。
退避時に追跡してきた敵機は既にミハルが撃墜していたのだ。よって宙域には残骸と呼ぶべきデブリしか残っていなかった。
しばらく待機していたミハルたちだが、ようやくと通知が届く。
【アルファ線配備部隊は撤収。ベータ線以降の部隊は残存勢力を殲滅せよ】
本来ならまだ戦闘が続くはず。司令部からの通知は意味不明な内容であった。
しかし、理解もしている。あれほど蠢いていた敵機は一度に消失してしまったのだから。
連軍の大多数が今し方の爆発に巻き込まれた現状において、エース部隊はその役目から解放されるらしい。
「ミハル、撤収するぞ」
「あ、はい……」
実働時間で一時間三十分。ミハルはとても短い三度目の銀河間戦争を終えた。
五万機が襲来したにしては短時間すぎる。だが、相手をする敵がいないのだから、彼女はここでお役御免となるようだ。
ドックに戻るや、ミハルは即座に撃墜数のチェックを始める。
その数は2015。実働時間からすると、充分すぎる数である。何しろ照射ラグを考慮すると最大でも1800発しか撃てないのだ。つまりミハルは215機も重イオン砲にて上乗せしたことになる。
「実力は出し切れたよね?」
稼働時間については問題視していない。条件はアイリスも同じなのだ。肝心なことは自分自身がやりきれたかどうか。中途半端に終えていないかどうかだった。
「私はやりきったはず……」
初めてアイリスとトップシューターを争う。
ミハルにとって、それはとても重大なことだ。軍部に入った目的や、入ってから費やした努力の全て。アイリスに勝って一番になるという結果を彼女は求めている。
ミハルは降機して、チェックを頼もうとダンカンの下へと歩む。ところが、彼はミハルに気付きもせず、何やら考え事をしている。
「ダンカンさん、どうしたのですか?」
「ああ、戻ったのか。いや、俺はやはり天才整備士ではないかと思ってな?」
いつか聞いたような話。ミハルが部隊配備した折りに、彼はエース級整備士だと自ら口にしていたのだ。
「何を今さら……。どうして、そう自信満々なんです?」
薄い目をしてミハルが聞く。アイリスには滅法弱いくせに、他に対しては口が悪い。腕前はともかく、謙虚さが足りないとミハルは思った。
「なぜって、お前……」
言ってダンカンは指さす。その指は天井をさしており、そこにはモニターがあった。
「えっ?」
ミハルは唖然としている。それもそのはず、モニターにはシュート数のランキング速報が映っていたのだ。まだ交戦中であるから、途中経過ではあったけれど。
【1.ミハル・エアハルト 2015機】
一番上に自分の名があった。それは帰還した順番であり、現時点での数字に他ならない。
しかし、次の瞬間、パッと画面がチラついたかと思えば、最新情報に更新されている。
瞬時にドック中がざわめき立つ。更新されたランキングに誰もが感嘆の声を上げずにいられない。
ミハルの鼓動が高鳴っていた。
なぜならミハルは更新後のランキングに気になる名前を見つけたからだ。
【1.アイリス・マックイーン 2015機】
誰もが驚いた理由。それは単に同数での一位が記されたからのよう。
どうやら、アイリスの機体がたった今、ハッチへと戻ったらしい。そのデータは瞬時にランキングへと反映されたようだ。
「嘘でしょ……?」
ミハルは息を呑んだ。彼女としては先ほど以上のフライトなどできない。だからこそ結果に期待しても、落胆はしないようにと考えていた。
最前線の部隊はもう出撃しない。つまりはこれが確定の数字である。
自分の数字には満足していたし、ミハルは一定以上の期待もしていた。まさか限界を超えたと思える数字に並んでくるなんて思いもしないことである。
「やっぱ、あの人は凄いな……」
正直な感想であった。短時間とはいえ、ミハルは全力以上を出し尽くしたはず。最後まで集中をして、最高のフライトをした結果なのだ。
「ミハル、俺の整備した機体が両方ともトップシューターだぞ? 凄くねぇか?」
ご満悦のダンカン。呆然とするミハルに構うことなく、声をかけている。
腕前に疑問はない。しかし、彼の腕前よりもミハルはアイリスが凄いと思った。
「滅茶苦茶に凄いですよ……」
上の空で返答。決してダンカンの問いに返したわけでもなかったが、結果的にはダンカンも満足そうである。
「ミハル、お前トップシューターだな!?」
どうやらグレックが戻ってきたようだ。どうもハッチからのコンベアが混み合っていたらしい。
ここでようやくミハルは笑みを見せた。彼女は勝てなかったというのに、この結果に誇らしげな表情をしている。
「少佐、私にはこれ以上できません。今のフライトがベストです」
先ほど以上に敵機を撃墜するのは不可能だ。何度やり直しても、2015機は堕とせないと思う。この結果は自分自身の問題というより、素直にアイリス・マックイーンというパイロットを称えるべきだと改めて思う。
グレックは少しばかり驚いたような顔をする。だが、そんな彼も直ぐに笑顔を返していた。
「ミハル、自分を誇っていいぞ。この結果は悲観するものじゃない」
グレックは何度も頷きながら、そう口にした。加えて彼は続ける。
「お前は一番だ――――」
その言葉はミハルの心に染みた。ずっと待ち侘びた言葉に違いない。
刹那にミハルの頬を涙が伝っていく。
ようやく訪れた舞台にて、ミハルは一番になった。短くも長い戦闘機パイロットとしての記憶が意図せず蘇っては感情を刺激している。
「90分内に撃てる中性粒子砲は最大で1800。ミハルは一発も無駄にしていない。それどころか重イオン砲にて二百機以上を上乗せしたんだ。俺もこれ以上はできないと思うぞ」
追加的なグレックの話にミハルは涙を拭う。
まるで同じ意見。グレックも今しがたのフライトがベストであったと太鼓判を押したのだ。
ならば、ミハルの返答は一つしかない。
「私は自分を誇りに思います。やっとです。まだ最終結果は分かりませんけれど……」
「何を言う? 敵機の大軍に混じって戦ったパイロットより撃墜した者が他にいるはずもないだろう?」
ミハルたち以外に千を超えたパイロットはいない。グレックの989機が三番手なのだ。残存航宙機の排除に勤しむ部隊に該当者がいるとは考えられなかった。
「そっか。私はトップシューターに……」
ミハルはもう一度、モニターに視線を向けた。
輝かしい戦果。命を賭してまで求めた結果に彼女は胸を張る。勝利したわけではなかったけれど、此度は引けを取らないどころか負けなかったのだ。
ミハルはいつまでも一番のナンバリングと自身の名前を見つめていた。




