輝き
照射範囲内に入って一時間半。ミハルはかつてないほどに集中していた。
無駄話だけでなく、指示すらも出していない。全てはグレックを信用した上での機動である。
グレックは何も言わなくなったミハルに嘆息していた。
過度な信頼が重い。だが、訓練からここまでを通して、一応はミハルの機動意図を理解したつもりだ。指示を仰ぐなんて真似はできず、自身の解釈だけを頼りにして支援を続けている。
「しかし、プロメテウス基地は接近しすぎじゃないか……?」
気になるのはプロメテウス前線基地があまりに接近していること。加えて前方には人工太陽までもが近付いていた。
気になっていたものの、ミハルの集中を切らすつもりはない。彼女の望みを理解していたし、一機でも多く撃墜させてあげたかった。
ところが、集中を切らすような警告音がコックピットに鳴り響く。更には警告メッセージが応答もなく流れ始めた。
【防衛ライン上の全機に。これよりプロメテウス前線基地は爆発物を搭載した人工太陽へと衝突する。予想被害範囲をモニターへと転送。いち早く退避されたし】
思わぬ急な通知にグレックは言葉をなくしていた。
モニターには通知にあったまま赤いエリアが表示されている。言うまでもなく、グレックたちはその範囲内にいた。
「ミハル、戻るぞ!」
「りょ、了解!」
流石にここは撤退を選択する。カウントダウンの表示を見る限り、あと三十分しかない。かなり攻め込んでいたミハルは範囲外に逃げるだけでも二十分近くを要することになっていた。
「邪魔よ!」
重イオン砲を背後へと向け、追っ手を撃ち抜く。敵機の真っ只中にいるミハルたちの撤収は簡単なことではない。
「ミハルは後方を頼む! 前方は俺が撃ち落としていく」
ここでグレックの機体が前へと出た。
後方への射撃ができないSF-X型である彼が帰路を切り開くという。
「お願いします!」
プロメテウス基地の脇を抜け、二人は全速力にて戦線から離脱していく。
横目で確認すると、やはりプロメテウス基地のブースターは全開になっていた。人工太陽が爆弾だなんて今も信じられなかったが、司令部は本気で正面衝突を考えているらしい。
「私はできることをやるだけよ!」
ミハルは尚も集中していた。進行方向にもビーム照射を続け、後方は重イオン砲で撃ち抜く。前と後ろを同時にフォローしていく彼女の集中力は極限にまで達していただろう。
二十分が経過。ようやく真っ赤なエリアからミハルたちは脱している。
急に引いたGUNSに敵機は概ね混乱しているようだ。追尾してきた敵機は少なく、基本的に艦隊の動きに同調しているらしい。
◇ ◇ ◇
司令部では固唾を呑んで見守っていた。
衝突まであと三分。作戦が無事に完遂となることを祈り続けている。
「アーチボルト、少しばかりズレていないか?」
クェンティンが言った。その言葉通りにプロメテウス前線基地は人工太陽の進路から外れているようにも見える。
「航宙機がブースターを総攻撃しています。既に三機のブースターが大破しており、残るブースターも出力が安定しておりません。人工太陽は想像よりも移動能力があるみたいです」
恐らく人工太陽はパンドラ基地に衝突するまで、如何なる障害も回避する設定となっていることだろう。迫るプロメテウス前線基地を回避しようと機動を変えたらしい。
加えて航宙機部隊が基地のブースターを狙い始めたこともあり、思うように追尾できなくなっているという。
「命中確率はまだ80%あります。それに少しかすめるだけでも起爆するはず。そうなると脅威は失われたも同然です。とりあえず、目的は達せられたかと」
「退避は済んだようだな? あとは祈るだけか……」
「結果的にプロメテウス基地を攻撃してくれたことが幸いしましたね。混乱もなく範囲外まで逃げられました」
カウントダウンが続いていく。
話すこともなくなった二人はモニターを見つめるだけであった。
「カウントゼロ、衝突します!!」
最終的に人工太陽は半分ほどズレた状態で接触。すれ違うような事態は避けられたようだ。
「熱量確認! 人工太陽、起爆しました!」
息を呑むクェンティン。本当に爆発を起こすだなんて、こんな今も信じられなかった。
呆然とする暇もなく、オペレーターが続ける。
「対消滅の痕跡を確認できました! 反物質爆の……」
オペレーターの報告を遮るかのように、モニターは光の海に呑まれてしまう。
想像を絶する輝きに、世界の時間が止まったかのように感じられていた。
「ぁ……っ……」
呆気にとられた全員が声を失ったままだ。
人為的な爆発としては最大級のものであったはず。広域モニターに捕らえきれないほどの輝きを残すだなんて。
「しょ、衝撃波来ます!!」
オペレーターの声にクェンティンは意識を戻す。呆然としている暇はない。彼には司令官としてすべきことがあった。
「被害報告を急げ! 各小隊の点呼も合わせて行え!」
確かにプロメテウスは消失するだろうとアーチボルトが話していた。疑いの目で見ていたクェンティンだが、今ならその意味も分かる。この輝きが消失してもなお、存在するとは少しも考えられなくなっていた。
「アーチボルト、デブリの調査を急げ。直ぐさま全航宙機にリンクしておけ」
「承知しました。索敵も併せて行います」
今もまだ視界が回復しない。
オリンポス基地の消失とは比べものにならない巨大な爆発であった。
全機が無事でいてくれと願う。想定を遥かに超えた爆発にはそう願うしかなかった。




