プロメテウス
一時間が経過していた。
ようやくとプロメテウス前線基地の退避が完了となっている。基地の権限は全てパンドラ基地へと移譲され、遠隔にてコントロールされる状態になっていた。
「司令、やはり人工太陽は再加速しています。いち早く気付けたことは幸いでしたね」
「本当にあれが特攻をしかけてくるのか? 反物質爆弾を搭載していると考えるのか?」
「AIの観測データではプロメテウス基地を避けようとしています。そのせいで若干遅れたのだと思われます。反物質は生成に時間がかかりますが、前回あれだけの数を用意していました。一発ずつの総量は極小であるはずですが、可能な限り搭載されていることでしょう」
得られた情報を精査すると、防護壁として機能させる意味合いよりも、明確に目的を持った機動であるらしい。更には、その機動からパンドラ基地が目的である確率は高かった。
「衝突により起爆するのなら、恐らくプロメテウスは存在を維持できないでしょう。もしかすると、パンドラ基地にまで影響があるやもしれません」
腕組みをしたままクェンティンは聞いている。
最悪を想定しているのは間違いないが、巨大な衛星を消失させてしまうとは考えられない。
「それほどなのか?」
「今までの威力から考えると、それくらいは可能です」
眉根を寄せるのはクェンティンだ。彼はプロメテウス前線基地があれば、充分だと考えているらしい。
「皮肉な話ですよね。神話においてプロメテウスはゼウスから罪に問われ、磔にされてしまいます。人類に戦う術を与えた罰として……」
ふと始まった話にクェンティンは眉間にしわを寄せる。事あるごとに、たとえ話を始める参謀の悪い癖じゃないかと。
「またロマンチシズムか?」
「ええまあ。現状は皮肉が効いていますからね? プロメテウス前線基地の特攻は、まるで罰のようではないですか? 磔にされた神プロメテウスのように……」
確かにとクェンティン。数多ある衛星から選ばれたのは大きさが主な理由であったが、敢えてプロメテウスを選ぶ必要などなかった。
まるで神話の再現であるかのように、プロメテウスは初陣にて罰を受けてしまう。
「確かプロメテウスは不死であったのだったな?」
「よくご存じで。きっと此度の罰もプロメテウスは全うしてくれるでしょう。人類に力を与えた彼は我々を導いてくれるはずですから」
無意味な話を参謀はしない。クェンティンは理解していた。
依然として懐疑的な自分を急かすために、そのような回りくどい話をしているのだろうと。
「まったく、貴様はハッキリと言え……。プロメテウス基地のブースターを即座に起動しろ。確実に命中させなければ、意味はないぞ?」
「もちろんです。衝突予定時間は一時間後。補充を始めなければならない時間帯です。予め、そちらも考えておく必要がございますね」
「ああ、分かっている。最善を尽くすつもりだ」
エースパイロットの過剰なラインオーバーは意外と機能していた。
目立つ機体であったことも一因であり、敵機は彼女たちの技量を過小評価しているかのように群がっていたのだ。
敵軍の侵攻スピードは想定よりも遙かに遅いものとなっており、プロメテウス前線基地の避難もそのおかげで問題なく終えられていた。
巨大な爆弾が迫る中、人類は対抗手段に出ている。
あらゆる想定をしていた彼らであったが、未来は結果を見るまで誰にも分からなかった。




