三度目の正直
連軍の侵攻が始まって五日後、ミハルたちは緊急的な大規模演習を行うことになっていた。既に指定宙域へと到着しており、どうしてかモニターには巨大な黒い物体が表示されている。
「何ですか? あの黒い星は……?」
「あれは連軍の防護壁らしい。どうやら狙い撃たれることを想定して、人工太陽と共に進軍しているようだ」
グレックの説明にミハルは目を白黒とさせる。
人工太陽と聞いてもピンとこなかったのだ。
「要は近付くまでの壁ですか? 何もしてこないのですかね?」
「それは判明していない。砲身のようなものを確認したそうだ。よってシミュレーションに加えてられている」
どうにも穏やかではない。砲身と聞けば強力なビーム砲を撃ち出すとしか考えられなかった。オリンポス基地が消失した出来事をミハルは思い出している。
「あの人工太陽を引き連れての進軍なんだ。到着予定は三週間後であるらしい。その頃にはプロメテウス前線基地も配備されているし、俺たちは航宙機の殲滅が任務。普段通りに戦えば良い」
グレックは気にしないようにと話す。やることは何も変わらないのだと。
対処法としてシミュレーションがあるのだし、本番で狼狽えないように取り組むだけであった。
「行くぞ、ミハル!」
「了解!」
シミュレーションが始まる。やはりミハルとしてはアイリスが気になっていた。
このところ、ずっと根を詰めて頑張っている。このシミュレーションにて少しくらいは近付いておきたいと思う。
「SM155から突っ込みます!」
負けたくない。負けられない。
大戦を憂えるよりも、ミハルはワンブロック離れた場所を飛ぶ者を意識している。
「いけぇぇっ!!」
照準に収まるや撃ち放つ。飛来する敵機の動きを予測し、最短でそれを繋いでいく。
集中力が上がったと自分でも感じる。加えて軍部に入った頃よりも、ずっと視野は広がっていた。
「私は一番になりたい!」
鬼気迫る機動にグレックは笑みを浮かべた。
ミハルの思いは入軍した折りから知っている。彼女自身がアイリス・マックイーンに勝ちたいと口にしていたことを。
冗談にしか聞こえなかったその願望は、今や手の届く場所にまで近付いている。
彼女自身が努力を積み重ね、少しずつ成長した結果。一心に手を伸ばし続けた成果が現状のミハルであった。
「ミハル、もっと攻めていけ! シミュレーションなんだ。撃墜数を稼ぐのであれば、俺に構うな。必ずや俺はお前に付いていく。好きに飛んでいいぞ!」
アイリスとの差は内に秘める自信の差だとグレックは考えていた。
単に実力勝負であれば、短時間で百機もの差は生まれないはずだと。
「指示もするな。この一ヶ月でお前の機動には慣れた。お前が何を考え、どう飛びたいのか俺は分かっている」
ずっと指示をくれていたのは不本意ながら配慮されていたからだ。グレックは彼女の枷を外していこうと考える。ミハルがその実力を遺憾なく発揮できるように。
「分かりました!」
シミュレーションであるのだから、失敗は問題ない。勝ちにこだわっているのは確かだが、試行する場でもあるのだからと。
ミハルは機影の濃いエリアへと突入。中性粒子砲だけでなく、重イオン砲をも撃ち放つ。
たった一度の接触でミハルは四機もの敵機を撃ち抜いていた。
「こりゃ気合い入れねぇとなぁ……」
グレックは不敵な笑み。明確に照準から外れた敵機こそ自分が任せられた一団だと思う。しかしながら、機体にあるのは中性粒子砲が一門だけ。照射ラグが明らかに邪魔であった。
「クソッ、もうSF-X型は潮時なのかよ!?」
懸命に撃ち続けるも、グレックは多くを逃してしまった。照射ラグを考えるとミハルの機動に合わせられないでいる。
それでもミハルは気にすることなく飛び続けた。限界機動の中、二つの砲門を器用に操り、敵機を撃墜していく。
「良いシミュレーションになりそうだ。もうリハビリじゃねぇ……」
グレックはスロットルを踏み込んでいた。次もミハルは撃墜数を求める。ならば支援すべき敵機は明らかなのだと。
「撃ち抜けぇぇえええ!」
大声を張る。支援機であるのだが、機体はミハルと横並びのような位置。しかし、それがベストだった。照射ラグを先読みすれば、少しでも速く撃墜しなければならないのだ。
「もう一機!」
グレックもまたかつてないほど集中している。まるで前衛機に戻ったかのように。水を得た魚の如く敵機を撃墜していく。
「教練官が足を引っ張るなんてあり得ん!!」
息つく暇もなくグレックは撃ち続けた。照射ラグの三秒をこれ以上なく有意義に使う。ミハルが思うように飛べるように、彼は支援機という枠を明らかに超えていた。
「少佐、人工太陽が!?」
近付いていた人工太陽に熱源が帯びる。ただ邪魔なだけでなく、それはビーム砲を照射するようにプログラムされていた。
何十とある砲身から一斉に撃ち出されていく。それは僚機を狙い撃ったものではなかったものの、多くの味方が撃ち抜かれてしまう。
「ミハル、砲身を狙え! 重イオン砲で撃ち抜くんだ!」
グレックは方針を変えている。ミハルのためを思って、撃墜数を稼ごうとしていたけれど、この場は大戦のシミュレーションなのだ。本番を想定した機動を行っておくべきである。
「了解しました!」
「ミハル、このシミュレーションはもう勝ち負けにこだわるな。残念だが、ちゃんと訓練しておくべきだ。乱戦の中、仲間を守る機動を」
それはミハルも承知している。
本番でも求められる射撃なのだ。シミュレーションで試しておかねば、本番で戸惑うかもしれない。
「やってみます!」
敵機を撃ち抜きながら、砲身を操作。ミハルは重イオン砲を撃ち放つ。
しかし、判定はハズレ。幾ばくもせず、人工太陽は二射目を撃ち放っていた。
『ミハル、下手くそか! よく見ていろ!』
ここで通信が割り込んだ。上から目線で言い放つそれはアイリスに他ならない。
彼女の機体はかなり距離があったけれど、重イオン砲の輝きはハッキリと見て取れた。
「うそ!?」
ミハルは面食らっていた。確実にミハルよりも距離がある中で、アイリスは砲身を一つ撃ち抜いていたのだ。
「少佐、態勢を立て直してもう一度トライします!」
「了解した!」
このあともミハルは狙撃の訓練であるかの如く、砲身を狙い続けていた。けれど、航宙機を撃墜しながらという条件が難しく、命中率は三割に満たないほど。
しかしながら、本番に向けての課題ができた。ミハルはこの経験を糧にして、今一度頑張ってみようと思う。
「私はまだまだだな……」
シミュレーションの結果はあまり変わらなかった。
アイリスとミハルの撃墜数は60機差。少しばかり差を縮められたことには、ミハルも納得できたことだろう。
三戦連続の二番手であったけれど、彼女は前を向いていた。




