大戦後を夢見て
三週間が経過していた。
このところミハルはずっと自発的な訓練をしている。今日も今日とてグレックに付き合ってもらいシミュレーションをこなしたところだ。
「ミハル、朝からシミュレーターしてたの?」
朝食の時間に戻ってきたミハルにキャロルがいった。
「この時間しか空いてなくてさ。私は絶対に負けたくないから」
あれから軍部では全隊演習をもう一度行なっていた。結果は変わらずアイリスがトップシューター。努力の甲斐も虚しくミハルは届かなかったらしい。
「いや、二回続けて二番も大概凄いと思うけどね?」
「駄目なのよ。二番じゃ……」
ミハルは嘆息している。
撃墜数を競うことに悩んでいた彼女だが、今はもうそのような雑念はなくなり、立派な戦闘機パイロットに戻っていた。
「二番目のパイロットなんて無価値よ」
キャロルは息を呑んでいた。
ミハルの気が休まるように口にしただけなのだが、考えていたよりもずっとミハルはこだわっている。アイリスに負けたことが悔しくて堪らないのだと分かった。
「あと一週間か。まずは半分の距離まで進むだけらしいけど、交戦となるのかな?」
キャロルは話題を変え、侵攻のスケジュールについて話す。
侵攻軍は一度に攻め込むのではなく、徐々に近付いていくという作戦であるらしい。
「どうだろ? 向こうの出方もあるだろうし、また中性子砲を撃つつもりみたい」
「あれって当たったの? 一発だけだったけど」
「命中したって聞いたよ。反物質ミサイルの製造施設を破壊できたらしいね」
はぇぇと気の抜けた返事をするキャロル。まるで続報がなかったから、てっきり外れたと考えていたようだ。
「いっそカザイン光皇って人がいる場所に撃ち込めないのかな?」
「大きなユニックが寄せ集められているんだって。下手に撃ち込むと捕らわれている人とかを巻き込んじゃうとか……」
できる限り無関係な人を殺めない。
無差別に撃ちまくることをGUNSは良しとしていなかった。
「キャロルはまたガンマ線なんでしょ? 訓練してるの?」
ミハルもまた話題を変えている。既に同じドックではなかったから、彼女たちの近況を知りたく思って。
「そりゃあもう。隊長はアイリス少尉に最低限のノルマを課されているし、以前とは全然違うのよ。やっぱ意識って大切だなぁと思いました!」
「何それ? てか、ノルマ課されてんだ?」
二人は部屋の入り口で大笑いしている。
811小隊は意図せずアイリスに教練を強いられ、それが良い方向に転がっているらしい。戦線に投入されるという立場と、戦う意識が以前とはまるで異なっているのだという。
「もし、戦争が終わったら、ミハルはどうするつもり?」
ここでキャロルはミハルの今後について聞く。彼女もまた銀河間戦争の終わりについて考え始めているのかもしれない。
グルリと視線を動かしたミハルは、小さく頷きながらキャロルへと返した。
「アイリス少尉の動向次第かな……」
「え? そこまで追いかけちゃうの?」
「私はそもそも星系のためを思って軍部に入ってないし。あの人と同じ場所を飛びたいと思うの。勝ち負けをずっと続けたい」
ミハルの本心を聞いたキャロルは心情の変化に気付いている。
アイリスというパイロットを目の敵にしていた頃と違う。現状のミハルは一方的な対抗心ではなく、彼女を認めているのだと。
「あたしもついていこっかなぁ……」
「キャロルはもうツアコン目指さないんだ?」
「なんか違う気がするのよ。新星系にも来ちゃったし。侵攻軍にも参加するんだから、昇進もあるかもしれない」
もう三度も大戦に参加している。同期で昇進しているのはミハルだけであったし、そろそろ自分たちも昇進するのではないかと思う。
「平和になれば、幾らでも選択肢が見つかるはずよ!」
ミハルはそんな風に答えた。今決めなければならない問題ではないはずと。
平和が訪れてから、ゆっくり考えても構わないのだと。




