ミハルの配属先
ミハルは部隊配備の当日を迎えていた。けれど、彼女はまだ自宅を出たところである。
イプシロン基地が建造されたソロモンズゲートまでは半日という旅程であったというのに。
「いったい何の罰かしらね……?」
ギアに届いた辞令。間違いではないかと何度も見直していた。
ミハルが希望していたのはアイリス・マックイーンが所属するソロモンズゲート支部イプシロン基地だ。しかし、溜め息を吐くミハルを見る限り叶ったようには思えない。
【ミハル・エアハルト一等航宙士 木星本部セントラル基地航宙機隊パイロットを命ず】
これ以上ない端的な辞令は見間違えようがない。ミハルは何の因果か木星圏から脱出できなかった。加えて地元であるフィフスの中央区画すら出られずにいる。この辞令には流石に落胆せざるを得なかった。
「訓練所で一番を取ればゲート配備になると思ってたけど……。ひょっとして地元であることが考慮されたの? キャロルでさえゲート配備なのに……」
ミハルは訓練所を首席で卒所していた。キャロルも好成績を収めていたけれど、彼女は九番手である。
「ちゃんと希望は伝えたのに。誰も希望していない基地なんだから絶対に叶うと思ってたけど……」
不穏な噂が立つゲートには腕利きのパイロットが集められていると確かに聞いたのだ。だからミハルは努力したし、はっきりと希望を伝えたのだ。
「何だか、やる気がなくなっちゃうなぁ……」
大いに落ち込んでいたミハルだが、一応はシャトルに乗ってセントラル基地まで到着している。入場ゲートにてIDチェックを済ませ、彼女は隊長室へと向かう。
途轍もなく大きな基地だ。イプシロン基地が完成するまではセントラル基地がGUNS最大であったらしい。だが、ミハルは迷うことなく隊長室を発見している。なぜなら入場ゲートから程近い部屋に【第一隊 隊長室】と張り紙がしてあったからだ。
如何にも怪しげな張り紙である。しかし、ギアで確認してみると確かに配属先である第一隊の隊長室はここで間違いないようだ。
旧時代的なインターホンを押すと即座に中から応答がありミハルは隊長室へと入る。
「ミハル・エアハルト一等航宙士入ります!」
希望する配属先ではなかったものの、やはりミハルは若干の緊張を覚えていた。
「おう、待ってたぞ! よく来てくれたな!」
中にいた男が声をかけてくれる。恐らくは彼が隊長であろう。想像していたよりも随分と若い。退役前の軍人を想像していたから少し意外だった。
「ようやく補充申請が受理されてな。君は栄えあるセントラル基地第一隊所属パイロットとなった……」
隊長の見た目は三十歳くらい。青年というには落ち着きがあり、壮年というには威厳が足りない感じである。
「俺はグレック・アーロンだ。第一隊の隊長をしている。君とは十歳以上年が離れているけれど、分からないことは気軽に聞いて欲しい」
グレックは大きな笑みを浮かべて言った。
隊長室というには狭い上に簡素すぎる作りである。仮にも昨年まで軍部の花形であったセントラル基地だというのに、物置部屋のような雰囲気すらあった。
「それでは全隊員たちが待つ第三オペレーションルームに案内しよう……」
オペレーションルームは隊長室の隣である。前を通ってきたから案内は不要であったのだが、ミハルはグレックの話に頷いた。
「おっと……!」
なぜかグレックは大きくよろめいた。椅子から立ち上がっただけであるというのに彼はどうしてか躓いてしまう。
その様子にミハルは唖然としていた。決して足が痺れたなんていう理由ではない。転びかけた明らかな原因が彼にはあった。
「これは恥ずかしいところを見られたな。何年経っても慣れるものじゃない……」
そう話すグレックの左足。彼は義足だった。膝下から失われていて昔話に見る海賊的な樹脂製の棒きれが取り付けられている。
「義足……ですか……? でも、どうしてそんな古めかしい義足を……?」
最新の義足ならば神経接続をし、元と変わらぬ動きが可能である。確かに手術は必要になるけれど、命の危険はないし不自由は遥かに少ない。
「これは俺の嗜好だ。いや、主義というべきか……。まあ気にしないでくれ」
隊長もパイロットであるはずだ。気にしないでくれと言われても、それは無理な話である。航宙機の操縦には少なからず左足を使用するし、戦闘機パイロットは万が一にも踏み違えるようなミスが許されないのだ。一つの操縦ミスは僚機の危機にも直結する。隊長という立場を考えれば尚のこと手術するべきだった。
グレックがID認証をし、オペレーションルームへと入っていく。彼の背中に張り付くようにしてミハルもまた部屋へと入った。
「おう、お前たち! 念願の新隊員が到着したぞ!」
威勢の良い声をかけるグレック。彼は早速とミハルの紹介をしてくれるらしい。
ところが、ミハルは面食らっていた。待ち構えていた隊員たちの数に。ただし、それは大勢の隊員たちを前に萎縮したというわけではない。
「どういうこと……?」
部屋には二人しかいなかったのだ。全隊員が待っていると聞いていたのに。
戸惑うミハルに構うことなくグレックはミハルの紹介を始める。
「この子がミハルだ。見ての通りピチピチの一等航宙士。仲良くしてやってくれ」
簡単な紹介のあと二人がミハルに近付いてくる。まず握手を求めたのは、とても現役とは思えないお爺さんだった。
「嬢ちゃん、よろしくな! 儂はバゴスじゃ。今年から退役となる予定じゃったが、頼み込まれて嘱託パイロットとなった。こう見えて儂は尉官にまで昇進していたんじゃ。共に木星圏の平和を守ろうじゃないか!」
一人目はバゴスという。去年末で退役したのだが、軍部に頼み込まれて現役を続けているらしい。御歳六十の超高齢パイロットである。
「ミハルちゃんよろしくね! 私はナビゲーターのシエラ・オニールよ。オジさんたちの無駄話は聞き流しても、私の指示は聞き逃さないように!」
二人目はシエラという女性ナビゲーター。言葉の通りにまだ若いはずだ。ミハルに最も年齢の近い隊員が彼女ということになる。
「オジさんは酷いな、シエラ!」
「儂はオジさんの括りに滑り込めて良かったわい!」
ミハルは言葉を失っていた。自分を含めて四人しかいないだなんて。たった三機の編成ではろくに戦えないような気がしている。
「セントラル基地にはあと整備のファーガスさんがいるだけだ。この広い基地を俺たち五人で独占している。食堂は閉まってるし可動床も全て停止中。只今、連続勤務180日を記録したところという悲惨な配属先だ。しかし、俺たちだって人類のために戦っている。ふて腐れることなく頑張ってくれ」
どうやら隊長室とオペレーションルームが隣り合っていることも、入場ゲートの近くにあったのも全ては基地が広すぎたから。大半の人員がイプシロン基地に配備されている都合上、セントラル基地は大きさほどの規模を持たないらしい。
「本当に……? これだけ……ですか……?」
「お前を入れて三名。その他は無人機が百機あるだけだ。まあパイロットの数は大した問題じゃない。ここには使えるパイロットしかいないからな。使えねぇパイロットは数の脅威に負けて消えていくだけだ。果たしてお前は使えるパイロットかどうか……?」
グレックの鋭い視線がミハルを捕らえた。ミハルは思わず視線を外してしまう。自信はあったけれど、獲物を狙うような冷たい視線を直視できない。
「大尉! 新人を虐めないでって言ったでしょ!?」
何とも嫌な空気が満ちていたものの、シエラが文句をいうとオペレーションルームは一転して和やかになった。
「セントラル基地は廃墟のようになってるけど、ミハルちゃんはツイてると思うわ! 今は殆どの訓練生がゲートへ配備されてるんだから!」
ミハルの動揺を察したのか、シエラが落ち着かせるように話す。セントラル基地への配備は幸運であったのだと。
ソロモンズゲートの状況はミハルもそれとなく聞いてはいた。しかし、詳しくは何も知らない。軍部内でまことしやかに噂される話は公に発表されていないことだからだ。
「ゲートでいったい何が起こっているのですか? 噂くらいは聞いてますけど……」
三人は一度目を合わせてから返答を譲り合うようにしている。しばらく妙な間があいたあと、隊長であるグレックがミハルの問いに答え始めた。
「ゲートの向こう側には未知なる文明がある。またその文明は太陽系を侵略しようとしているらしい……」
「文明!? いや侵略ですかっ!? ゲートには親友が配置されたのですけど!?」
考えていたよりも現実は厳しいものであるようだ。銀河間戦争の恐れはミハルも聞いていたけれど、両文明は対話によって戦争回避を模索するものと考えていた。
「イプシロン基地の物々しい軍備を見れば疑いなど持てない。銀河間戦争は時間の問題だろう。おかげでセントラル基地はこの有様だ。一年前には千を超えるパイロットが所属していたというのに……」
グレックは長い溜め息を吐く。かつては木星圏一の規模であった基地が辺境にある中継基地のようになってしまったのだ。その心情は察するに容易い。
全員が黙り込んでしまう。この現状には思うところがある様子だ。長く配備されていた者ならば尚のことであろう。
そんな沈黙を破ったのは意外にもミハルだった。三人はセントラル基地の現状を憂慮していたにもかかわらず、彼女はなぜか思いの丈を語る。
「それでも私は……ゲートへの配備を望んでいました……」
静寂の中、ミハルが漏らした話に全員が息を呑んだ。銀河間戦争という想像を絶する戦いを仄めかされた後であるのに、彼女の希望配属先はイプシロン基地であるという。
「嬢ちゃん、本気か? セントラル基地ならば宇宙海賊の相手をしておればいい。じゃが、イプシロン基地へと配備されることは人類が未だ経験していない銀河間戦争に駆り出されるということじゃぞ!?」
「そうよ! 冗談でもそんなこと言っちゃ駄目よ!?」
バゴスとシエラがミハルを諭すように言った。破滅願望でもない限りイプシロン基地への配備を望むパイロットはいないのだと。
「冗談ではありません! 私はアイリス・マックイーンに勝ちたいだけです!」
声を張るミハルに三人は戸惑っていた。それはまるで予期せぬ話だ。予想外の希望配属先から、突如として現れた銀河連合軍エースの名前まで。
「全てはアイリス・マックイーンのせいなんです! 私は彼女を倒すためだけに軍部へと入ったのですから!」
皆が仰天していたけれど取り分け驚いていたのはグレックだった。彼は小さく顔を振って、その理由を問う。
「アイリスと何があった? 軍に入って間もないミハルがあいつと面識を持っているとは考えられないんだが……」
昨年までアイリスはセントラル基地に配備されていた。共に隊長であったからか、グレックはアイリスを知っているらしい。
「実は……」
ミハルは航宙機フェスティバルでの出来事を語る。アイリスの実弟であるジュリアにレースで負けたこと。更衣室にてアイリスに酷評されたこと。アイリスに認めさせるためだけに努力してきたことを。
「ふはは! 負けず嫌いじゃの! まあしかし、落ち込むことはないぞ。アイリスとかいうへそ曲がりは他人を褒めたことがないからの! なぁ、グレック!」
直ぐさまバゴスが反応した。彼もまた長くセントラル基地にいる一人である。アイリスのことは彼も良く知っているらしい。
「確かにアイリスが他人を褒めたり貶したりするのは珍しい。よくある気まぐれかもしれんな。ジュリアに負けるような腕前でアイリスが興味を持つとは思えん……」
「未熟なのは分かってます! だからこそ私はイプシロン基地に配備されたかった! 堂々と彼女の前を飛びたかったのです!」
ミハルは訴えていた。本日、配備されたばかりという彼女だが、配属についての文句とも取れる話を口にしている。
「若さかのぉ……」
銀河間戦争勃発の恐れを知らされてもなおイプシロン基地を目指そうとするミハル。その事実には彼女の不器用な一面が如実に表れていたが、一途なその姿勢は彼女の芯の強さを感じさせてもいた。
「馬鹿馬鹿しい話だな。やるからには一番を目指すべきだが何せ相手が悪い。あいつと比較対象になれる才能が存在するとは思えん……」
「大尉、そんな言い方ないでしょう? 実力者に追いつこうとするのは向上心があっていいじゃないですか? 最高峰の目標なんて、そうそう立てられませんよ?」
シエラが庇うように口を挟んだ。実のところ銀河連合軍エースを目標だと答える新人パイロットは多い。ただそれは上辺だけの話である。本気で目指しているパイロットなど皆無であり、目標を問われた場合の最適解がそれだっただけだ。
「気を悪くされたのなら謝ります……。でも、それが私の本心だから……」
ミハルは頭を下げながらも意志を伝えた。配属早々にする話ではなかったけれど、話の流れに乗って嘘を言いたくなかったのだ。
「ルーキーが一丁前なことを……。だがまあ、その根性は評価しよう。アイリスを目標とすることでミハルが強くなれるのなら、どこまでも追いかけてみればいい」
巨大な壁であることは承知している。何年かかるか分からない。けれど、ミハルは信じていた。別れ際にアイリスが話したことや、己の限界値がまだまだこんなものではないはずだと。
「私の挑戦に逃げも隠れもしないと彼女は話していました。だから私は追いかけます。彼女に挑戦し、勝利を収められるように。私はもう自分に失望したくないんです!」
ミハルは言葉にすることで目標を再確認していた。どういったことで勝敗をつけるのか定かではなかったけれど、彼女はそうなる未来を疑わない。
「ならば越えて見せろ。俺は訓練生の中でお前が一番使えると聞いた。だからこそ、お前はここに配備されている。何しろ俺は今すぐ使えるパイロットを寄越せと要望していたのだからな……」
ミハルがセントラル基地配備となったのは一番であったからこそ。二人しかパイロットが在籍していないセントラル基地が求めたのは即戦力だ。育成している暇はなかった。
「なあ、嬢ちゃん。太陽系の危機にあっても海賊は後を絶たん。儂らは常に劣勢の戦いを強いられておるんじゃ。よってゲート外へ配置される者に才能のない者はいない。余計な損失を出すことなく、結果を出せる者だけが配備されとるんじゃ。だから、気に病むな。嬢ちゃんは評価されてここにおる……」
「その通り。ここには使えるパイロットしかいない。逆に使えないパイロットなら不要だ」
星系を守ることは何もエイリアンと戦うだけではない。いつの時代も同じ人間でありながら世を荒らす者たちがいる。太陽系の平穏をセントラル基地は守っているのだ。
隻脚の隊長に高齢パイロット。とても選りすぐりのメンバーだとは思えない。だが、彼らは人数が減って半年以上が経った今も生き残っている。その見た目から想像できる能力とは明らかに異なっているはずだ。
「緊急通信です! オーレスト基地より出撃要請! E方向1000kmの地点に未認証機群が出現しました! データリンク完了次第、出撃してください!」
突然、シエラが叫ぶように言った。
オーレストからセントラル方面へと向かう許可信号のない航宙機群が発見されたらしい。オーレスト基地管轄であったものの、折り悪く彼らは宇宙海賊と交戦中らしい。
「バゴスさん、ミハル出撃するぞ!!」
明確に空気が変わっていた。初めて感じる戦闘前の雰囲気。訓練とは違う実戦の空気をミハルは感じている。
オペレーションルームを出て三人はドックへと続く通路を走った。グレックを先頭にしてミハルとバゴスが彼に続く。
ミハルは戸惑っていた。けれど、それは戦闘に怖じ気づいたからではない。義足を鳴らしながら走るグレックが痛々しく思えて仕方なかったのだ。
「バゴスさん、隊長は大丈夫なんですか……?」
耳打ちするように尋ねる。彼が戦い続けてきたことを知っていたのに、ミハルはどうにも心配になっていた。
「グレックか? やつなら問題ないぞ。航宙機に乗れば健常者と変わらん。その辺におるパイロットよりもずっと上手くやるわい……」
今はバゴスの話を信じるしかない。普通の義足であれば心配もなかったのに、カツンカツンと通路へ響き渡る音はミハルに胸騒ぎを覚えさせてしまう。
「ファーガスさん、整備状況は!?」
ドックに着くやいなや、グレックが大きな声で聞いた。
慌てて駆けてきたミハルたちとは対称的に、ファーガスという整備士は一服中である。
「おう、出られるぞ。新入隊員の機体も整備し終わったところだ……」
「助かる! 隠居させるには勿体ない腕だな?」
「褒めても何もでんぞ? はよう行け!」
ファーガスがニヤリと笑うと、グレックもまた満足そうな笑みを浮かべた。
直ぐさまパイロットスーツに着替える三人。真っ先にドックへ戻ったのは義足であるグレックだった。
「バゴスさん、ミハル! 準備は良いか?」
二人が着替えから戻る足音に振り返ってグレックが問う。ミハルたちが頷くのを確認するや、彼は声の限りに叫ぶのだった。
「さあ、狩りに行こうかっ!――――」
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