新たな旅路に
一週間後のこと。セントラル基地に新たな人員が補充されていた。
一人は再び地球圏から移動してきた三等曹士であり、もう一人はジュリア・マックイーン宙士長であった。
ジュリアは過去三戦での戦果は芳しくなかったものの、いずれも中央エリアであったことが評価に値したらしい。三年目ということで宙士長へと昇進を果たしている。
「ジュリア・マックイーン宙士長です! セントラル基地では心新たに精進するつもりですので、よろしくお願いします!」
二人の挨拶が終わった。
いずれも歴戦のパイロットとは言い難いものの、補充できる範囲内では割と優遇された結果のよう。
「二人とも頑張ってくれ。ゲート外配備のパイロットは過酷な任務。星系の平穏のため尽力して欲しい」
グレックは数日後にイプシロン基地へと向かう予定だ。マンセルには引き継ぎが終わっているので、イプシロン基地の受け入れ態勢が整うのを待つだけである。
挨拶が終わって解散となったのだが、ジュリアはグレックへと詰め寄っていく。
「グレック少佐、どうか俺に指導してください!」
ジュリアは頭を下げている。彼が異動するまでの数日でも指導してもらいたいと。
一方でグレックは小首を傾げていた。なぜに、そのような話になるのかと。
「おいジュリア、お前は勘違いをしているんじゃないか?」
「勘違いじゃありません! ミハルを育てたのは貴方だと聞いています!」
長い息を吐くのはグレックだ。どうにも誤解していると思えてならない。
「ジュリア、俺は怒鳴りつけていただけだぞ?」
「えっ?」
唖然とするジュリア。徹底的な指導の末に、あのようなパイロットが出来上がったのだと疑っていなかった。
「どのような数値が出たとしても、文句を並べ続けた。恐らく理不尽に思えていただろう。だが、俺はミハルが出向するまで褒めてはならないと決めていたんだ」
「いや、指導の一環として叱責されていたのでしょう!?」
「そもそも訓練所での寸評が完成されたパイロットだった。技術的なことで俺が口を挟む必要などなく、俺は視野が狭いと怒鳴るだけだった。まあ、バゴスさんは何か教えたみたいだがな……」
グレックの話にジュリアはバゴスを振り返る。一体何を助言したのかと。
「ああいや、儂はただ視野について悩んでおったから、宇宙の真理とも言える話をしただけじゃ。見ようとすれば見えるものを嬢ちゃんは見ていなかったからの……」
呆然とジュリアは顔を振った。
半ば逃げ出すようにして、セントラル基地に異動してきた。ここでならミハルが学んだものと同じ事が学べるはずだろうと。
「ジュリア、ギアを見てみろ。ミハルの評価シートを転送した。自分と比べてどうなのかを考えるんだな」
評価シートは訓練所が用意した調査書である。ミハルの機動データが詳細に綴られ、教官のコメントまで記載してあった。
基本的に訓練所は褒めるよりも貶す言葉を並べている。話が違うと配備先に文句を言われないように。
ジュリアは転送された調査報告書を表示。ミハルがどのような叱責を受けてきたのか知ろうと思って。
「えっ……?」
ギアに映し出されたもの。明らかにマル秘の報告書に他ならないけれど、予想したものとまるで異なっている。
どの項目も最良となっており、腐すような言葉は一つも並んでいない。怒鳴られた記憶しかない模擬実戦の結果であっても、手放しで褒める言葉が綴られていた。
「こんな評価シート……」
「ジュリア、俺は即戦力を求めていた。セントラルで一番のパイロットを寄越せと。普通なら予防線を張るはずだが、教官連中は自信を持って送りつけてきやがった……」
調査書を初めて読んだときにはグレックも目を疑った。このような評価シートを見たのは彼も初めてだったからだ。
「ミハルは元から視認力に優れていた。だが、どうにも集中力が足りなかった。俺は怒鳴りつけることで促しただけ。あいつが目標を達成するための助力をしただけだ」
どのような厳しい特訓でも受け入れようと、ジュリアは考えていた。しかし、聞いてみるとグレックは視野について文句を言い続けただけらしい。
「それにな、ミハルとジュリアでは決定的な差がある。能力だけの問題じゃない」
グレックが続けた。呆然とするジュリアに追い打ちをかけるように。
「お前の立場にミハルがいたとして、あいつは逃げ帰って来ない」
決定的という二人の差。ジュリアは知らされていた。
それはアイリスにも聞いたこと。戦場から逃げ出すジュリアが上手くなるはずもない。
「まあ、ミハルの能力に気後れするのは理解する。でもな、気持ちで負けたら終わりだ。今のお前がミハルに勝てる要素はない」
姉以外にも明言されてしまう。
やはり異動を願ったのは逃げていたらしい。現実を直視できなかったジュリアは心の平穏を求めていただけだ。
「気持ちですか……」
「そこしか勝てるところがない。AIは無慈悲に判定してくれるだろ? 一項目でもミハルに勝っていたか?」
問いには首を振る。そもそもミハルのデータに敵うデータを持つ人間は一人しかいない。ジュリアが勝っている項目などあるはずもなかった。
ここでフィオナが手を挙げる。彼女には言いたいことがあるようだ。
「隊長はミハルさんの支援をするのですよね? 偉そうに言ってますけど、絶対に木星まで逃げ帰って来ますよ!」
ミハル信者である彼女は今もグレックのフライトを認めていない。グレックもジュリアと同じように、気後れして帰ってくると口にしてしまう。
「お前な、俺はミハルの教練をしていたんだぞ? あの頃とは違うと分かっているが、気後れするなんてことにはならん」
「そうですかねぇ? せいぜい足を引っ張らないでくださいね? ミハルさんの経歴に泥を塗るなんて、絶対に許せないことですから」
「フィオナ、それくらいにしてやれ。嬢ちゃんは二戦続けてのトップシューターじゃぞ? 普通のパイロットなら、嬢ちゃんの後衛機なんぞ引き受けられんわい。司令部も同様じゃ。信頼できないパイロットを指名するはずがないじゃろ?」
バゴスの話は間接的にジュリアへの皮肉となっていた。
異動を口にしたとき、誰も止めなかったのだ。それはまるで組織全体が望んでいたかのように。
「とにかくジュリア、お前はもう異動してしまった。ゲートに戻りたいのなら、死ぬ気で努力することだ。前線に配備予定の新造基地じゃなく、イプシロン基地ならば戻れるかもしれない」
ここでジュリアはよく分からない話を聞かされている。
グレックが話す新造基地はまだ公になっていない話であった。
「新造基地ですか? オリンポスの代わりを建造しているのでしょうか?」
「代わりじゃない。新造基地はゲート裏に配置される予定だ」
「じゃあ、イプシロン基地はどうなるのです?」
人員不足はジュリアもよく知っている。基地を建造したとして人材が不足してしまうのではないかと。
「現状の戦闘員は全て新造基地パンドラへと異動する。イプシロン基地は当面、大戦経験のないパイロットが配備され、防衛ラインに配置される予定だ。かなり戦力としては頼りないものだが、第二防衛ラインを設定できるというのは軍部にとって悪くない話なんだ」
新造基地パンドラ。不安しか覚えないその名とは裏腹に、軍部は戦争終結の切り札として建造しているらしい。
「お前が乗ってきたシャトルには大勢のパイロットが乗り込み、イプシロン基地へと向かっている。ここ数日はずっとそれの繰り返しなんだ」
「そうでしたか……。俺は何も知らされていない。そういうことですね」
「そう卑下するな。お前とてセントラル基地では立派なパイロット。最前線で必要とされなくとも落ち込んでいる暇はない。経験を活かして星系のために戦ってくれ」
ジュリアは長い息を吐いた。
パイロットの優劣はほぼAIの判定に委ねられてしまう。判断力や視野、対応機動についても評点が明らかなのだ。
決して落ちこぼれという数値ではなかったものの、最前線を預かるパイロットとしては不足しすぎている。
「ジュリア坊、お前さんは誤解しておるの。儂はお前さんのデータを見たが、立派なパイロットじゃとおもうた。技術面においては胸を張って良い」
「やはり認識力ですか……?」
「そこは伸びにくい。ある意味、先天的な力じゃの。認識力と判断力。この二つが乱戦における必須の能力なんじゃ。後衛機であったとして、それは変わらん」
バゴスの話は諭すようで、最終勧告であった。
数百機が蠢く宙戦において、ジュリアはその力が欠けているのだと。
「ジュリア、適材適所だ。お前はセントラル基地の守護者になれ。もう充分に実力を計っただろう? 切り替えて行けばいい」
その話はクェンティンからの命令であった。上手く諭してくれと。
能力順に並べた301小隊において、やはりジュリアは異質だった。
「最前線はともかく、セントラル基地はお前を必要としている」
俯き呆然としていたジュリアだが、続けられた内容に顔を上げた。
軍部に入って三年。ジュリアは初めて肯定の言葉をもらっている。
「俺が……必要なんですか?」
問いを返すも全員が頷いていた。しかし、パイロット失格の烙印を押されたような自分を必要としているなんて考えられない。
「お前のデータを精査した結果だ。充分に戦える。もう惑わすほどの敵機は現れない。乱戦の経験をフィードバックできるのなら、お前はこの星系の守護者になれるだろう」
はぁっと息を吐く。胸のつかえが下りた気がする。
エースパイロットを追いかけ続けたジュリアの長い旅路。出発地点に戻された今になって、それは終わりを告げた。もがき足掻いた結果、適切な場所へと帰ってきたらしい。
「分かりました。心機一転、セントラル基地のために戦います。前線で戦う人たちが戻れる場所を守っていきたいです」
それで良いとグレック。割と憂鬱に考えていたジュリアへの勧告は上手い具合に終えられていた。
新たな船出となるセントラル基地であったけれど、誰も後ろを向いていない。
光に満ちた未来しか想像していなかった。




