潜入部隊
奇襲が始まってから三十分。アイリスの伝達にようやく返事があった。
「ミハル、帰還するぞ!」
「了解!」
いつまでも作戦フェーズが移行しなかったから、旗艦ガナハは裏表満遍なく風穴が空いている。砲門らしきものや、ハッチなどもことごとく破壊されていた。
「ま、デカいだけだったな……」
「思ったより航宙機が少なかったですね?」
任務完遂にミハルは笑みを浮かべている。どうなることかと考えていたけれど、やはりアイリスの支援は完璧だった。
「あとは野蛮な部隊に任せておけばいい。我ら宙域の華は美しく去って行こう」
「まぁた、そんなことを言う……」
一応は艦船の警護が必要である。とはいえ、警護に関しては別の部隊が受け持つことになっていた。よって、彼らの準備が整い次第、ミハルたちは基地へと帰還できる。
「これから数日はかかるのかな……」
そんな風に思う。要塞と呼ぶべき艦船の制圧が数時間で終わるはずもない。
志願したベゼラの労力を思うと、少しばかり気の毒に思った。
「あっ……」
艦隊がゲートを抜けてくる。どれだけ特殊部隊を編成したのか、その数は二十にも及ぶ。
ミハルは敬礼をして、艦隊が過ぎゆくのを見ていた。
早く戦闘を終わらせたい。そのためにできることを、できる者がこなしていけばと。
◇ ◇ ◇
旗艦ガナハに特殊部隊が突入して十時間後のことであった。
五百に迫る部隊が各所から突入していたのであるが、その中の一つが司令部と思われる部屋へと突入していく。
「抵抗するな!」
基本的に捕縛の方針であった。よって突入するや銃撃戦とはならない。
部屋にいた者たちは既に抵抗を諦めている感じ。全員が手を挙げて、その意志を明らかにしている。
「手を挙げたまま、後ろを向け。全員だ!」
部隊長が翻訳機を介して命令すると、全員が抵抗することなく指示に従う。
腕を背中にまわしたまま、手錠をかける。全員のボディーチェックが終われば、この部屋の制圧が完了となるはずだ。
「すまない。遅れた」
ここで新たな人物が司令室へと入ってきた。
片言で話しかける者はベゼラ・リグルナムに他ならない。
「ベゼラ、この中にエザルバイワ皇子はいるか?」
「いない……」
ベゼラは長い息を吐く。ゲームチェンジャーになり得る捕虜がいないと知って。
「なら、重要な人物は?」
全員が背中を向けている状況である。ベゼラは頷くと歩を進め、捕縛された者たちの顔を見ようと回り込んでいた。
一人、二人と確認する。素通りしていたベゼラであったけれど、三人目の前で徐に立ち止まっている。
捕虜は俯いたままだ。抵抗を諦めた彼は視線を合わせようとしない。
「久しぶりだな? ハニエム……」
流暢な言語に思わずハニエムは視線を上げた。
絶句するだけだ。視界に映る姿に、ハニエムはただ混乱している。
「貴方様は……? ああいや、そんなはずは……?」
「何を困惑している? 私は亡霊でも怨霊でもないぞ?」
別人のような顔立ち。刈り上げられた銀髪に加え、下級民のような顎髭まで。しかし、その強い眼差しは記憶にあるままであった。
「ベゼラ殿下……?」
小さく漏れ出した言葉にベゼラは頷く。
ようやくと現実を見据えられたハニエムに対して。
「ハニエム、貴様は普通の死を迎えられないと思え。逆賊カザインに与した犯罪者なのだからな」
「お許しください! 私めはカザインに脅迫されていただけなのです!」
「ほう、私やクウィズを特攻機に乗せようとしたお前がそれを言うのか?」
ハニエムは言葉もなく顔を振るだけだ。その件に関しては弁明など見つけられない。
「まあ、生かしてやっても良い」
「本当でしょうか!? 何でもいたします! 殿下に忠誠を誓います!」
最終的には裁くつもりのベゼラも、ハニエムにはまだ使い道があると考えていた。
だからこそ、甘い話を持ち掛け、彼を誘導していく。
「皇都レブナの状況を全て教えろ。あとエザルバイワはこの艦にいるのか?」
質問には激しく頭を上下させる。生への執着だろうか。容易に想像できる未来を彼は思考から排除してしまう。
「エザルバイワは中央ブロックの光皇殿に。逃がそうとしましたが、船を出せませんでしたので。ロックの解除にはこちらをお使いください」
ハニエムは光皇殿という特別室の入室キーをベゼラに手渡す。自ら語った忠誠を示すかのように。
「ベゼラ殿下、私も同じなのです! 司令と同じくカザインに命じられていただけなのです!」
ここで声を上げたのはグリダルであった。実際に彼は命令に背けなかった一人であるが、ハニエムに乗り遅れまいと声を張っている。
「お前たちは知っていることを全て洗いざらいにしろ。心配せずとも太陽系の人たちは拷問などしない。寧ろ扱いに関しては賓客といえるだろう」
今は制圧が優先事項だ。ベゼラにはまだ聞きたい話が幾つもあったけれど、任務を中断してまで行うのは自分勝手だと考えている。
大きく息を吐いたベゼラ。今後の行動について考える彼は溜め息を吐くしかなかった。




