熾天使の一団
三日という期間を301小隊での訓練に費やしたミハル。本日はいよいよSOA作戦の前段階であるゲート裏への侵攻となっていた。
白兵戦部隊は既に艦隊へと乗り込んでおり、出撃の可否は全て301小隊にかかっているかのよう。失敗ありきと聞いていたはずなのに、状況は司令部の話を否定していた。
「諸君、我らはめでたく甘い汁を吸えるぞ? この作戦に成功すれば、臨時の賞与がもらえるそうだ」
部隊を集めてアイリスが言った。出撃前の緊張を解すかのように。
「貴様たちの任務は私とミハルの撃ち残しを掃討するだけだ。実に簡単な任務だろう?」
一応は事前に作戦内容を伝えてある。ミハルとアイリスが戦線を掻き乱し、艦船を行動不能に追い込む。射出された航宙機隊の殲滅が残る小隊員の仕事だった。
「アイリス隊長、たった二機で成功するのでしょうか?」
手を挙げたスコットが聞いた。残存艦隊は二十ほどだと彼は聞いている。たった二機で何ができるのかと。
「スコット、貴様の脳みそは機能していないんじゃないか? 私とミハルが先陣を切るというのだ。心配せずとも貴様らの出番などほんの僅かしか存在しない」
「しかし……」
どうしてもスコットは不安を覚えているらしい。立案から実行まで、疑問しか思い浮かばないようだ。
今もまだスコットはアイリスに反発するかのように、眉間にしわを寄せたままである。
「ベイル、このバカを摘まみ出せ。戦えぬ者はセラフィム隊に必要ない」
「ちょちょ、待ってください! スコットは懸念を口にしただけですから!」
「本来なら私とミハルだけで、この作戦を請け負うと伝えていた。そもそも貴様らの戦果など残すつもりはない!」
このままだと本当にスコットは作戦から除外されてしまいそう。流石に見かねたミハルが声を上げている。
「スコット二等曹士の意見は間違っていません! ゲート裏を経験していないのですから。少尉と私しか知らないのですよ? 短気を起こさないでください」
堂々と意見するミハルにベイルは小さく会釈している。この場でアイリスを宥められる存在はミハルしかいないのだと。
「ミハル、士気を下げる兵など必要ないだろう?」
「士気を下げてるのは少尉ですよ! ちゃんと説明しない少尉が悪いのですから!」
苦虫を噛む潰したようなアイリスであったものの、頭を掻いてから咳払いをする。
「スコット、もう二度と弱音を吐くな。我らは星系の守護者。それを肝に銘じておけ!」
言ってアイリスは搭乗を促す。無駄な遣り取りを避けるかのように。
一方でミハルは長い息を吐いていた。姉弟子とはいえ、アイリスを宥められる人間が隊内に一人もいないなんてと。
「ミハル君、悪かったな。君がいなければ、スコットは間違いなく外されていた」
「ミハル、すまん。お前の役割に比べたら俺たちの任務など飛行訓練のようなものだというのに……」
「構いません。ちゃんと仕事してくださいよ? 私はもうこの戦争を終わらせるつもりなのですから」
ミハルの話にベイルとスコットは声を失っていた。
それは誰しもが望んでいる未来であるが、まだ少しの予感すらない。まるで近付くほど遠ざかっていく陽炎のように、判然としない何かでしかなかった。
搭乗していくミハルを二人して見ていた。
熾天使の一団に相応しいと思う。堂々と意見する様も、弱音を漏らすことなく任務へと赴く様も。
世界を救済する天使であるかのように、二人には見えていたことだろう。




